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2005年8月30日 (火)

塩田剛三先生の話

僕はよく尊敬する人、敬意を払う人に対して「先生」という呼び名をする。それが例え年下であっても、あったことのない外人さんであっても敬意を込めてそう呼ばせて戴く。今回取り上げる「塩田剛三先生」はそう言った意味でまさに先生と呼ぶに相応しい人だ。

僕はゲームやアニメにはそこそこ明るいと自負しているが、こと「格闘技」に関しては素人以下の知識しかない。まぁ「プロレスはイカサマじゃない、プロレスはプロレスなんだ!」という友人の主張や、「相撲取りは本当は強い、と言っておきながらあっさりK1で負けて泥を塗った」というそれっぽい話も、基本的にあまり興味がない。オリンピックやお金の絡まない学生大会などを除いて、ショービジネスである以上「強さ」に明確な尺度を付けられないと考えているからだ。

そんな僕が今まで(主にテレビで)見た中で、一番「本当の強さ」を感じさせたのが塩田先生だった。今はもう他界してらっしゃって、その神髄を受け継ぐ者はいないとされているが、本当の意味で「達人」と呼ぶに相応しい人だった。既におじいちゃんと呼べる年齢に小柄で細い体、普通に道ですれ違ったらこの人が武道の達人だとは誰も気づかない風体。「集中力なんですよ」とニコニコ笑いながら何人もの大男をポンポン放り投げる。

最初にそのシーンを見た人は一様に「やらせなんじゃないの?」と言う。僕もそうだった。しかしその番組(たけしの番組。見た人もいるかな)の一節で、米副大統領の史書の中に「蜘蛛の子をつぶすように、私のボディーガードは地面に押さえ込まれてしまった」という逸話があった。2mはあろうかという大男を150cmほどの小柄なじいさんが文字通り「押しつぶしている」その映像は本当に衝撃的で、それ以外のシーンも全て信憑性を持つこととなった。

よく柔道で「柔よく剛を制す」という言葉が出る。「力の流れ」というのは逆らわずに支点を動かすことで大きく結果を変えることが出来る、そんなような意味だ。空手で石や木を砕くのも、才能と努力の果てになら、可能性を信じることも出来る。しかし、塩田先生のそれは、常人の理解を大きく超えている。

 先生が足の指2本で大男の足を捉え、逃げることも出来ずにのたうち回っている。

 先生「の」手首を握った大男が、(先生はただ立っているだけなのに)もだえ苦しんでいる。

魔法か超能力を信じたくなるようなそんな力。でもどう見てもその門下生は死にそうに苦しんでいるし、招待されたアメリカでの交歓試合の映像を見ても、「相手が手を抜く理由」がどうしても見いだせない。

全く別の番組で磨き上げた日本刀で拳銃やマシンガンの弾に何発耐えられるか、というのをやっていた。「鉛玉を刀が斬る」のである。最後には折れてしまったが、技術のある者が「精魂込めて鍛え上げる」というのは時に僕たちの常識を覆す。五右衛門が拳銃の弾を斬り落とすのは、全くのウソじゃなく、塩田先生が5人の大男をはねとばすのもまた、ヤラセじゃないのだ。

先生なら、拳銃の弾すら避けてしまうんじゃないか。そんな気にさせる、クリスの選ぶ史上最強の男「塩田剛三先生」の話でした。

余談

後日その話(史上最強の男は誰か)を同年代の友人にしたところ、「そらおまえ、ベニー・ユキーデ最強やろ!「スパルタンX見てみい」と言われました。見ました。でもこれはあくまで演技だし、「本気のベニー・ユキーデ」を見た人の書き込みとかを見ると、映画はあんまし参考にならないような・・・。もしもボックスで「それぞれの格闘技で過去最強の人が全盛期に絶好調で同じ時代にいて異種格闘技戦をしたとしたら」を願ってみたいかも。アンドレ・ザ・ジャイアント対大山倍達?

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