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2005年10月23日 (日)

温故知新

以前似たような話を書いているかもしれませんが、軽く流してくり。

昔の作品であろうとなかろうと、アニメや特撮なんかは、時代背景や精神年齢、その他比較対象などが重なり合って「作品の質」が形成されます。ですから記憶の中でいくら「素晴らしい作品であった」と思っていても、今見ると予想外にディティールが「チャチ」だったり、ストーリーや脚本におざなりな部分を感じてしまったりすることがあります。しかし、中には時を超えて今現在の僕たちにもきこえてくる何かを持ったままの作品もある。それほど多くはありませんが、少しだけそれに触れてみたいと思います。

・出崎統作品

スペースコブラやガンバに代表される氏の作品群は、印象的な「止め絵」とアニメがアニメとしてある必然を感じさせるモーションワークで、どれも非常に生き生きと躍動感あるキャラクターが描かれています。それこそがアニメ本来の面白さであり、普遍的な魅力の根幹であると今ガンバやエースをねらえ!を見ても感じるわけです。最近だとミニモニ系のアイドルが出たりするハム太郎がありますが、基本的にアイドルや芸能人より、あくまで生粋の実力のある声優を使う方向性も、職人ぽくって好きですね。

・宮崎駿作品

いつだったか大塚康生さんがカリオストロをして「数十年の時を経てもいまだに「いい」と言ってくれる」ことを非常に大きく評価していました。もう何度見たのか思い出せないほど見ているのはきっと僕だけじゃないでしょう。一つ一つのモーションに魂が宿っているから、枚数が18枚/secだろうと24/secだろうと動きが生きている。とにかく絵が上手い、上手い絵を動かしているから強い「作家性」「作品性」が生まれ、永く生き続けられる力を与えられる。

宮崎駿作品がテレビで何度も放映されるのは、何も人気だけが理由じゃないと僕は思います。何度放映してもその度見たくなる作品の持つ「力」こそが最大の理由なのではないかと。※だから人気だけはかなり高かった「もののけ姫」はあまり再放送されない。あれは正直それほど「力」がなかったのでは、と思っています。

・ウルトラマン&セブン

僕はそれほど詳しくないのですが、マンとセブンの演出と特撮のエネルギーは、再三書いている「牙狼」のそれに通じるものを感じます。その時代の限られた資産を無限の努力と才能とセンスで開花させている。情熱があって、共有があって、強いストリームが生まれる。「ハヤタ」と「モロボシダン」の二人の名前を覚えていても、その先がスッと言えない人は僕だけじゃないんじゃないかな。

・仮面の忍者 赤影

当時から凄いなぁって思っていた特撮が、今見てもなお凄い。これはどういうことなんだろうってミステリーにも似た疑念が浮かんできます。とにかく誰かが「特に紐の緩い厚めの財布」を手渡してくれない限り出来ないクオリティなんですよ。特撮が。ウルトラマンほど爆発力があったかどうかはわかりませんが、当時では結構シリーズも続いたようで、なんて言うか赤影は傑作です。間違いなく。

・勇者ライディーン

正直今見返したわけではありません。でもこの作品は今もし見返してもきっと「見るに堪える」クオリティがあると確信しているからここに名を連ねました。富野監督と安彦作画。神谷明の声優に子門真人の主題歌。超魅力的なプリンスシャーキン。僕的には敵の「ガンテ」だっけ?要塞にヒトメボレしてましたね。ぴちょんくんのレスで書き損じてしまいましたが、そうですね、今僕が見たいアニメと言えばこれ、ライディーンです!

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仮面ライダーも最初の10話くらいかな、「怖さ」をしっかり噛みしめていた頃の作品は今見ても十分楽しめますね。っていうかシリーズが長く続くためには、初速が著しく強く速くないと、そもそもムリなわけで。※ガンダムは初速こそ遅かったけどね(^^;。

特撮で牙狼のように「温故知新」作品が出来たのだから、アニメでも「脱エヴァ」な「今大人も楽しめる」強力な新作が作られてもいいはず。っていうかウダウダ言うならまず「イノセンス」とか「スチームボーイ」とか見てから言えよって感じかもしれませんね(^^;。

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