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2006年8月13日 (日)

制作人数の話

ゾロリを見てふと思った。

 「下まで降りてきてるな」

「下まで」とはスタッフの末端までを指す。そして「降りてきてる」とは要はトップ(この場合監督)の意志とスキルのことだ。

先日「子供だまし」について少し書いたが、よくよく考えればそれはアニメに限らず、ゲームや昨今であればマンガにも言える。個々のスキルが非常に高いメンバーで固められ、それぞれが自分の仕事に誇りとこだわりを持って望む場合、舵を取る人間のスキルいかんで作品はどうとでも様変わりする。

背景を書く人、キャラクターを作る人、セリフを書く人、演技を付ける人、効果を付ける人、プログラムやCGを扱う人、BGMを作る人、それを演奏する(もしくは編曲、プログラムする)人、色を指定する人、原作を書いた人、助言する人、お金を出す人、、、

きっともっといるはずだ。中には雑用だけを凄まじいスキルで消化出来る人間というのもいるかもしれない。そして案外そういうスタッフのコミュニケーション能力の高さが作品全体のクオリティに繋がることもあるかも知れない。

マンガとかなら割と個人技というかひとりで描いてひとりで仕上げることを起点としているから、結構な人気作家となってもそのクオリティが(テーマの当たりはずれこそあれ)、著しく下がることはない。むしろ回数をこなすことに寄るスキルアップで作風が洗練されていくことも多い。
※「南国アイスホッケー部」のように「別人か!?」と思うような様変わりをすることもないではないけど。

ゲームやアニメは特別な例外を除いて、現状一般市販品が個人の手によって作り出されることはまずない。場合によっては2、3人から4、5人といった小さなチームで作りきられることもあるようだが、
※初代「脳を鍛える大人のDSトレーニング」は6人だったかな。
基本「リーダー」となる人間のビジョン、スキルに大きく依存することに疑いの余地はない。ただ、それも船がデカければデカいほど経過も結果も変わってくる。

ここでいくつか例を挙げてみたい。

・宮崎駿

 彼の作品が高いクオリティを維持しているのは、(推論の域を出ないが)彼が巨大空母の舵取りに長けた人物だからではない。実際CGを多様したり、シーケンスごとにスタッフを分けたりもしていないだろうから、売り上げほどは多数のスタッフを要していない点もあるだろうが、何よりもまず

 本人の仕事量が多い

ことが挙げられるのではないか。人の5倍の能力のある人間が、人の3倍速く描き、人の2倍仕事をする。得手不得手という表現をするなら声優に関するこだわりの薄さは得意だとは言いづらいが、とにかく作画に関しては紛れもない「努力もする天才」という印象が僕にとっては強い。

既に彼の作品は「商品を生み出すサイクル」としてかなり完成されているが、前述のように本人の負担が非常に大きいのは間違いない。今後どれだけの数がリリースされるかわからないが、年齢的なこともあって、残念ながらそれほど多くはないだろうと予想する。

・宮崎吾郎

 宮崎駿の息子であり「ゲド戦記」が初監督作品となった彼だが、正直作品を見ていないからあまり断定的なことは言えない。が、もし仮に彼が本当の意味でゴッドファーザーの血を受け継ぐ者であるのなら、この年齢になる前に広く名を知らしめることとなったのではないか、と思う。父は人にやらせるより自分がやった方が早くて良いものが出来ると知っているし、事実そうして来た。もし同じ道を歩むのなら、同じだけの仕事を「こなしてこなければ」追いつくことすらままなるまい。

・ファイナルファンタジー

 あまりに巨大な戦艦である。規模で言えば間違いなく世界最大だろうと思う。だから当然トップの下にサブトップがいてサブサブトップがいて、、、と末端までの落とし込みにかなりの距離がある。しかしその末端のスタッフのスキルもまた世界トップクラスだということは忘れてはならない。「ひずみ」が発生するのはいかんせんその戦艦が「巨大すぎる」ためだ。

SFCの頃はまだそれほどでもなかったと思う。7作目においてもPS参入第一作ということで勢いと覇気のある結実を見せた。だが、8作目9作目とトップグループの迷走が見え隠れし始める。

僕は8作目が大好きだが、これが一般的かどうかという視点に立っても首を縦に振るほどではない。逆に9作目は僕らのような「やり込み系」のコアプレイヤーからしたらクズ以外の何物でもない。

FFは安定と変化を両方求められる非常に厳しいタイトルだ。ドラクエのように変わらないままでも許されるなどということはなく、かといって奇をてらった仕上がりでは賛否の比重が後寄りになってしまう、ある意味針のむしろの上で商品として結実させなければならない正直ムチャなタイトルだ。
だからただでさえ巨艦なのに、トップがその意志を貫き、クオリティを維持するのは並大抵のことではない。

 だから!

次作はいくつもの「FF13」が登場することになったのだと思う。要するに模索を余儀なくされているのだ。今回のトップ(松野氏)交代劇で露呈した巨艦の弱点を補う仕組み作りに対するテストケースであり、今後を占う重要なターニングポイント。

大きすぎる期待に応えられないのなら、その期待を小さくしてしまえばいいのか。変化を捨て安定を模索するのか。「カラーがないのがカラー」というFF、プレイヤーである僕らは文句を言うだけだけど、冷静に考えると胃が痛くなるようなタイトルなんだろうと思う。吾郎よりずっと本気度は上だろうね。

・新海誠やネガドン

以前ブログで取り上げたこともあるけど、どちらも「ひとりで」仕上げられた作品だ。僕はまだ前者は見ていないが、後者は短いながらもかなりのクオリティで、見方によっては「アドベントチルドレン」にも負けていない。トップひとりで1から10まで仕上げるということは、野球で言えば空振り三振以外は点を取られ、ホームラン以外は点を取れない「ピッチャー4番」ひとりで野球をするようなものだ。「2回まで」「4回まで」という短いルールを定めれば多少は楽になるだろうが、普通考えたらまず戦えない。
※敬遠されるってのはナシね、せめて(^^;

 が、

これもその人のスキル次第。ヤクルトの古田みたいな個人ステータスの高い人間が小中学生相手にしたとしたら、その勝敗はかなり変わってくるだろう。

要はバランスなんだと思う。堀井雄二はドラクエだからいい仕事が出来るのではないか。宮本茂も任天堂だから世界のミヤホンなのではないか。

ゾロリを僕が評価するのは、そのトップのスキルと情熱が末端までしっかりと染み渡り、個々のスキルもまた必要十分なところを限界まで磨き上げて55分に押し込んでいることだ。オープニングロールは開始早々の「いきなり終了演出」の中で行われ、エンディングロールは物語のエピローグ(セリフもあるし画面もフルアニメ)に重ねて流れる。もう55分思いっきり使い切っての作品なのだ。※テレビ枠で放送するとしたら90分は絶対必要な感じ。

桜井政広さんの作っているスマブラXには、世界中から最高のスタッフがあっという間に集められたと聞く。ブライアン・シンガーがケビン・スペイシーに声を掛けたとき、彼は脚本も読まずに快諾したという。

その人の築いてきたものが、次の一歩をより確かなものにする。消費者もまたその歴史に信頼を寄せる。重要なのはバランス。100の仕事が出来る人間が100の仕事をこなせるかどうか。10000の仕事量を舵取り出来る人間が、100の仕事×100人のスタッフを半分しか使いこなせずに完成させた結果と、1000の仕事を10人のスタッフをフルに使い切って完成させた結果は、後者の方が完成度は高く見えるような気がする。

新しい楽しさが次から次へと欲しい。でも本当はその頻度よりその質の方がずっと大切だと思う。Wiiに際して岩田社長が「軽薄短小」を重視するのも、携帯ゲームが凄まじい勢いで勢力を拡大するのも、そのバランス故の「当然の選択」なんだと思う。だからこそ、その中で突出した仕事量の結実を見つけると、とても強い輝きを放つんだと思う。それが巨大戦艦であれ、ピン芸人であれ・・・ね。

※余談だけど、「トップが末端まで」を感じさせるメーカーというとやっぱトレジャーやフロム、ネバーランドとかですかね。僕との相性は良くないですが、テクモもそうかも。基本的に「期日厳守」のソフトメーカーの方が上から下まできっちり通ってる感もある気がします。まぁ気のせいかも知れませんが。

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