幸せなこと
今日仕事でこんなことがありました。あまりに具体的に書きすぎるのもどうかと思いますが、まぁ聞いて下さい。
パート「先日買って頂いた品物が1点入ってなかったそうで、責任者出せって言ってるで、店長出て行って貰えますか?」
その日は贈り物の包装が立て込んでいて、スタッフの人数も非常に少ない状況下での対応、2点のうち1点を入れ忘れてしまったのです。その時は「ああ申し訳ないことをしたなぁ」と思いつつレジへ。
「こっちは病院にいる親父に何を贈ろうかかみさんと考えに考えてそれを選んだんだ。贈られた方はまぁ1点入ってるから大したこっちゃないだろうが、こっちの気はおさまらねぇよな?」
選んで頂いた品はパジャマ。2点必要なのは病院での洗い替えの為なのでしょう。
「35歳になって親父がいきなりこんなことになるなんて思ってもないことだったから、年に一度の父の日、何をあげたもんかと思ってさ。これならまぁ使って貰えるだろうし、喜んでくれるだろうと思ったのに、これじゃあガックリだわ」
気持ちがどんどん流れ込んで来ます。僕は以前「贈り物というのはその気持ち、選ぶ時間こそが重要」という話を書きました。気持ちというのは値段じゃなく、いかに相手のことを思えるか、相手の喜ぶ顔や、毎日の生活で使って貰えるだろうという期待、思いの強さこそが贈り物に魂を込めるのです。
・・・この贈り物は凄く重い。
「あんたに何かしてもらわないとこっちは気が収まらないわな。ただ申し訳ないと謝るだけじゃな」
「お父様のところへお詫びに参りましょうか?」
家の中のことに入ってくることまでは望んじゃいないとおっしゃる。ただ、何かをお詫びの品として差し上げることが一番手っ取り早いのだけど、僕はそれを口にするのをとどまりました。。なぜなら、このお客様のお気持ちを察すれば察するほど、「気持ちのくみ取り」が最も重要で、事務処理的な対応では絶対に許せない、収まらないと思ったからです。
お話を聞けば聞くほどお客様のその瞬間の失望が伝わってくる。怒りはその後付随して発生する感情で、重要なのはむしろそのきっかけとなっている「がっくり」と来たところだ。この歳で病気に倒れてしまった親父に対する贈り物。包装されているから事前に確かめることも出来ない、避けようのない失望感を味わわせた店の店長に対する憤り。察しようとしても察しきれるものではない。
僕は知らず知らずのうちに涙がにじんでいた。思わずお客様に
「この涙は怖くて泣いてるんじゃないですので」
「そんなことはわかってる」
察しようとして察しきれるものでなくとも、察しようとする気持ちは伝わる。もし僕が逆の立場だったら、店長だ社長だと責任者相手に凄まじい怒りをぶちまけたあげくに電話をガシャリと切ってやっただろうことに疑いの余地がない。だからこそ凄く考える。どうすれば何を言えばお客様に少しでも歩み寄れるんだろう。気持ちが痛いほどわかる、わかるなんておこがましいと思いつつも、伝わってきてることは伝えたい。
「自腹切ってお詫びします」
唐突に思った。僕が申し訳なく思っているのだから、僕がお客様に直接それを伝えよう。店のお金ではそれは「クレーム処理代」になってしまう。それじゃあお客様には伝わらないだろうしきっとそんな事務処理がして欲しくて今日来たわけじゃないはずだ。
「身銭を切らなくてもいいし、それがして欲しくて来たと思われたくもない」
「でも僕の気持ちを伝えるには、これが一番だと思います。高いものは買えませんが、1000円くらいのものでなんとか気持ちが少しでも伝われば・・・、あ、もしよかったらそれより高いものでも店で残りを負担させていただいて、、」<微妙にセコイ。
その後幾度かのやりとりをし、お客様は1990円の虎の刺しゅうの入った甚平をお選びになった。「なんだか悪いね」とおっしゃるお客様の顔に怒りはもうない。僕はそれを自分のサイフから出したお金で買い、お客様に差し上げた。
「身銭を切ってくれるなんて人はいないよ。アンタが店長でよかったよ」
「これに懲りずにまた来てやって下さい。ホントに申し訳ございませんでした」
「必ずまた寄らせて貰うよ。かみさんも何年もずっと来させて貰ってるしね」
「ありがとうございました!」
---------
一段落して僕は今の自分の気持ちを整理してみる。仕事のことで大事なお小遣いを遣ってしまったことにもしかしたら後悔してる?あとからこっそり店の負担にしてしまえとでも思ってる?
全然そんなことはない。
むしろどんな雑誌やゲームに遣うお金より「いい遣い方」をしたという気がしていた。正直言ってお客様の失望感は全て終わった今では既に色あせていて、「申し訳ない」という気持ちでいっぱいというわけでもない。お客様の怒りが溶けるように、その時のガックリが薄れるように、僕の中のその気持ちも同時に薄らいでいったのかも知れない。
ただ今の僕の気持ちを言葉で表そうとしてみても、正直なかなか上手く言い表せない。
「安堵?」
怒り心頭で店をグシャグシャにしてやろうってくらい息巻いてきたお客様の怒りが収まったことに僕はフ~ッと安心している?違う気がする。
「達成感?」
店長としての職務を果たせたことに誇らしくなっている?厳しい問題をクリアできた気持ち、やり遂げたすがすがしさが身を包んでいる?それも違う。
「自己満足?」
身銭切ってお客様が納得して、、、。まぁそういう面もあるかも知れないけど、たぶんそれがメインじゃない。僕は今どんな気持ちなんだろう。
「幸せ・・・かな」
お金は自分の楽しいの為に遣うべきだ。自分の笑顔のためにこそお金を遣う意義があるし、実際その遣われたお金に「もったいなかった」とか思わない。怒りと哀しみと失望に震えるお客様が笑顔でお店をあとにして下さったこと。
感情的になった人間がそれを収めるのは容易なことじゃない。むしろほとんど不可能だとすら思う。以前の経験では、お詫びの品を差し上げてなお怒ったまま帰られる方がむしろ普通だったし、正直「そりゃ怒るよな」という程度の気持ちしか察することが出来なかった。でも今回は違った。お客様の気持ちがどんどん流れ込んできて、僕の気持ちも同じようにお客様に流れていった。
「アンタに気持ちが伝わったのはこっちにも伝わってる」
共感してくださったことが嬉しかった。僕は僕としてこの方に何かしてあげたい。そうしなきゃいけないわけじゃない。ただ「そうしたい」。
今日は一日中雨降りで売り上げもすこぶる悪い。お袋が見たらガックリするだろうな。でも気持ちは結構晴れやかだ。僕は死にたいと思ったことが一度もない幸せな人間だけど、仕事を辞めたいと思ったことも一度もなかったりする。それはたぶんコミュニケーションを取ることが先天的に好きなんだろうと思う。幸せになるために僕は仕事をしてるのかも知れないな(いろんな意味で)。
| 固定リンク
« タイタンクエスト | トップページ | 近況 »
コメント
クリスさんらしいエピソードというか、読んでいてこっちまで私ならどうするかと考えさせられてしまいました。
こんばんわ、BlueTasuです。
人間ですからミスはあります。
だからといって、ミスされた被害者は達観できないですよね。
この間、深夜にクリーニング店の店長さんの苦労話が映っていたのですが、それを思い出しました。
私ならお客様のために謝りはすれど、涙までは流せないと思います。
だからこそ気持ちが通じたんだと思いますし、最後にお客様もあんな風なセリフが口をついてでたんでしょうね。
自分も買うなら、お世辞でもなんでもなく、そういう店長がいる店にしたいと思いますし。
仕事はいろいろありますが、そういった悲しいことのあとに得られる満足感というやつが、今の私には眩しくてたまらんとです。
投稿: BlueTasu | 2007年6月23日 (土) 04時30分
コメントどもです。実際ミスはするんですよ。自分も相手も。でも重要なのはその対応だというのは、もう誰に聞いても明らかなことというか、むしろ商いを説くテキストなんかだと、
チャンスと思え!
とすら書いてあるものもあるくらいで。それでもやっぱり相手が威圧的に出てるときってのはなかなか冷静かつ正解に近い答えを導き出すのは難しかったりするもので、今回はまぁ運も良かったのかなぁと思ったりします。
ただ、Blue_Tasuさんがウチで買い物が出来るかどうかは、また別の話ではありますけどね(^^;。
※知り合いとかが「買いに来てくれる」とか言ってくれても、正直相手に「ハマる」品がウチにあるとは思えなかったりするので(^^;。
まぁポジティブに参りましょうポジティブに。つか「ポジティブ」って打ちにくい単語だなぁ(^^;。
投稿: クリス | 2007年6月24日 (日) 00時46分
自分も営業職なので身につまされるお話であります。いや、やっぱクリスさんはスゲエ!と本気で思えるエピソードです。
客商売でお客の立場に立って考える、というのはだれでも思いはすれど実行は本当に難しく、できるかどうかは「当人の性格」という動かし難い要素に左右されるワケで・・・。自分などはお客から無茶な依頼があると、「んなことできるわけないでしょーが!!」とまず撃墜モードに入る為、同僚に「よくもまあお客にそんな強気に出られるなぁ」としばしば呆れられる人間、いつかは大きなしっぺ返しを受けることになるでしょう。
うーん、頭ではマズイと分かっているんですけどね(^^;。
無茶な依頼を撃墜すれば、自社製作所の人々には感謝されるので全くマイナスではない。しかしやはりお客あっての仕事であることを忘れてはならず、クリスさんのエピソードを伺い、改めて反省する次第です。難しくても努力は続けたいものですね。
投稿: トムニャット | 2007年7月 1日 (日) 00時04分
レスTHANXです。つかホントに正直に言うと「こういう話は嫌味にしか聞こえないかなぁ」と思っていました。後から何度読み返しても「その臭い」はやっぱりするんですよね。でもその一方で僕の充実感は事実だったし、「そっちの臭い」も多少なり伝わればいいかな、って思って書いた次第です。
少しそれるかも知れませんが、「誰かにシンクロする」というのは昔からかなり得意というか、クラスメートの男の子から好きな女の子まで、キャラクターにフォーカスしてトレースすること自体が結構好きだったんですよね。だから高校の時なんかはホントよく女の子の失恋話とか聞いて泣きまくったりしてました。もう聞いてる瞬間は僕はその子になりきってますから、涙もボロボロ出てしまうわけです(^^;。
でもこれがエロい妄想になるとなかなか手強くて、
※オイオイこんな話題に振れるようなコメントだったか(^^;?
自分がいくら欲望のままに相手を構築しようとしても、相手の性格を知ってる分だけ「絶対言わない、絶対しない」がきっちり出てきてしまうわけです。妄想の中ですら女の子は思い通りにならないんですね。
※そう言いつつ「思い通りになる女の子」は決して好きにならない事実もあるから、萌える為にはある意味当たり前の流れとも言えるけど。
まぁそんなくだらない話はともかく、相手の気持ちになることで結果おっしゃるように他方で問題が発生することもありますから、TPOに合わせて、というのが大人の対応なんでしょうね。
投稿: クリス | 2007年7月 1日 (日) 01時02分