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2007年6月14日 (木)

ギブアンドテイク

今日仕事中にパートさんに「○月×日、ちょっと残業してくれる?」とお願いしたら、快く「私もお願いする時があるから」と引き受けてくれた。僕はあまり人にそういった頼みをすることはないが、やはりそれが承諾されるのはとても嬉しくありがたい。ありがたいはずなのだが、直後何とも言えない居心地の悪さが僕を襲った。

「私もお願いする時があるから」

仕事上のことであるから、それを円滑に進めるために当然こうしたやりとりは発生する。でも普段人にものを頼むとき、あまり見返りを要求され慣れていない自分は、この言葉にちょっとした嫌悪感を抱いた。別に頼まれたらそれを聞くことは問題ない。それが仕事上だろうと友達だろうとやれることはやるし、やれないことはやれない。あと金銭でのやりとりもお互いが納得づくであれば全然平気だ。しかしそうじゃない、「見返り」を要求されるのはどうもお互いの関係として「美しくない」気がした。

子供や赤ちゃん、奥さんや恋人、両親や親戚、仲の良い友人に「○○してくれたらOK」と言うケースはほとんどない。っていうかたぶん一度もないと思う。ただ逆はある「○○してくれたから」と言って恩を返したい気持ちになるのはむしろただ感謝するだけでは自分が納得できないという強い思いの表れであるから、むしろ美しいとさえ思う。要するに僕は、

 親しくありたい

のだと思う。関係は積み重ねていくもので、ネットでのトレードのようにその場限りのものでない限り「次回」がある。そう言うとき相手を信頼し、相手に信頼して貰いたい関係であるなら、ギブとテクは連動している必要性がないと思う。ギブギブギブギブテイクでもいいし、ギブテイクテイクテイクでもいい。お互いがお互いのためを思っていることがやりとりをよりスマートかつ気持ちよくさせる潤滑油になると思うのだ。

しかし一方で僕は相手のお願いを即答でOKしないという面も持っていたりする。立場上の問題もあるけど、安易な返事が結果的に自分や自分と関係する人に厳しい思いをさせかねないと思うからだ。相手からはその点なんだかはっきりしないヤツだなぁと思われるかも知れないが、どちらも僕なりの美学に基づいての答え。たぶんこういう価値観は死ぬまで変わらないと思う。

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