年齢相応とは
ふと気付けば僕ももう37歳ですよ。子供は小学校の2年と6年。まぁウチの子はかなりガキんちょなので、正直自分がその年齢だった頃を思うとまだまだ考え方とか言葉尻なんかもかわいげがあるというか、「甘い」んですが、それは一方で僕自身が子供に対して「成長を抑える」ような父親像を見せてきたからかなぁとも思ったりするわけです。だってふと振り返ってみてこの歳で麻雀もパチンコも競馬も釣りも日曜大工も骨董も車もバイクも興味がない自分がいるわけです。普通の妻子持ちの同年齢であれば、今度のボーナスで自分の為に新しいスーツを新調しようとか、子供の運動会の為のハンディカムの下見に家電店に行ったりとか、デアゴスティーニの雑誌を毎月購読しながら帆船とか作ったりしてるんじゃないの?って思うわけです。
まぁ普通にそんなお金持ちじゃないので、一人PCに向かう毎日ですよ。この37歳は。
でもさ、歳と共に本来なら足したり引いたりしていくはずの精神構造がずっと昔のままってのはどうなんでしょうな。別段健康に気を配るわけでもなく、老後の蓄えを考えるわけでもなく、毎日ののらりくらりと生き続けてしまうことに問題はないのかと思うわけです。ホントだったら子供の中学や高校入試、学費だとか塾だとかも考えにゃならんはずだと思うのですが、別段そんなこともなく、成績が極端に悪いってことがなければいいやとか思う程度で、今ひとつ全てにリアリティが薄いというか、働いている一方で精神的にはニートとかフリーターとなんら変わることがないんじゃないかとも思ったりするわけです。
特に怖いのは親の死と自分の死。結局ファミリーでやってる小さな有限会社なので、親が死んだら自分で全部財務管理とかやんなきゃならない。仕入れも分散しているものを自分がかなりの部分を負わなきゃならないだろうし、毎日食べていけるのかなぁとか、冷静に判断し、決断し、働き続けられるのかなぁとか思ったりもする。今は安売りでやってるけど、案外自分がハンコ持ったら変わるのかもなぁとか思ったりする。そんな先の話じゃないと思うだけに、自分の「年齢不相応な思考回路」に不安がよぎる。覚悟が出来てないんじゃないかと思うわけさ。
なるようにしかならないと思う一方で、グダグダと下痢してる場合じゃないよなぁとも思ったりもする。シッカリ稼いで自立してる人とかもきっと僕とは別の悩みとかがあるんだろうなぁとも思うけど、考えれば考えるほどそう言う人は僕と比べて大人なんだろうとも思うんだよね。でもって問題なのは自分がそれを望んでないというか、いつまでも子供のままでいられるわけはないんだけどさ。
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