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2008年9月 1日 (月)

失われていくものについて

形ある物は必ず壊れる。昔作ったプラモに埃が積もっていたり、背表紙が日焼けして真っ白になっていたり、電池が液漏れしてウンともスンとも言わなくなったり・・・。

「想い出は永遠」って言うけど、思い返さなきゃどんどん遠くなっていく。こないだまで覚えていたことが今どうしても思い出せなかったりする。友達の顔、名前、何か楽しかったような記憶だけがあって、でもそれがどこだったのか、誰と一緒だったのか、いつのことだったのか、、、どんどん曖昧になっていく。永遠に続くものなんてない。「形あるものじゃなくても」必ず壊れる日は来る。

伊集院が「大量にため込んだマンガや雑誌だけをストックしているアパート」が燃えちゃえばいいのにって言ったことがある。
※念のためこれは別に実際に火事になることを願っているわけじゃない。
もう読まないからなくなってくれて構わないというわけだ。実際僕も実家にあるマンガやビデオ、もしかしたらプラモデルやゲームも、二度とやらない、思い出さないものがたくさんあって、それらが消えてしまっても何ら困らないというか、辛くないかも知れないと思った。

 家族の写真とかも

確かにパソコンに入っていて、仕事場ではスクリーンセーバーとして機能しているが、実際アルバムを見返す人ってのはそれほど多くないだろうと思う。絶対ないとかみんながみんなそうだとは言わないが、ピンポイントで高頻度の箇所があっても、大多数は水面下、ヘタしたら地中に埋もれていくものがたくさんある気がする。

先日の大雨で、もしかしたら自分の身の回りにあるものが全て消失してしまう可能性について考えてみた。つか実際家が流されるような、床上浸水するような被害に遭われた方もたくさんいるわけだから、決して笑い事で言うわけではないのだが、自分が日頃「大切だと思っているもの」が無くなることを考えてみた。

 前向きになれるかどうかを考えてみた。

ゲームやビデオやマンガやその他諸々を全て失って、、、辛うじて仕事は(雇われているとは言っても実家なので)続けていけるか?という状況になった時、笑顔で次のページをめくることが出来るのか。パソコンもなければアドレスやパスワードもなくなってそれでもまだ自分は自分を見失わずにいられるのか。

 結構不安になる。

ぶっちゃけ数日はそのショックを拭いきれず、逆にそれが自分を認識することに繋がる気もするが、新たに「全て」を再構築するだけの、まぁ物理的な金銭面とか、テンションとか・・・。

ただ実際失ったHDDと共にエミュレータには全く触れなくなっているが、心に穴が空いている感じはあってもその穴を埋めようとしてない自分もいたりする。ブログを続けることで自分が自分のために楽しめることを探して、その楽しさを増幅するように綴る今という環境が失われても、僕はそれを再び元に戻そうとはしないかも知れない。

 失ってしまうものは、失われるべくして失われるのかなぁ

とか思った。もしかしたらそれはデータだけじゃなく、人間関係とか。消えてしまった携帯電話のメモリーには、こちらからは絶対連絡出来なくなった人が相当数いる。昔の友達や知り合い、こうして僕のブログを読んで下さってる方はまだここで呼びかければ連絡も取れるかも知れないが、遠くに引っ越しちゃったとか、他に共通の知り合いがいないとかになると、たぶんその穴はもう埋められない。

だが、

だからと言ってふさぎ込んでいても何も始まらない。長男にも頻繁に言うことだが、大切なのは工夫すること。考えることだ。無くしてしまって悔しいとか切ないとか、無駄ではないし、その思いを抑えきるのは実際無理だが、いつまでもそこに留まっていてもどうしようもないことはある。同じ過ちを繰り返さないようにしたり、あくまで前へ前へと歩いていく努力をしたり。昔の友達は友達で大切だし、会えば楽しく話も出来る。が、

 今必要かどうかと問えば、答えはNOだ。

「困る前に困る必要はない」。僕が中学生の頃悟ったことの一つだが、「このまま行くと近い将来非常に困るかも知れない」というレベルで今落ち込むのは、正直言って時間の無駄だ。もしその事象が実現したとしても、「どうせその時に十分困るし、落ち込む」わけだから、今二重に困ったり落ち込んだりしても、「ぶっちゃけ損」だ。それよりその辛さを綺麗さっぱり忘れて、むしろプラスのバイオリズムを高めて、来るべきマイナスを吸収させる努力をした方が遙かに有意義なはずだ。常に選択肢はある。1日、1時間、1秒・・・。常に自分には選ぶ権利がある。

 笑うか、泣くか

常に二択ではないが、悔やむ生き方はしたくない。時には「泣くのを楽しむ」のもいい。よつばと読んで「笑いに我を忘れる」のも最高だ。

 歳を取っていけばどんどん失われるものが増えていく。

いつまでも若くない。受け入れなければならない痛みも、きっと想像以上のものがいっぱいあると思う。

 でも全て受け入れなければならない。

目を背けていては前には進めない。前に進めない者は、前に進めない者は、、、前に進めないオレは、オレがオレを否定する。他人(ひと)がどうこう言うんじゃない。自分が好きな自分が自分を許さない。

 何を失っても自分は自分を肯定し続けるために自分を見失わない。

誓いではなく、言い聞かせる。

後悔はするな。常に後悔しない選択肢を選べ。1秒後から常に、常にだ。その生き方が自分を裏切らないということだし、善悪はともかく自信と存在を維持し続けてくれるはずだ。

つか考えながら書いてきたけど、こういう考え方は小学校の時も中学校の時も高校生の時もひとり暮らししてた時もなかったな。ちょっと大人になったのかも知れない。つか老けただけか?

ちなみにただいまの時刻は8月31日午前1時25分。5時間後には大阪に泊まりの仕入れなのでレスとか遅れちゃうかも。つってもコレがアップされるのは今から23時間くらい後なんだけど。

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