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2008年11月16日 (日)

キレイなグラフィックの行き着く先

最近のゲームに「キレイだなぁ」と感じることがめっきり少なくなったというか、まぁこないだのスターストライクHDなんかは「ジオメトリーウォーズと比べて」キレイだなぁみたいな?グランツーリスモもキレイはキレイだけど、リッジやPGRと比べてそんなに大幅に違うかっていうとそうでもないみたいな?PS3というハードを得て体験版を矢継ぎ早にプレイしてみても、レビューサイトでみんなが「過去最高!」っていうほど感動がない、みたいな?

アローンインザダークをやったときには、、、いや順番が違うな。コンピュータ上で実写に模した人間を再現したものは過去たくさん出てきた。FFムービーはまぁ2次元との端境期にある表現だったけど、ハムナプトラのザ・ロック+サソリなんかは、「はっきり言って人間には見えないな」と言うレベルのCGをよく平気で使ってるなぁなんて思ったりした。奇しくも元祖アローンインザダークの頃が「ポリゴンによる人間造形」の先駆けではあったが、そこからバーチャファイターが出来、テクスチャによる進化を連ね、ドリームキャストでは関節のつなぎ目が概ね曖昧になり、360のデッドライジングを見たときは「結構なレベルまで来たなぁ」という感じだった。そしてPS3のアローンインザダークの「しわ」表現を見て、

 ああこのレベル以上はむしろ「実写に似せる」方向しかないだろうな

と思った次第。

昨今VFXを使った映画は枚挙にいとまがないが、シーンによっては完全にCGで人間を作り上げているものもあろう。その昔ロバート・ゼメキスが「永遠に美しく」という映画を撮った際、「俳優は必要なくなる未来が来るかも知れない」みたいなことを言ってたのを思い出すが、今なら「ザ・ロックにしか見えないザ・ロック」を作ることもあながち不可能ではあるまい。

風景でもそうだ。グーグルのストリートビューとPGR4の町並みにどれほどの差があろうか。むしろ「キレイ」と思わせるためには、「リアル以上のビジュアル」すらも視野に入って来つつあるのではないか。前も書いたが、画面に映るプラネットアースの素晴らしい世界の風景。

 「これってCGじゃないよね?」

かみさんだけじゃなく、お袋も同じようなことを口にした。それがCGだったとしたら、素直にキレイだと思えない。が、CGじゃなかったら素直に思えるのか?それって何か違う気がする。本物であるかどうかは、モニター越しに見た時点でその意味の何割かを失っている。「ありえないほどキレイ」な映像は時に現実を超えてもなんら不思議はない。視界全てを覆い尽くす「絶景」すらも、半球状のモニターで実現可能なのが「今」なのだ。

立体映像の表現もそうだ。3D表示可能なテレビが高額ながらリリースされ始めているが、今の状態では「買うためのきっかけ」が正直弱い。だが、これも何か特別な、例えばDVD普及時のマトリックスのような、ビデオ普及時のアダルトビデオのようなキラーコンテンツがあれば、十分化ける可能性がある気がする。

ドームモニターに3D表現。実際の景色と区別が付かない高解像度とコンピュータ上で完全な人間にしか見えないビジュアルを携えたキャラクター。

 そこまで行くのだろうか。

何もない空間に手を振れば、画面内のオブジェクトが動くという技術も既に完成している。ドーム型モニターの中で立体映像で映される女の子に触れることが出来る未来も、エポックメイキング次第では10年と掛からないかも知れない。もっと進めばドームじゃなくとも、部屋の天井の四隅に3D投影式プロジェクターみたいなもので、普通に実物大で再現される、、、つかアイオブジャッジメントとかはそういう方向に動く可能性があったと思うんだけど、残念ながらエポックたり得なかったんだよな。

未来はまだ見えない。でも必ず来る。その時自分がその素晴らしさを理解できるような状況であったらいいなぁと思う。

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