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2008年11月26日 (水)

つれづれなるままに・・・

ホント言うと今日もラスレムネタを書いてしまいたいくらいプレイしてしまった(4時間くらい)のだけど、まぁそう毎日毎日そればっかりというのも芸がないというか、まぁたまには他の話をしなきゃな、というか。

とは言ってもプライベートのほとんどがラスレムに食われている以上、そうそう派手な話は出来ない。つかむしろ話すほどのことはないと言っても過言ではないのだが、っていうか明日も普通に仕事であり、体は滅法疲れてるはずなのに、結局ダラダラとゲームをし続けてしまうオレよナイス。いやいやしたい話はそんなこっちゃない。

最近パートさんや女の子のバイトに以前ここで書いた「エロ系」やら「中二病系」のネタを読ませてニヤリとさせ、それを見てニヤリとするブームがきていて、休憩時間などにコピペしたテキストを開くワケだけど、ぶっちゃけ、

 オレの文章って長いなぁ

と何を今さらな感想を抱く。つか自分でノって書いてるときとか、読んでるときは全然その長さを感じないというか、そもそも店のPCは解像度がかなり高く設定している。
※たぶん2100×1600くらい
ので、細かな文字がズラズラッっと一気に表示される様に我ながら引いてしまうのだと思う。だがまぁそれでも読んでもらえるのは嬉しく、途中でクスリとでもしてもらえたら天にも昇る、とはオーバーまでも「過去のオレナイス」とシミジミ思う。

人は誰しも「自分がほめて欲しいところ」をほめられることが一番嬉しい。自信を持って臨んでいることであれば、それはどんな些細なことでも構わない。「この子は○○に似ている」という「うり二つリサーチャー」や、こ、この瞬間はエロい!という「行きすぎた観察眼」。普通の人だったら恥ずかしくて言わないようなことをあえて言葉にしてしまう「いわゆる変態」まで、自分がポリシーを持ってぶつかっている内容を肯定されるのはとても気持ちがいい。

特に今時の女子高生であるサディスティックロンゲ(仮名)なんかは、普通「キモっ」で流すところを、っていうか彼女も当初はそうだったんだけど、1年もバイトしてると見えてくるのか、今では「この人はこういう人だから仕方ない」と理解してくれたのか、むしろその「イレギュラーさ」を「面白い」と言ってくれるようになった。つか僕の中二病知識では、「我が名は狼(たがみよしひさ)」において、女性から「面白い人」と呼ばれたらもう肉体関係が約束される、というくだりがあったが、ぶっちゃけそれはないだろう。残念だが。

まぁそんなわけで僕は人に「愉快な」「面白い」「おかしな」「変わった」「普通じゃない」「ある意味凄い」「キモ過ぎてむしろキモくない」人みたいなホメ言葉に滅法弱い。「いい人」とか「やさしい」とか「ステキ!」とか言われてもそれはいわゆるバカにしているか嘘を付いてるか僕のことじゃないかのどれかなので、ちっとも嬉しくないのだ。

そんな僕のスキルの中で、特に気に入っていてなおかつもっと伸ばしたいと思ってるものの一つが「洞察力」観察眼だ。これは往々にして推理力とか分析力と共に用いられるが、要は人を見るときにその人の「内側」を見抜く、もしくはさらけ出させるトークをもっと強化したいと思う。

なぜかというと、もうこれは単純に「楽しいから」「楽しく生きられると思うから」というほかない。ゲームやマンガ、映画や絵画、写真でもいいけど、様々な「作られた品」と本物の最大の違いは、それが本物だってことだ。フレームは完全にフルフレームだし、
※人間が体感出来るレベルもおおよそ最大で60fpsくらいだと思う。
色もフルカラー。解像度も超超高解像度どころか、むしろ眼のスペックに寄るところが大きいくらい精緻。そしてそれが(僕の場合はメガネを通しちゃうわけだけど)ほぼ障害物のないところに存在する。

ため息、瞬き、しわの一つ一つや、言葉使い、声のトーン、目の輝きなどさまざまなパーツを通して「内側を見ようとする」と、時として

 全く本人が思ってもいないこと

が見えたりする。これは単純に、

 僕のただの勘違い

という身も蓋もないケースも存在するが、時として、

 本人すら気付かない本当の本人

に近づくこともある。これは本当。

それを伝えるのがなんとも楽しいわけなのだ。「気付かなかったけどそうかも」とか「いやそれはない。それはないって、、、それって、、え、、だって・・・」と本人が隠していたかったところや、普通は上辺に昇ってこないようなところを見る、もしくは「見た気になる」と、そこからはとても新鮮な世界が始まる。だって本人も知らない、僕だって「そんな気になってるだけ」の文字通り「空論」が、新しい世界に産み落とされ、色が付いていくんだもの。

お客様との接客でもそう。とにかく「何にどう触れるのが正解なのか」を凄く見る。時には断定的な態度で疑いの眼を向けて見ることもある。「勘違いされる可能性をはらんでいる行為」は事前に「そのつもり」で見ないと、結果的にお客様ご自身に恥ずかしい思いをさせかねない。わかりやすいところで言えばレジに来たけど財布を忘れたというケースなんかでも、「お客様が忘れたことをこちらに伝えなければならないけど、、、」と「思う直前」に「僕もよくありますよ~(^^」と一言声を掛けるとグッと気持ちが楽になる(と僕は思う)。決断する必要がなくなるというのは、言葉の助け船として僕なりにとても満足感のあるサポートなのだ。

人は誰しも本当の自分なんて知らない。みんなの目に映るのが本当の自分なのかも知れないし、特に親しい人、家族の前で見せる自分だけが本当の自分だと「信じているだけ」なのかも知れない。でも

 自分が信じられる自分像、自分が認められる自分に向けられた言葉

というのは、とてもこころに響く。そしてそれはとても心地よいものなのだ。綱渡りが奇跡的に繋がった感もあるけど(^^;、僕が接する全ての人の「内側」を掘り起こして、言葉に、文字にしてみたいと思う次第なのだ。つかやろうと思えば誰でもそれなりに出来ることだとは思うのだけど、ぶっちゃけ結構疲れるんだよな(^^;。だから僕も気に入った相手とか「そうすることで僕自身が幸せを感じられる」相手を中心に彫り込んでいくことが多い。これは年齢性別を問わない。60過ぎの女性のお客様であることもあるし、まだ言葉もうまくしゃべれないような男の子の赤ちゃんであることもある。その共通点は、「内側に魅力がある」ということだ。ちなみにその「魅力」とは世間で言う「素晴らしいもの」であるとは限らないけどね(^^。エンジョイマイライフ!

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