子供の勉強を見る~その2~
期末が返ってきて結果を見ると、正直芳しくない。つかまぁテスト週間に普通に友達の家に遊びに行ったり、メールやったりチャットやったりしてたから結果が悪いのも無理からぬことというか、半分キレかけてた自分からしてみたら「阿呆が!」ってな着地点な気もするのだが、
ここでほったらかしにしておくのは容易い。
面倒だからとこのままズルズル成績が下がっていくのを見ているだけなら、ぶっちゃけこっちは面倒くさくない。何もしない。干渉しない。小言も言わず、叱咤もせず。
だがそれではもはや自分の子供ではない。
「勉強が出来ない」という表現は僕は好きじゃない。子供が勉強が出来ないのは、「出来るようにしない」親に責任がある。「親にも」ではなく「親に」責任があると僕は思っている。塾に通わせるとか、担任の先生のせいにするとか、友達を選びなさいとか、第三者に責任を転嫁して、自分は本人に嫌われないような役所に逃げ込もうとする親が、「自分の子供」として面倒を見ないのは逃げ以外の何物でもないと僕は思っている。だから僕は、少なくとも中学生のうちは、「僕(クリス)のために勉強が出来る人間であれ」と願う。頭の悪い無駄飯食らいと一緒に生活しているかと思うと反吐が出る。テレビのバラエティでもいいし、日々のちょっとした疑問でもいいが、少なくとも自分と一緒に暮らす人間が「知らない」「わからない」「習ってない」を繰り返す愚か者だったとしたら、僕はそいつを当然尊敬できないし、愛せない。
お互いがお互いを尊重するためには、「やるべきこと」をやっていく必要が不可欠だと思う。具体的にテストでいい点取るためには、「どうすれば理解出来るのか」「理解するにはどう砕けばいいのか」「記憶するには」「ミスを減らすには」「考え方のコツ」みたいなことを自力で結びつけられるようになる必要があるが、その為には当然親にも「やるべきこと」「やらせるべきこと」がある。
返ってきたテストで特に悪かったのはステップアップテストに続いて理科。そして数学。理科は正直水ものというか、「記憶と応用が樹形図になっていない」科目なので、今回のことをしっかり学んだからと言って3学期の勉強が出来るようになるわけじゃないし、逆に言えば常にある程度は取り返しがつく科目だとも思っている。受験の時には当然全てを網羅した再学習が必須ではあるが、今はむしろ「途中で見失ったらそっから先全てが見えなくなる」可能性をはらむ数学を見るべきだと思ったので、まずはそちらを覗いてみることにした。
結果は74点。もはや「ケアレスミス」の点数ではない。明らかに理解できてない部分がある点数だ。まずはテスト問題を見て自分でやってみる・・・。
つかやりながら「このあたりが僕の限界だな」と思う。長男が立て続けに×を食らった最後の文章題の一つ目から長考してしまう。なんとか正解は導きだせたが、まず長男に教える前に自分が咀嚼し、「教え方を探し出す」必要性を感じた。
今やってる一次方程式は、単純な計算問題はむしろミスさえなければさほど難しくもない。まぁ教えてる間にもくだらないミスを連発したりしてたのでおろそかにしてよいわけではないが、それでもまぁ「理解した上でのミス」であればそれは仕方ないと僕は思っている。問題は「文章から式を導き出す課程」だ。何を求めようとしているのか、が、問題の中の「X」であるとは限らない。むしろ「Xを求める式」こそが文章題のキモであり、そこへの道筋がどうやら長男は全く出来てないようだった。
詳細は省くが、とにかく久々にやるまともな数学的思考というのはなかなかにハードルが高かった。3分で解かなければならない問題を10分掛けて自分で解いて、それを3分で解くためにはどこに着目し、どういう手順を踏めば3分になるのかを教える。理解がおっつかない時が何度もあって、長男の目には涙が浮かぶ。数年前なら声を上げて泣いていたかも知れないが、今は息を殺して涙をにじませる。ある意味成長だ。
とにかく徹底してわからないところを攻める。正解が出てもそれがなぜそうなるのかがわからなければ、それを攻める。間違い一つとっても、「許されない間違い」はかなりキツく叱咤する。もし僕が家庭教師だったら、親御さんが「そこまで厳しくしなくても・・・」と心配してしまうような口ぶりで教える。たぶん長男の中では「教えて欲しくない。もう逃げ出したい」という気持ちと「がんばって教えてもらわないとダメだ。ここで逃げちゃ絶対ダメなんだろうって思う」って気持ちがすごくせめぎ合ってたと思う。
2時間ほど教えてようやく光が見えてきた。まだ正直怪しいところもあるが、幾分マシになったはずだ。ただまぁあまりの切迫感で本人はかなりへばっていたようだが、力無いなりにも「大体わかった」という言葉は嘘ではあるまい。
僕やかみさんは基本長男の勉強に対して冷たいと思う。心のどこかで丸投げにしたい気持ちがある気がする。本人もそうそう訊いてきたりはしない。でもそこで逃げてしまっては「第三者に責任を転嫁する卑怯者」になってしまう気がする。先生が悪いとか友達が悪いとか塾が悪いとか言い出しそうな気がする。
そうなりたくない。
長男が逃げたい、でも逃げちゃダメ・・・。とせめぎ合うように、僕もせめぎ合う。長男が長男のために戦うように、僕は僕のために戦う。お互いが身勝手で独りよがりだったとしても、結果として自らの研鑽に繋がっていけばいい。つか、僕は長男の「出来た」っていう笑顔が結構好きなんだよね。泣いてもいいが、諦めるな。諦めるな!
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