« コーヒーの話 | トップページ | 東方防衛軍~その3~ »

2009年4月 8日 (水)

かみさんと宇宙の話をする

かみさんと珍しく話をしたのでその話を少し書いてみる。

みなさんは幽霊とかエイリアンとか信じてます?週間アスキーの2ちゃんナナメ読みのコーナーにたびたび取り上げられるオカルトネタを読みながら、

 僕は幽霊は信じるけどエイリアンはねぇ、、、

とこぼすと、かみさんが、

 わたしはどっちもどっちかな、

というので、それは「どっちもゼロってこと?それともどっちもアリってこと?」と問うと、どうやら後者らしい。

宇宙人がいるかどうかという点に関しては、自分だって宇宙人であるからしてその答えに疑いの余地はない「いる」。だが違う宇宙人同士が巡り会える可能性に関しては、先日のネタにしたように非常に、例えば太平洋の砂から3粒が同時に巡り会うほどに低確率だと思う。

 でもタイムマシンが作られるような技術力があれば、それも一概には語れないんじゃないの?

うーむ随分とファンタジーだなぁと思える。タイムマシンがもし作られるとしても、「過去へは行けない」という話を僕は信じているので、
※もし行けたとしたら当然来ているはずだ、という理論。
そこで「当然過去を変えちゃダメだってルールはあるでしょ」というのも正直信じられない。どんなルールにもやぶる人間はいる。例えば1000年後に発明された直後であればきっと偉い先生が文明としての理解力が未発達な旧人類や、知的生命が全くいない時代に飛んで戻ってくるという「比較的低いリスク」を踏まえてタイムワープをするかも知れないけど、その1000年、2000年後にどんどん一般化していくのは技術の性(さが)だと思うし、そうなれば当然「自分の祖先に」という発想をするセワシのような人も当然出てくると思う。例えば「見つかったら死刑」であってもその法を冒す連中は絶対いると思う。

 パラレルワールドだってきっとあると思う(かみさん)

ますますファンタジーだなぁと思いつつ、自分にはどうしても「文明と文明が巡り会う溝」が埋まらない。

僕はケネディが「月に行こう」と言い出した話が凄く好きなんだけど、それって誰かが、それも発言力と行動力と財力のある誰かが「やろう!」としなければ絶対実現しないことだと思うんだよね。例えば背中に羽根を付けて崖から飛び降りるのはお金も人もなく度胸だけで出来るけど、宇宙に行くのはそういうわけにはいかないじゃん?だからタイムマシンが作れる作れないはともかくとして、別の惑星に移住しようとする技術力がある他の惑星でも、

 必ず宇宙に出ようと叫ぶケネディはいたはず

と思うわけ。はい、それで宇宙には出ました月にも行けましたってなったでしょ?でもそこから月に住めるかどうかって話には全然進まない。「月に行こう」と言ってから月に着くまではそんなに時間が掛からなかったと思うんだけど、なかなか住もうってところまで行けない。それはきっと、「月に行きたい」という気持ちには技術の裏付けという現実と夢が込められていたけど、「月に住みたい」もしくは「他の惑星に住みたい」という気持ちにはそれがない。電話を携帯しよう、もっとお手軽に使いたい、安くて軽くてどこからでも使えるようになりたいという動機付けが「月に住む」にはない。だから技術は進歩しない。

もし地球があと100年なり50年なりで滅んでしまうという状況下になったら、そのニュースは一般の人に告知されるかどうか。「そりゃされないよねぇ」。僕もそう思うそうなったらもう大パニックになるのは間違いないもの。でもその当然さと同時に「脱出出来るなら脱出したい」という強烈な動機付けに裏付けされた急激な技術革新がなされるに違いない。でもそれでも「いきなり人間が住める別の惑星へ移住」はない気がする。気がするだけだけどそういう気がする。

 他の惑星でもそういう経緯って変わらないんじゃないかと思う。

落とし込みで結果から巻き戻そうとしてみても、「他の惑星に移住する」→「他の知的生命体との接触が可能にあるほど技術が進歩する」という項目と、「月へ行く」の間には埋められざるミッシングリンクが存在すると思うんだよ。その惑星の寿命を超えてその文明が生きながらえるためには、当然他の惑星への移住計画が不可欠なんだけど、その寿命を事前に計算、察知するのと、他惑星への全人類移民は絶対同時には進まない。

 そんなレベルの技術力で他の知的生命体のいる惑星に果たしてたどり着けるのか

と思う。WALL・Eみたいに非常に大規模な移民船が自分たちの住める星を探して宇宙に出るためには、「それだけの理由」と「それを可能にする技術」が同時にクリアされないといけない。

 そこに僕の理解を超える溝がある。

かみさんが言うにはやはり「運」だろうと。誰かがとんでもない発明をして、5年後には1000万円くらいで個人用宇宙船が作れちゃうような、ある種奇跡が起これば、他の星に行けるようになるのも不思議はないはずだ、と。それにそう考えた方が楽しいと。

どこかにファンタジーが見え隠れしてしまうのが辛いところというか(^^;、子供の頃から活字の本に親しんできたかどうかの差を感じざるを得ない(つか「かんじざるをえない」って打ちにくっ)んだけど、「運」が大事なのは僕にもわかる。ケネディがいたことだってある種の運なわけだし。

ナスカの地上絵だって宇宙とかかなりの上空から見る前提は絶対あっただろうってことだし、世界の七不思議なんてどれも「ホントに不思議」なものばっかじゃん。

確かに。いくらなんでもハチドリの形に自然の風雨が造形したとは僕にも考えられない。それはある意味3粒の砂が巡り会う確率よりもはるかに低いと思う。ただ「見る前提」と「見られた事実」は全く別物ではあるけれど。

あともし仮に3粒が巡り会うとしても、今テレビや雑誌で言われるほど頻繁にいろんな形のUFOや宇宙人がいるとは到底思えない。「もし地球に来ることが出来た宇宙人がいたとしてもそれは1つの文明だろう」と思うから、逆にあれほど多種多様な形で映像化されているのを見ると、

 結果として全てがウソ

に思えて来たりはするね。

ちなみにそんなファンタジーとSFのクロスする(地球に来る)宇宙人にはかなり肯定的なかみさんだけど、オカルティックな話にはそのスタンスが大きく異なる。

 幽霊は信じるけど、、、幽霊と妖怪は信じるけど、呪いは信じないっていうか、どれも自分があったことがないと言えばそれまでだけど、、、

うーむ。どっちかというと僕はそういった超常現象は全て一括りで信じてるというか、ツタンカーメンの呪いもインディアンの草木に魂が宿るって話も、金縛りも、、、まぁ妖怪はやっぱ違う気もするんだよな。なんか上手く言えないけど。

ああでももっと楽しい話がいっぱいあった気がするけど上手く思い出せないのが悔しい。話してるそばからどんどん忘れていく自分がわかって、「この話は面白いなぁ」と思う一方でもどかしさも同時に募る。そういえばこないだのミサイル騒ぎ、北朝鮮では「人工衛星の打ち上げに成功した」って報道されてたけど、「実際に見てなければ」という注釈を付ければ、僕らが普通に目にする全てのニュースはウソかも知れないんだよね。実際には月に行ってないかも知れないし、ホントにあと50年で地球は滅亡しちゃうかも知れない。でもそれを知る術は僕らにはないし、せいぜい「どっちが信じたいか」って話で盛り上がるのが関の山だったりするんだよな。つかホントに他の惑星に到達出来るレベルの、今の僕らからしたらかなり究極な生命体が他の星にいるとしたら、案外そいつってウイルスとかせいぜいゴキブリ程度のボディに思考回路が載ったようなもんなのかもなぁと思ったりする。惑星が寿命を向かえて爆発しても生き残って宇宙をさまよえるみたいなさ。ああ僕もファンタジー的思考に流れてしまう(^^;。

|

« コーヒーの話 | トップページ | 東方防衛軍~その3~ »

コメント

こんにちは ロンドです

 我が家でも 本当に幽霊はいるのか?エイリアンは?  について話し合った事はあります・・・が 基本的に私が一人騒いで 嫁の それでいいよ・・・ と面倒くさそうに言われ話はおわります

 嫁は幽霊はいてもいいと言います

 はっきり言って私は子供の頃から 幽霊 お化け等の事は信じていません 理由は簡単 見えないし感じないし・・・理由はチープかもしれませんが要するに 会った事ないから
 いてもいいとは何事か!

 もし本当に いる のならハッキリ言って最低日に一回以上は見るでしょう? それとも自由に姿が消せる? 消せたって生前陽気な人だっている訳で・・・俺が幽霊なら絶対出るって 頻繁に・・・ じゃあ普通の人には見えないのか? テレビに出ているような霊能者以外は見えない 触れない 通信できない? 等など そんな事を考えていると ほんっともう 怒りが沸々と湧き上がってくる 
 そんな理由でだまされて金巻上げられている人もいるだろうし 私はこういう事こそまず まず国がハッキリ幽霊は存在しませんと公表するべきだと思います 国としての姿勢として

 言いすぎかな?・・・いやまだ続けます

 じゃあ たとえば 今年から始まる裁判員制度で自分が裁判員になった時 もしなんらかの事件の容疑者が「幽霊が・・・」みたいな話をしだした時 どう対応します?
 何言ってんの?ってなりません? 一応その可能性も考えるかって・・・んなアホな!!
 なんかとっても子供っぽい感じになってしまったんですけど
私は信じないんだったら一貫して 信じません 墓参りもたいした意味はないと思っている位です
 
 あっ エイリアンはいるかもしれません まあ微生物か昆虫位の者でしょうけど・・・

 こんな話をしたあとは 嫁さんの「それでいいよ」で話は打ち切りです 失礼しました
  
 

投稿: ロンド | 2009年4月 8日 (水) 07時13分

ちすロンドさん、クリスですども。

まず最初に確認ですが、僕の中でオカルティックな事象には、幽霊だけじゃなく妖怪も神様も呪いも入ります。そういった超常現象全てをひとくくりにして話を進めたいと思います。

>見えないし感じない

ふむふむ。以前伊集院がラジオで「信じない。でも廃病院とかは怖い。なぜだろ」という話をしていました。信じてないのだから「出るかも知れない」とは思わないわけで、ただ暗いだけで怖がる性癖がないのなら、別段怖がる理由なんてないはず、という話なのですが、

 ちょっと信じてる

とその話を聞きながら思いました。「未確認の怖さ」や「神様お願い」は弱い自分を認めて、強い何かにすがるということだと思います。そこに悪意ある人為的な詐欺師が介入するのを是というわけではありませんが、ただ売り出しの前日に「明日晴れて下さい」と願ったり、「最近たるんでるから雨が降るんだよ」と後悔するのは日常茶飯事にあるんです。これは正直僕のこれまでの人生で摂取した「すこしふしぎ」の藤子不二雄Fによる教育のたまものなのかも知れませんが、やっぱりあるにはある。

そうなんです。要は歴史が決めてるって言いたいわけですよ。僕の過去には笠地蔵やみみなし芳市やあずきとぎがあって、小さいときからずっと刷り込まれ続けてきている。だから丑三つ時に鏡を見るのが怖くなるし、死んだおばあちゃんに願い事をすることもある。

 ウソかホントか、いるかいないかは既に別の話。

生まれてからずっと「あなたの血液型はA型です」と言われ続けていたら、きっとその人はA型気質に近づいていくと僕は思うわけです。ホントの血液型がなんであれ。幽霊を信じる信じないはそれと同質の話な気がしますが、、、違うかしら?(^^;

投稿: クリス | 2009年4月 9日 (木) 11時51分

こんばんわ ロンドです

そうですね いる いない の話になってくるとやっぱり最終的には わからない になりますしね 妖怪や神であれば 逢うまで 幽霊なら逢うか 自分が死んで幽霊になるまで...

わかってはいるんですが 昔からどうもこの話題になると感情的になってしまうんです トラウマでもあんのかな?
それは譲れないみたいな・・・

しかし 一貫して信じないと言う私も ホラー映画は大好きです 呪怨なんか見た日には夜トイレにいけません 闇もしっかり怖いです 以前富士急ハイランドの お化け屋敷 リングに入った時は 嫁をおいて本気で逃げようかと思いました

信じないのなら怖くないはずなのに そうですよね

やっぱり人間には不思議な事や神秘的な事を信じるように出来ている というか育ったと思います 

私にとっては あなたの知らない世界 の教育ですかね

夜中に暗闇に向かって 出てこれるモンなら出てこいヤ などと言ったりします はずかしながら

体は信じてると言う事でしょうか でも頭の中では信じていない そんな感じですかね

長文失礼しました

投稿: ロンド | 2009年4月 9日 (木) 18時41分

ちすロンドさん、クリスです。

お話をおうかがいすると、「子供の頃強く自分を否定された何か」がおありな気がしたりして。もちろんただの推測ですが、暗闇やホラーそのものに対する体感的な恐怖感が現存してるということは、伊集院同様「否定はしててもそこに明確な根拠はない」というか、「見たことがないから」というオーソドックスかつ正当性のある理由を挙げてはいるが、本当の理由は別にあるんじゃないかというか。

これは僕の価値観なので、それをお仕着せするわけではないですが、「肯定と否定」はそれまでの人生での経験法則から「納得できるか否か」がやっぱ全てな気がします。トラウマに関しても、「納得できないのに強く否定された」りすると、それが引き金で「納得させられるだけの理由づけなく同様の考え方を否定する」ようになるとか。あくまで想像ですけども・・・。ただ、

>出てこれるモンなら出てこいヤ

これは僕は言えませんね(^^;。ホントに出てきたら怖くて泣いちゃうので。案外ハートの強さが否定を裏付けているのかも知れません。

投稿: クリス | 2009年4月11日 (土) 08時44分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/119981/44599230

この記事へのトラックバック一覧です: かみさんと宇宙の話をする:

« コーヒーの話 | トップページ | 東方防衛軍~その3~ »