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2009年9月25日 (金)

一番ゲームが楽しかったのはいつ頃?

まぁマジ恋はマジ恋で面白いわけですし、ドラクエも始めるとつい1、2時間は没頭出来る程度にはモチベが残ってるわけです。でもふと遠い過去へと思念を飛ばすと、ジジイなら誰しもが感じる「昔は良かった」感が山彦のように返ってくる。

「ゲームが楽しかった頃」というのは、「楽しいゲームがあった頃」とは微妙に違う。1本2本のタイトルを指すのではなく、自分の生活環境やハード、自由になるお金、友達などもろもろ含めてはじき出されるものだ。いくら朝までゲームをやっていたとしても、「当時より今のがゲームが楽しい」という感じはしないのである。そしてこれは人によってかなり違った季節を指すものでもあろう。

●スーファミ発表

そんなことを考えて一番最初に頭に浮かんだのは、「ファミリーコンピュータマガジンに初めてスーファミの画面写真が載った頃」である。確か気球とかの写真だった気がする。もしかしたら同時発売のスーマリワールドやF-ZERO、キラーコンテンツと言って良いファイナルファイト、超魔界村、アクトレイザーなどの写真もあったかも知れない(たぶんボンバザルがあった。「見ざる訊かざるボンバザル)。

当時の自分のテンションをどうたとえたらいいか・・・。とにかく「時代が動く」。政権交代なんてスーファミ発売と比べたらあまりに小さくて電子顕微鏡でも見えやしない。ぶっちゃけ今日いきなりマイクロソフトとSONYと任天堂が合併すると言われたとて当時の衝撃には到底及ぶまい。

何度も書いているが、これは単純にハードが一つ新しくなるとか解像度が細かくなるというレベルの問題じゃなかった。今までどうがんばってゲーセンのゲームの雰囲気を再現するのか、当然キャラの大きさも小さいし、色数なんて10分の1。音もピコピコで、数え上げたらきりがないくらい何から何まで負けていたのが、スーファミ一つで、その地位が(全てのタイトルではないにしろ)逆転してしまった。当時回転拡大縮小をハードで可能にしていたアーケードタイトルは少なく、同時発色数もネオジオですら4096色。半透明機能はネオジオにすらなく、唯一処理速度の遅さ以外、スーファミに一切の死角はなかった。そしてその死角すらも誌面からはうかがえず、

 亀仙人に弟子入りした頃クリリンに対するフリーザ最終形態

くらい無敵だった。あまりに凄すぎて気付けば口元がにやけていた気すらする。

発売日も「前日閉店前夕方5時から」という過去最速で並び始めたほどだったから、僕のテンションがどれほど高かったかわかろうというものだ。でもってスーファミはその期待に見事に応えてくれたんだよね。

当時のファミマガはかなり長い間取っておいたんだけど、結局紛失してしまった。国会図書館とかが電子化されたらぜひ読み返したい記事のひとつだな。まぁ電子化されないだろうけど。

●テグザーの頃

ファミコンでテグザーが出た頃ってのも自分の中で思い出深い。今でこそ「テグザー?なにそれ」という読者が多いと思うが、その昔PC8801というハードに現れた変形アクションシューティングは、

 ゼビウス並に異彩を放っていた

と言っても過言ではない。美麗なレーザー、広大だけど緻密なマップ、特徴的なBGM、かなりテクニカルなゲーム性、88SR版タイトル画面の綺麗さは友達の家で見せてもらった瞬間凍り付いた記憶がある。

そのファミコン版は、確かに見た目はしょぼいし、ドットは荒いし、面数も少なくなっていたけど、やるたびに少しずつ攻略法やコツが見えてきて、「上達が楽しくて仕方ない」感じだった。ほぼ同時期にはナムコのスターラスターも発売されており、二つのタイトルを同時進行で、スコアアタックしていた。

レースゲームや純粋なシューティングではなく、アクションシューティングと3Dシューティングという言わば「先へ進むことが何よりのモチベーター」であるジャンルにおいて、自ら地道にスコアを書き留めてまでプレイしたのはこの頃だけ。結局テグザーも5面がクリア出来ず、スターラスターもレオパルドくらいまでしか行けなかったけど、
※暗黒惑星は見たことがあるけど、とてもじゃないがクリア出来るレベルじゃなかった。結局そのモードでゲームオーバーになるよりそれより下のモードをより綺麗にクリアする方がスコアが高かった記憶がある。でもそれって「負け」だよなぁとは思ってたけど。つか暗黒惑星クリアしたことがある人ってどのくらいいるんだろ。ゲームビデオとかでもいいから見てみたいぜ。あ、もちろんズルなしでね。
→ちなみにズルなしでクリアするには、画面にマジックで印を付けるのが必須という無茶なゲーム性だったけど、そこまで行くのも至難の業なのでそのくらいは余裕でもあった。液晶モニターの時代になって「フニャ」っとしたノングレアモニターだったりすると、さすがにマジックは無理だろうね。

●ストII接触

当時ゲーメストは買ったり買わなかったりで、世のアーケードゲーム事情にも疎かった。高校卒業1、2年くらいはあまりゲームそのものに対する温度も低かった気がする。そんな中、「凄いゲームが出た」と巷を賑わせていたのが「ストリートファイターII」。ウワサだけが先行し、いったいどれほどのもんだ、と。何がどう凄いんだ、と思いつつ友人ととあるゲーセンで出会いを果たす。

そのゲーセンは2階バッティングセンターの下にあり、天井が低く、今ではもうない。当時並んでたゲームは、、、あんま覚えてないけどメタルブラックとかR-TYPEレオとかだったかな。僕ら以外に誰ひとりお客さんはいなかった。当然ストIIにも誰も座ってなくて、テーブル筐体だった。

「対戦が面白い」ということだけは知っていたので、友達と早速二人用をプレイ。僕はリュウを選び、友達はダルシムを選んだのだが・・・、

 もうコテンパンにやられた。

そもそも必殺技とかろくに出せないから、ボタンをバンバン叩きながら近づくだけ。でもダルシムの圧倒的なリーチの前に僕のHPはみるみる赤く染まり、

 「卑怯すぎるっ」

2回戦からはダルシムは封印されることになると同時に、インデックスにある必殺技を試してみることとなる。当時からどうも女性キャラを迷わず選ぶことに抵抗があったので、僕はガイル、友達はブランカを選択。

 ブランカの電撃の前に僕のワザは何一つ届かず・・・「卑怯だ!これも卑怯過ぎる!」

だがここは長年のゲーム少年。いくつキャラを試しつつ、ついに波動拳を出すことに成功!「もうオマエの電撃は怖くねぇぜ!」・・・波動拳失敗の隙にローリングアタックが思いっきり命中。徐々にではあるが対戦が拮抗してくる。ダルシムだけは無敵の強さだったが・・・。

既にメストや都会ではブレイクしていたと思うが、実家周辺ではまだまだ全然盛り上がってなくて、台数も1台だけ。でもその時の楽しさは「紛れもない本物」で、

 これは、、、嵐が来る・・・

と思ったものである。名前やウワサに踊らされたわけじゃなく、純粋に、「面白かった」から!

●パックマンとミサイルコマンド

ぶっちゃけインベーダーやギャラクシアンの頃ってのは「ゲームだ」というだけで楽しかったんだけど、正直上手いわけじゃなかったし、ピコピコとライトが回るメダルルーレットや駄菓子の延長で遊んでいた程度だった。しかし、とある夏休みの家族旅行で、プレイしたこの2タイトルはそこから一歩踏み込んだ楽しさを見せてくれた。

それまでは音楽とは呼べなかった効果音の連なりが、紛れもないメロディを奏で、カラフルな画面と心地よいドットを食べる音、パワーエサを食べての逆襲の心地よさたるや筆舌に尽くしがたい。

今でこそ見た目に左右されにくくなった僕だけど、当時はもうその画面と音に虜になった。親父からもらった小遣いを慎重かつ大胆に、、、要するに全部パックマンとミサイルコマンドに注ぎ込んだ。

ミサイルコマンドはもうそのトラックボールの気持ちよさ、ボックス筐体(←記憶の中では)の没入感、とにかく動かしているだけで楽しくてしょうがなかった。画面はそれほど綺麗というわけじゃなかったけど、連射すればしただけどんどん飛んでいくミサイル、うまく弾幕を張ると大量の攻撃でも一気に防ぎきれる爽快感、じりじりと失われていく戦力と遠距離から攻撃せざるを得ない状況でのジレンマ、、、今でも鮮明に楽しさを思い出すことが出来る。

僕は残念ながらベクターのスターウォーズをプレイしたことがない。キャロットにあった筐体を見たことはあっても、既に故障中であのまばゆい「光線」を実際に体験したことがない。だから僕の中ではミサイルコマンドが「かっこいい昔のゲーム」のトップに君臨している。アステロイドもベクターだったけど、あれは見た目が地味だったからねぇ。

今でも実働するスターウォーズが置いてある店とかあるんでしょうかねぇ。

●CD-ROM2

小遣いが多かったのか、既に働き始めていたのかはわからないけど(もしかしたらお年玉を一気にバーストさせたのかも)、僕とPCエンジンCD-ROMとの出会いは凄まじいものだった。

スーファミほどでないにしてもあの「大容量と生音の衝撃」は特筆モノで、とにかく欲しかった。でも高かった。結局中古でそれなりに安くなるまで結構な時間待たされることになったのだが、その分タイトルが充実していて、

 一気に10本以上買ったような気がする。

覚えているものは少ないけど、ダライアス、YS、モンスターレアは絶対買った。もう「天国」以外何物でもない状態。それまで容量というカセに縛られて飛べなかった鳥たちが一斉に舞い上がる様。この3作は音楽も凄く良くて、ゲームをやってないときも録音して聴きまくってた。CD-ROM2は1曲目に「これはCDROMっつって普通のCDじゃねぇからステレオで再生したらコロスかんな!わーったかオラ!」というメッセージが収録されていて、2曲目がゲームデータ。3曲目以降にCD音源のBGMデータが収録されていた。
※タイトルによっては内蔵で鳴らしていたものもあってそれらはステレオで聴くことが出来ない。

とにかく欲しくて欲しくてしょうがなかった物が、同時に、あ!思い出した。たぶんCD-ROM2とほぼ同時期にメガドライブも買ってた気がする。だから、我が家に、フォーゴットゥンワールド、スーパー忍、大魔界村、TATSUJIN、ストライダー飛竜も一緒に来たんだ。

 天国の上って何があるのママ・・・

浮かれすぎてロックンロールどころの騒ぎじゃない、だって今でも、20年近く経った今でも、その時買ったタイトルは「名作」と呼ばれてるんだよ!?つか今思うとよく自分生きてたな。

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他にもPC98でプレイした「ウルティマアンダーワールド」や、初のDOSVでプレイしたディアブロ、PC88のウルティマIVの頃も楽しかったけど、割と単発だったかな。プレステ以降は正直そこまで振り切れた思い出はないんだけど、最近の方ならプレステ2とかがそれに当たるのかな。重要なのはそこまでに至る過程だからね。ずっとお小遣いが少なくて、バイトして初めて自由になるお金が出来てから買ったハード&ソフトとかだったらきっと誰もが「楽しくて仕方ない」モードに入ると思う。そういう気持ちの強さが、その後もずっとゲームを好きでいる自分を作ったんだと思うんだよね。またそういう思いしたいな。

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コメント

私もスーファミ発売前、当時はネットなどの情報が一切無く、少ない情報を「ファミコン通信」「ファミマガ」などから掻き集め、色々と想像を巡らしながらスーファミ発売を今か今かとモンモンした日々を送っていました。
※1本のソフトの発売前情報を集め、想像を巡らすのも楽しかった時代に、新しいハードがでるなど気が狂いそうになりながら待ち焦がれていました。
PCを持っていなかった私は「ポピュラス」などのゲームはシステム自体が未体験だったので、雑誌の記事を読み漁り独りワクワクした記憶があります。
取り止めもなく書きましたが、当時の熱い思いがクリスさんの記事により蘇ったのでレスをさせて頂きました。

投稿: SOU | 2009年9月28日 (月) 01時11分

ばんわですSOUさん、クリスですコメントどもです。
当時をリアルタイムで経験してるゲーム好きなら誰しもが
感じたことだと思いますが、なかなかあれほどのテンションを
今味わえないというのはちと物寂しくもありますね。
1本のソフトの価値、寿命が短くなって、面白さの尺度も
積み重ねによって押しつぶされてしまってきてる。
だからこそ思い出は輝きを失わないという見方もありますが、
未来は誰にもわからないという期待もまたあるんですよね。

SOUさんがおっしゃったポピュラス、、、自分は、ログインに
載った「ダンジョンマスター」に感じましたね。最初見た時、
「こんなことが実際にやれちゃったりするの!??もう
現実じゃん!」みたいな気持ちになったことを今でも鮮明に
思い出します。

そういう体験ができたことはとても幸せなことだったんです
よね(^^。

投稿: クリス | 2009年9月28日 (月) 22時22分

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