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2010年6月15日 (火)

常識の話

たぶん短い話。

こないだ姉妹店のパート(20歳くらい)の親父さんが、他界された。詳しくはわからないが、何らかの事情の上に鬱が入り、家を飛び出して1ヶ月半。自宅から10km弱離れた山の中で発見されたという。

彼女には兄がいて、兄と親父さんの仲はあまりよくなかったという。まぁ思春期以降、父親と距離が出来るというのは、男子ならばむしろ自然であり普通だと思う。

彼女とお袋さん(奥さん)は通夜で号泣していた。行方知れずになって1週間ほどは食うや食わずで探し回ったが、1ヶ月半もすれば警察だって捜索を打ち切っている。

何度か書いているが、人の思いというのは継続し続けることはない。怒り、悲しみ、喜びだけじゃなく、空腹、痛み、、、まぁ「かゆみ」だけは間断なく押し寄せまくるが、それとてピークがあり沈静化する時が来る。1ヶ月半という長さは、悲しみや焦りを押さえ込むのに「十分な長さ」だったのか。

今自分の両親、もちろん母親、父親片親でもいいが、何らかの理由により他界した場合、「悲しい」「泣ける」人の方が多いとは思う。「大多数」が涙を流すとも思う。が、

 それは当然ではない。

僕はこの話を聞いたとき、開口一番「よかったね」と思った。薄情だと思うなら思って貰って構わないが、自分が逆の立場だったら、「いなくなることが確定する」マイナスより、「今後ずっとそのことにとらわれ続けなくて良い」安堵に比重を置いて考えたと思う。涙は流すだろうし、悲しいとは思うが、同時にホッとする気持ちも絶対あると思う。だから、

 あそこまで号泣してるのを見てちょっと不思議な気がしてしまった。

もちろんあの涙には、今後の生活に関する不安や、
※飛び出す前までは普通に仕事をなさっていたというし。
遺品、相続税、お葬式や法事などの事務的な、それでいて経験値を積みにくい知識に対する煩わしさもきっとある。

自店の他のパートさんは一様に、「かわいそう」「悲しいに決まっている」と言っていたが、だったら自分が逆の立場だったら本当に悲しくて泣いたかと問うと、

 ウチはそうでもないかな・・・

という。これはどういうことなのか。「みんな絶対泣ける、悲しい」と言っておきながら「ウチは違う」。「ウチ」は「みんな」の中に入ってないのか。

そう、要するに十人十色ということなのだ。誰もが誰も相手の気持ちなんてわからないし、当たり前の事なんて何もないのだ。

 なのに、みんなそのことに気付いてない。

 「それこそが常識」なのだということに気付いた。

今の常識は、「みんなが違うことを考えているのに、みんな同じだと考えている、それに気付いていない」ことが常識なのだ。そう考えて話をし、物事を考えると、

 合点がいくことのなんと多いことか。

もちろんこれは自分にも当てはまるが、その「イレギュラーさ」を理解しているかどうかだけでもだいぶ違う。

誰もが僕のような考え方を由とはしないとは思うけど、接客業、管理職ならある程度必要な考え方じゃないかと思うんだよね。つかまぁ取り違えると「わがままを容認する」とか「事なかれ主義」みたいになりかねないから、注意は必要かとは思うけど。

 当たり前の事なんてない。あるのは「当たり前のことはない」という真実と、

 そう考える自分が決して普通じゃないということだ。

一緒に涙を流せる人間の方が、「人としての正解」にずっと近いと思われている。真偽ではなく、善悪、良否が優先されることは多い。

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コメント

ホンネとタテマエというやつですかね

具体的に葬儀の場でいえば、自分なんかはその場の空気・雰囲気で泣けちゃったりします
それって結局ホンネではなく、葬儀では泣くべきだというタテマエ(=常識?)が作る
空気に同調してしまっているのかなと分析。

でも親子逆は無理です
想像もしたくありません

この違いは、、、順番という理に適うかどうかってことでしょうかね?

…なんて、仕事中に考えちゃいました(;^_^A


きっとクリスさんの中では合理的か否かがウェイトを占めているのかなーと邪推。


とっちらかった文章、失礼いたしました。

投稿: のり | 2010年6月15日 (火) 11時46分

ちすのりさん、クリスですども。

本音と建て前・・・とはちと違うかなぁ。「本音」ってのは本人が認識している裏側で、僕が感じるのは、「自覚のない内側」みたいなものです。わかっていてやるのではなく、わかっていないけどやる、みたいな。僕がたんに冷たい人間なのかも知れませんが。

子供が死ぬうんぬんは確かに想像したくありませんが、一番近いのでは子供が生まれる1ヶ月くらい前に飼い猫に逃げられた時
※前にブログで書きましたが、第三者に抱かれて逃げちゃった。結構自宅から遠い場所で。
の喪失感ですかね。かわいくて仕方なかったのが、直後から完全にゼロというのは凄くきつかった。でも救いなのは近々本当の子供が我が家にやってくる、ということでした。当時は「ネコがいたら赤ちゃんによくないかも」と凄く思い込むようにしてましたね。それで受け入れる、みたいな。

ダラダラと書いてしまいましたが、自分は合理的でありたいとは思いますが、生死に関してはやっぱりドライなのかなぁという感じです。本当に大切な人を亡くしたことが無いからかも知れませんが。

投稿: クリス | 2010年6月16日 (水) 23時12分

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