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2010年6月 3日 (木)

アッチむいて恋

※タイトルは18禁だけど今日の内容は全然18禁じゃないです。

ここんとこずっとまじめにゲームやってきてたので、ひさびさにエロゲーがやりたくなってチョイス。キャラの見た目は至って普通。その道のエキスパートなら「○○系」とか言えるのだろうけど、僕はまだそこまでじゃないのでよくわからない。強いて言えばしばらく前にやった「トロピカルKISS」と似てる気がしないでもないくらい。

似てると言えばその「さじ加減」も結構似てる。具体的に言うと、

 エロが全然出てこない

要はまだ「前半」から抜け出てないからなのだけど、本当にエロくない。クリス独自の「エロ指数」で言えば、「B型H系」が50とするなら、こちらは10くらい。
※「おくさまは女子高生」が80くらい。「甘い生活」が20くらい。
ホント、全然エロくない。

 でもそれは別に問題ない。

というか、今回ゲームしてて一つ非常に大きな発見があった。それは、

 自分がエロゲー、ギャルゲーに何を求めているのか。

エロい「やる」シーンなのか、よりどりみどりのかわいいヒロインなのか、気合いの入ったボイスなのか、、、どうやらそれらは全て「二の次三の次」であって、本当に僕が求めているのは、

 甘酸っぱい展開

これだということに気づいた。具体的に言えば、

 ラブコメ(コメディよりラブに角度にして15度くらい傾いた感じ)だ

主人公がモテるのが好きなのも、エロがない会話シーンでも全然大丈夫なのも、鬼畜系が今ひとつ入っていけないのも、全て「甘酸っぱいファンタジー」に身をゆだねたいからだ。

アニメより好きなのは自分のペースで進められるからであり、マンガより好きなのはボイスがあるからだ。安心して楽しめるのは結末がハッピーエンドだからであり、
※そうじゃないヤツは好きじゃないのだ。
脚本や設定に共感出来るのは、クリエイターの年代がそれなりに近いからだ。きっとそいつらも若い頃「電影少女」や「I’s」や「キックオフ」「さよなら三角」「BOYS BE・・・」を通過してきたに違いない<勝手な思い込み。「八神くんの家庭の事情」や「人類ネコ科」や「ツルモク独身寮」に幻想を抱いたに違いない。「おじゃまユーレイくん」や「やるっきゃ騎士」や「ボクの婚約者」にモンモンとしたに絶対間違いないのだ。断定だ。断罪だ。そんな小中学生でごめんなさい。

 同好の志たちの創作物が自分にフックするのは至って当たり前の話なのだ!

ただ本音を言うと、もっと具体的に狭い範囲で「大好きなシチュエーション」というか「期間」がある。それは、

 お互いが気持ちに気づいてからおっぱいに触る前までの間

要するに「キス前後」が一番好きだ。ものすごく好きだ。本音を言うと実写のエロビデオでもあるなら見たい、欲しい、買いたいと思うほど好きだ。

 気持ちが傾いている状態

それでいて

 ケモノになってない状態

がどうにもこうにも大好きなのだ。

だからそこをおざなりにしてコトが進んでいくと非常に萎える。へこむ。悲しくなる。
※「フォルト!」がまさにそんな感じだった。絵はかわいいのに・・・。
「大事なのはソコだろうが!」と若干つばを飛ばしながら叫び声を上げたくなる。
※だからヱヴァ破のクライマックスでシンジが綾波に手を伸ばす場面とかホントたまらない。最高だ。あれが最高なのだ。頂点なのだ。原点なのだ。原体験なのだ。ルーツなのだ。アロマブラックにミルクと砂糖をドバドバ入れても下痢になるからボクは飲まないのだ。なにが「ボク」だ。恥を知れ!いやこれは先ほどの学習機能が生きていただけだ。あそうだったらいい。

で、

じゃあこのタイトルがどうなのかということにはなるのだが、、、

このゲームの設定は僕の経験上にはないもので、「学校では普通、寮生活は『女装』」というもの。強引な導入でいきなり女装して女子寮で暮らすことになった主人公と、その寮に住む(&ウチ二人はクラスメート)女の子たちと仲良くする展開。

 正直無理があるとは思う

思うが、まぁそれも味なのかなぁとも思う。

ぶっちゃけこの主人公は全然エロくない。指数で言えば「つよきす」を50として「マジ恋」を70とした場合、25くらいしかエロくない。っていうかかろうじてエロ本やDVDを持っている、程度のニュアンスしかなく、好きな子もいなければ、理想の女性像もない。

 正直その点ちょっと萎えるのだが、

見た目にかわいいという設定そのものは嫌いではなく、
※女装していてもモテる。
現在のらりくらりとプレイしている次第。

そう、正直現時点で語れることは何もないのだ。とりあえず今「遊び始めたよ」とこれが言いたかっただけなのだ。まだまだ駆け出しのチンピラであり、産湯につかったばかりであり、十月十日のなかばを過ぎた程度なのだ。いやそこまで未熟じゃない。それは言い過ぎた。未熟すぎた。ゆで卵で言えばもはや「まだ生だって」ってレベルだった。失敬。

ただ、今後何回かはこれがネタになるよ、とそう言いたかったのでした。生暖かい目で見てやって下さいませ。っていうか10日にはゼノブレイドが出るから長くてもそれまでの話だとは思うけどさ。あ、今のところの評価は★★くらいかな~。ちょっと冗長に感じる場面がいくつかあって、惜しいかなって感じです。丁寧なのと冗長なのは違いますからね。

付け足し。

マンガのラブコメというとどうしてもそのゴールが「両思いになる」ことの場合が多いのだけど、実際はその先も凄く気になるというか、

 幸せな時間に居心地の良さを感じることが出来る現実がある

と思う。昔はそうじゃなかったかも知れないけど、今は、、たとえば「花より男子ファイナル」のように、「結婚したあと」を映画化したものに、もの凄くたくさんの消費者が動かされたりした。それはつまり、「ドラマ(TVとか映画の、という意味ではない"ドラマチックな状況"としての)」だけじゃない、「ありきたりな幸せ」にニーズが発生していることに他ならず、

 僕のこのミーハーな感性は至って普通

だと思うわけなのだ。「デレ期」に入ってからの展開、「後日談」などにむしろメインストーリー以上の期待をしてしまう。
※よく知らないけど「智代アフター」とかそう言うのなんでしょ?

人の幸せをドラマにするのはとても難しいとは思う。「障害のない恋の話」がどうして面白くなるのかと思われると思う。でも実際は別に「面白くする必要」などない。「幸せにすればいい」だけのことだと僕は思う。ネガティブなシチュエーションや悲劇のヒロインは今はもうそんなに流行らない。男子も女子も妄想の中に幸せを探す連中が、そうしたメディアを支えている(断定していいかな?)。ニーズがあるところにプロダクツが生まれるのは自明の理なのだ。僕はやっぱりデレったなごみんが好きなのだ!ラブプラスだって「告白されたあと」がメインだったでしょ?

まだそんなに出てきてないけど、この流れは今後絶対加速すると思う。「序盤で両思いになって、あとは基本幸せ」。「そんな脚本魅力のかけらもない」と思うなかれ。ドラマでもマンガでもアニメでも、繰り返し見たいシーンはつらくて苦しい場面じゃない。

「苦しい時があってこそ」それだってあやしいもんだ。「自分より不幸な人を見て安心出来る」感性が今どれだけあることか。「牧野つくし」の家は貧乏だったが、暗くはなかった。リン・チーリンと木村拓哉である時点で見てる人は既に安心していられる<見たこと無いけど(^^;。

なんだか随分大げさな話にしてしまったけど、エロゲーってのはある意味「ただ幸せなだけ」の物語に一番近い位置にあるんじゃないか、とこう言いたかったわけです(ホントかよ!?)。

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