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2010年12月16日 (木)

メールとかツイッターとか伊集院とか

最近の伊集院のラジオを聞いてると、「言ってることが理解できすぎる」と思う。物忘れの激しさや、エロや、友達との関わりなど、「オマエはオレかっ!」と言いたくなるほどシンクロを感じる。年齢的には僕より3つくらい上だったはずだが、それを踏まえてなお共通性を感じる。

子供の頃のクラスでの立ち位置や、生活環境、価値観の育成に関しても、僕が野球やバイクに触れず、その分ゲームや学校行事に情熱を注いだズレこそあれ、見えてきた景色、感じた気持ち、言葉という物に対するスタンスもまた、何か他人とは思えないものを感じる。「前へ前へ泳ぎ続ける生き方をしたい」と僕は思っているが、言葉にはしないまでも伊集院からそれを感じることも多い。

最近の「仕事を減らしている」ことに関しても、凄くよくわかる。要するに「自分のキャパ以上のことをするのが不安」であり、過去の自分と向き合って今できることを浮き彫りにした結果、「減らすしかない」という結論にいたったのだと思う。「のはなし」や「IJP伊集院パーク」を見てもそれは感じるし、物忘れの激しさとも当然無関係じゃない。

伊集院は今でこそツイッターをやっているが、ブログやミクシィ、メールでのやりとりに関しては(興味こそあったにせよ)後手後手に回って波に乗り損ねていた。以前どこぞで見かけた(聞いた)彼の言葉の中に、「テープが回ってない」というものがあったが、僕が察するに、ブログもミクもメールも、

 自分の発する言葉がしっかりと活きてくれない

という思いがあったのではないかと思う。人と話をするのはいい。元噺家である伊集院は、「話し言葉」の持つ魅力や重さを十分過ぎるほど理解しているはずで、それがたとえば後輩だろうとかみさんだろうと友達だろうと編集者だろうと、

 話すのは無駄じゃない

と思って生きてると思う。コミュニケーションを取るという行為が、そもそも重要度が高く、自分にとってプラスになる。だから伊集院は「話しをすること」には常に前向きであるように思う。
※それはラジオはもとより、ファミ通とかにたまにあるライターや浜村ボスとの話とかを見てもよくわかる。

が、書くことによって発する文章に関してはそうじゃない。要するに「リアクションがない創作活動」に凄く抵抗がある。見てるんだか見てないんだかわからないところへ向けて発信するぐらいなら、

 誰も見ていない壁に向かってしゃべった方がマシだ。

と言わんばかりに伊集院はブログを非公開にしていた。見てくれてレスをくれればそれはそれで成立したはずだが、もしレスがなかったらその自分の言葉は「無駄遣い」に為るかも知れない。完全に外へのパイプを切った状態なら、

 それをネタに出来る。

もっと言えば実際にやってなくたって構わないということになる。

ここで僕と多少違うのは、僕は自分の文章が「自分という読者だけでも」結構楽しんで書ける。僕も学生時代友達に手紙を(あきれはてるほど大量に長く)書いたりしてきた過去があるが、その中であっても読者のトップには僕自身がいた。伊集院の場合は僕以上に自分というものを卑下している傾向があり、常に発信先が友人知人であったがために、自分の創作物の対象が自分ではなしえない状況になっているのかも知れない。
※まぁブログをホントに書いていたとしたらあながち「そうした気質」もないとは言えないけど。

だから今彼がやっているツイッターは、とても彼の性分に合っているはずだ。書いた言葉は残るし、非常に高頻度かつ即効性の高いレスポンスが貰える。僕だって仕事をしてなかったら(もしくは自由に携帯をいじれる環境にあったなら)、かなりのハイペースで「つぶやいた」と思う。自分の言葉が無駄に使われないことに非常に高い優先順位と価値を抱くから。

まぁそうした「発信者」としての喜びを持ってしても、物忘れの激しさは否めないわけで、だからこそそのルーツでありベースである「深夜の馬鹿力」を基幹としてライフスタイルを形成する現状に至っているのだと思う。「リアルタイムではき出すだけなら思い出す必要がない」もの。

最近ヒマな時はふと昔書いた文章を読み返したりする。5年も書いてると相応に大量のテキストファイルがあるわけだが、ファイルサイズで10KB超のものなんかをチョイスして読み返すと、結構熱かったりして愉快な気持ちになる。記憶力が薄れ、観たり聴いたりしたこと、話したことなんかはどんどん「なかったこと」になっていくが、

 文字は残る。
※あと写真も残る

だから僕は未来の僕が今の僕を思い出せるように、、、思い出せなくてもいいか、思い出せないかも知れない、むしろ思い出せないだろうけど、「過去の自分を楽しめるように」ブログを綴っていきたいと思う。伊集院の「のはなし」を読むとその「過去の自分と向き合う感じ」がすごく伝わってくる。「オマエもオレなのか」と思う。
※ついでにちょっと僕もツイッターをやりたくなったりもする。
 →でもそれによってブログの濃度が薄れるのは本意じゃない
  →伊集院もツイッターをすることで深夜のラジオが手薄になるのは絶対本意じゃないはず。

これだけ量があると、それらを読み返すのもたやすいことじゃない。でもいつの日か、自分の中で特に気に入ってるネタを集めて本に出来たらいいなぁと言う気持ちはある。これから加速度的に物忘れが激しくなっていくとしたら、その本はきっとひとりで何度でも楽しめるはずだから。

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