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2011年6月16日 (木)

凹まない性格

昨日陸さんという方からコメントを頂戴いたしまして、「なんでオメーは凹まねぇのん?」と。「それってば自分の考え方?それとも性格?」と。「自分は挫折の経験豊富なんだけど」と。
※正確にはそんな風に書いてないですよ。念のため。

楽しそうな話なのでレス半分。独り言半分でつれづれなるままに書いてみる。

とりあえず「凹む」と「挫折」はちと違うと思うわけで、前者は平らな状態に穴が空く。0がマイナスになる感じですが、後者は何かを志すものの、それが成し遂げられない。1、2、3・・・と増えていく途中で、ガツッとブレーキが掛かる、そんな違いがあるように思うわけですが、ともかくそれが「考え方か性格か」。

僕は自分が「頭が良い」と思ってかなり長い時間育ってきたので、
※高卒で大学行けてないですが(^^;
あまり「思い通りにならなかった」経験がないように思っていましたが、実は全然そんなことはなくて、

 思い通りにならないことを思い通りにしようとしなかっただけ

だったり、

 思い通りになることだけを思い通りにしてきただけ

だった気がします。要は自分の身の丈にあったことをしてきた。だから、僕は運動や勉強で、「誰かと競い合った」ことがほとんどありません。「壁を乗り越えなければならないシチュエーション」そのものが、なんて言うんでしょう、、、合わない?

中学の三年の時、クラスの文化祭委員を決める場面で、僕は僕以外の候補者に敗れ、全く別の生活委員になったことがありました。選挙は挙手によって行われ、負けた時の悔しさは今でもぼんやりとですが覚えています。まぁこれを挫折とするなら挫折なのですが、でも割と復活も早くて、結局のところ、

 肩書きだけが存在価値じゃない

と思うわけです。自分主導で文化祭を動かしていこうと思えば、いくらでも口出しは出来るし、クラスの一人としてクラスで一番行事に貢献すれば、それは肩書き以上にみんなにも認められる。それはそれで愉快だろうと。

生活委員の方も、やってみたらみたで僕よりポテンシャルの高い友人何人かに恵まれ、学校始まって以来というレベルのあいさつ運動を実施。今でも「あいさつ率100%」は良い思い出です。

ゲームで経験値を稼ぐのが大好きなのも、「負けるのが嫌だから」。思い通りになる部分=経験値を稼いでレベルを上げ、時間が無駄になるのを防ぐ。10くれる敵を10匹倒して100にするのと1くれる敵100匹で100にするのを秤に掛ける過程で、前者のリスクがどれほど高いかを自分なりに咀嚼する。

 僕はドラクエ2でパスワードを間違えたことが一回もないんですよ。

セーブの頻繁さも、たぶん知り合いの中では突出して多いはずです。人生を無駄遣いしたくないから。
※だからロードも嫌いだし、盛り上がらないデモや、映画の中の冗長なカットも気になるし、面白くないマンガのページも読み飛ばしたりします。

 楽しいことだけ摂取出来れば、それに越したことはないですよね?

仮に、楽しいことだけ摂取しようとした場合、人生は割と楽しいことの密度が上がると思うわけです。

 まぁそれもそこそこ勉強が出来た中学時代までですけど。

結局高校で落ちぶれてしまったのと、まだその時は親がそこそこ裕福だったので、将来は「家業を継ぐ」という逃げ道が残されていて、今の僕に至るわけですが、もし金銭的に切迫していないのであれば、「比較的楽しく生きるためのこと」を探してチョイスするだけでかなり違ってくると思います。ここで重要なのは、

 楽しく生きる為には面倒なこともあるし、割切らなきゃならないこともあるし、学ばなきゃならないこともあるってことです。

ブログでも再三書いてますが、人ってホント千差万別です。ホントは全然違うのに、自分が基準、自分が常識って人が凄く多い。それを理解するだけでも、いろんなコミュニケーションのキーが見えてくる気がしますし、とにかく自分を下へ潜り込ませるような会話を心がけるだけで、相手との関係はそこそこ良くなります。最初からこれ以上凹みようがないくらい自分を卑下していれば、大抵はそれよりいいリアクションを得られますからね。
だから全然楽天的じゃないし、利己的で打算的です。そういう言い方で言うなら、「考え方」で「凹まない」ってことになりますね。でもこの考え方を育てたのは間違いなく子供の頃の環境であったり、性格だったりもしますから、どちらも影響があるとも言えますよね。

相変わらず支離滅裂になってしまいましたが、、、まだ続けます(^^;。

僕は行列に並ぶのが好きなのですが、これも「必ず報われる時間」が好きだからです。報われないかも知れない時間は嫌いですが、報われないかも知れない賭けに出なければならない場合は、結果がどう転んでも受け入れる準備を「必死に」します。むしろダメだった方のことを中心に考えます。じゃないと凹むから。じゃないと悔しいから。

 悔しい思いはしたくないから。

以前伊集院も言っていましたが、競馬で馬券を買わずにレースだけを「買った気になって」見るとする。結果自分が買おうとした馬が負けた時、

 「凄く儲かった気がする」

それって何にでも応用が利くんですよね。物事には大抵二面性があって、オークションで競り勝ったら「手に入れたことを喜べばいい」し、競り負けたら「無駄遣いせずに済んで喜べばいい」。HDDが壊れてデータが消えても、「新しいモノに興味を持つきっかけ」になったと思えることもあるし、誰かの失敗を期待するのではなく、自分のチャンスを待つ視点を大事にしたい、、、みたいな。

「時は金以上なり」という言葉があります。人生の半分はちょうど陸さんの年齢、17歳なんです。
※0歳の1年を「1」とし、1歳の1年を全人生2年のうちの1年「0.5」、2歳の1年を全人生3年のうちの1年「0.33」として人生80年を合計した場合の丁度半分が17歳になるという考え方。
流れはどんどん加速していき、子供の頃の1年は40歳の2週間くらいの感覚になっちゃいます。

 マイナスなことに首を突っ込んでるヒマなんてないんです。

こないだ書いたかもしれませんが、高一の長男が懇談会に提出したアンケートに、「毎日楽しくないことがないくらい楽しい」みたいなことを書いていました。長男はチビでたぶん今は彼女もいないでしょう。顔もさほどでもありません。でも塾も進んで行くし、ゲームもかなり達者です。
※今日なんて、僕が10回くらいクリアするのに掛かったDSのPICOPICTの10面を一回でクリアしやがりましたからね(^^;。

「挫折」が「楽しくないこと」とイコールで結べるとは思いませんが、どん欲に求め続ける生き方は、結構高密度で、マイナスを薄めてくれます。

ちなみにこれも以前ブログで書いたような記憶がありますが、あまりに悲しい時に、僕はおもむろに月を見ながら体操座りをして、詩を書いたことがあります。なんて自分が不幸なのか、どれほど悲しいのか、

 言葉を選び、考えに考えて。

それが完成した頃には、「すでに別の満足」が生まれてるんですよね(^^;。「なんてナイスな不幸の主人公なのか」と。

恥ずかしさ爆発の「今朝見た夢」の話を書いたりするのもそう。女子高生に「AKBが大好き」とシャウトするのもそう。痛くて痛くて恥ずかしさ爆発の過去であっても、いつかは笑って話せる時が来る。「それを巻きで」やれば、割といつでも平気ってことになりますよ?

人間なんて誰一人普通じゃないんですよ。1週間風呂に入らなくて「信じられない」って言われますが、そういう人が普通に「節水」って口にするんです。節電って言いながらエアコンを寒くなるほど強くしたりするんです。

僕は「変わってる」ってよく言われますが、常に褒め言葉として受け取っています。

もっとも、それは今の自分が(先行きの不安は全く拭えないながらも)食べて行けてる幸せあってのことですけどね。つか、

 冷静に考えたら陸さんの親御さんと同い年くらいなんだろうな(^^;

そんな中年が「萌乃△萌乃!」とか言ってて普通引くよな。エロの話とかあり得ないって思うよな。

 でも人間なんてそんなもんだぜ!?

最後に(これも過去ブログに書いた覚えがあるけど)僕の好きな言葉を二つ。

●マンガ「スローニン」吉田聡より

「どうにもならないなんてことはない。大抵の場合はどうしていいかわからなくなってるだけだ」

●出展失念

「人間は自分が思ってるより幸せでも不幸せでもない」

常に受け入れて答えを出していく。過度に自分を偽って楽しいフリをするのでもなく、実はそんなに悲しくないのにそう思い込んでしまわないようにする。

 つかこんな説教クサイ文章、最後まで読んでねぇだろな(^^;。

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コメント

おお、丁寧な回答ありがとうございます!
確かに挫折は乗り越えるもので、凹むこととは少し違いますね・・
凹まないことに関しては考え方によるものが大きいらしいですね
参考にさせていただきます
正直半分程度しか理解できてないけれど・・


やっぱり大人の話は聞いてて面白いです
また遊びにこさせてもらいます

投稿: 陸 | 2011年6月17日 (金) 00時44分

どもです陸さん、クリスです。

先々週だかの週アスで岡田斗司夫が書いてましたが、「完璧な人間」なんてのはまぁいないわけで、言い換えれば「挫折する」ということは、「壁に立ち向かう勇気があった」とも言えると思うんですよね。結果は自分の希望に添う物ではなかったかも知れないけど、最初から逃げて目を背けてばかりの人間は、もしかしたら「悪い意味で」挫折を知らないかも知れない。

物事には常に二面性があるわけで、どちらの視点に立つか、もしくはその両方の視点を解した上でどちらに寄るのかは、その人それぞれの経験と心構えに寄るところが大きいと思います。

とりあえず独りよがりにならない、「より広い常識」を持ちたいと思うんですよね。

投稿: クリス | 2011年6月21日 (火) 21時24分

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