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2011年6月11日 (土)

子供の話

家族やオフの知人友人の話というのは、時としてプライバシーの侵害になったりしかねないので、重々注意が必要というか、そもそも書かない方が良い場合も多いわけだけど、さすがに5年も6年も続けてるブログともなれば、それは自分の歴史の一部として機能しうる。つまり、後年読み返したとき、あの時はこうだったとか、子供が何を言い、何を思い、何をしたかが綴られていることが意味を持つ気がする。今は(本人的に)書かれたくないと思うかも知れないが、それが後々振り返ってみて、「まぁ書いてくれても良かったかな」となる可能性は、まぁ結構高いと思うのだ。

 これが第三者が読んで楽しいかどうかはともかく。

というわけで、今日は最近の子供たちについて少々書いておく。つか、

 ぶっちゃけ半分は自慢話みたいなもんである。

子供の自慢をする親ほど面倒くさい生き物はいないと思うが、お好みでなければサイト内検索で「下痢」でも入力してもらえれば、、、ってそっちのがお呼びでない?あそう。

長男は志望高校に合格したのだが、ぶっちゃけそこまでは僕も同じだった。違うのは、僕の両親が、「高校までは親の責任」として僕を導いてくれたのに対し、僕は長男に、「そこから先」も強くイメージさせた点だ。サナルの講師にも口を酸っぱくして言われたが、

 合格はたぶん出来る。問題はそこから先のことだ。志望校に入ったことで気がゆるみ、一気に複雑化する高校の勉強について行けなくなる。特に数学と英語は、最初につまずいたらそれがずっと尾を引き、大学進学を希望したとしても、選択肢が「私立文系」一択になってしまう。

ふむ。まさにそれは僕の高校入学直後である。

僕は高校生活を僕なりにエンジョイしたが、両親の心中がどうであったかは正直考えが及ばない。僕は不出来ではなかったが、それ故に期待もあっただろうし、一方で親に対して反抗したり、友達がいないとか、問題を起こすような生徒でもなかった。大学に行くことで将来の選択肢は広がるだろうが、当時の我が家はそこそこ裕福で、親としても家業を継いでくれることが何より望むことであり、その為に何が必要か、そう志して貰うために親がすべきことは何かを考えて僕を育てたに違いない。だから僕は高校に入って「勉強しろ」と言われたことは一度もなかったし、友達を家に呼んでもなんらとがめられるどころか、結構歓迎されたりした。まぁ高校がそこそこの高校で、友達の質も(モラル、素行面で)高かった為かも知れないが。

だが、僕は違う。

少なくとも家が当時より遙かに貧乏だし、衣料品の小売店という業態に将来性は薄い。悲観的になるわけでも絶望的になるわけでもなく、いたって冷静に未来を考えたとき、長男に求められるのは、「選択肢の多さ」だ。何をするにしても、「それしか出来ない選べない」という状況に陥るのは今の世の中危険すぎる。そこそこの学力をもって高校に進学したのなら、そのレベルを維持してその先を見据えた生き方をして欲しい。大学に入ることで選択肢が増えるのなら、具体的にはやりたいこと、食っていくための仕事、最悪のケースなど、想定できる半径が広がるなら、それはそれを叶えるために今すべきことをすべきだ。そして親としてはそれを支えるためにがんばるべきだ。

結局長男は高校に入ってもサナルを止めず、半年25万円ほどのコースを取った。週に二日各2時間のコースである。

正直最初は5月の時点で
※サナルの中学部は5月が卒業。一応高校入った直後もある程度軌道に乗るまで面倒見てくれる流れ。
止めさせるつもりだったのだけど、

 最初の実力テストで学年320人中18位。クラス4位。

おいおいと。僕が「320人中319位」だったジッツーで18位だと!それってどうなの?って話である。出来すぎちゃうかという話である。確かにサナルでも上位志望校を目指していた生徒たちと普通に授業を受けていたが、「そんなにか」と。

 こういう時、親の顔は緩むものなのだ。

いやホント。それほど子供をひいき目に見ない方だと思っていたし、事実日頃テレビを見ていて出てくる漢字や歴史の知識でも、そうそう「負けた」と思うことはない。少なくとも中学卒業時点での知識レベルだけで言うなら、僕もかみさんも長男より秀でていただろうと確信出来る。
※事実僕は高校入学直後に「学力の進歩」が止まってしまっているわけだから、「中学の時に取った杵柄」だけで互角に渡り合ってる点で十分優位性を感じたのだ。

 だがしかし、である。

ただ、この結果を受けてなお思うのは、「所詮はジッツーだ」ということ。高校レベルの勉強ではなく、中学までの貯金での勝負に勝ったところで、将来に対し何も確約されるわけではない。ぶっちゃけ勉強も学歴も何一つ将来を確約してくれるわけじゃない。だが、
 選択肢は増える。

本人に冗談交じりで、「オマエの貯金からサナルの受講料を払ってもいい?」と聞いたとき、彼の答えは、、、

 「いいよ」

だった。我が子ながらこれにはビックリした。っていうか、小学校の時にも長男には驚かされることがあったが、
※過去のブログでも自慢してるときがあるんだよね(^^;
もし僕が逆の立場だったら、果たしてYESと言えただろうかって思う。もし最終的に首を縦に振ることになったとしても、最初の問いに対してためらいなくYESとは言えなかったはずだ。

 そこまでプラスなのか、サナル。

実際僕も塾の講師に会って、「この人ってスゲェ!」と何度も思った。もし自分がこうやって教えて貰っていたら、今の自分は変わっていたのかも知れないとすら思った。
※ちなみにそこまでハイクオリティなスタイルが確立したのは近年のことなので、僕が現役当時には叶わぬ夢ではあったのだが。

僕は学校の懇談会やPTA総会にも顔を出したが、長男への印象は極めて良い。室長(いいわゆる委員長)に自ら立候補して(無投票であるが)当選し、天文部という「2年生が1人」しかいない部活に数人で入部後、「いたって超まじめに」部活に取り組み、あまつさえ、

 「生徒会長やりたいんだよね」

なんて口にする。

何者だ!?とも思うが、親として素直に誇らしく思う。アクティブに、アグレッシブに、前向きに生きること。学校行事での熱量。二度とない青春をどう生きるかが一番自分にとって後悔がないのか。笑顔を増やすために何をすべきで、何が出来るのか・・・。

長男の勉強時間はクラスでも丁度真ん中くらいである。決して常日頃バリバリ勉強しまくっている印象はない。
※印象はないが、たまに部屋にはいるとイヤホンしながら勉強してたりはする。俺なんて全然してなかったのに、、、
携帯いじったり、ネトゲしたり、ゲーセン行ってきたりはごく普通の高校生だ。

余談だが、長男の部屋には無線LANの電波が上手く届かなかったのだが、こないだ僕が買ってきた「USB延長ケーブル」で無線LANの子機を部屋の外へ出したことで繋がるようになった。地味にポイント稼ぐ父。娘に「パソコンが起動しなくなった」と言われても割となんとか出来てしまう。まだまだ威厳は崩れきってない、、、ハズ。

そんな長男は、将来「教師になりたい」と高校入学当初言ったかと思えば、こないだは、「天文学者になりたい」と言い出した。「将来は学者かプロ野球選手」なんて昭和初期の親バカコメントの代表みたいなもんだが、さすがに「可能性がある状態」での一言には重みがある。天文部がよほど楽しいのか、将来本気で学ぶために必要な物理、数学をまじめに勉強して、結果も出てきちゃってる。

 中間テスト、クラス1位だってさ。
※学年順位は出ない。

国語2教科と数学1教科がクラス1位。数学のもう一つがクラス2位。社会と理科は今ひとつ。英語はボチボチの結果は、現時点で親から見て、

 文句の言いようがない。

特に理科はケアレスミスでごっそり点を落としてしまったので、、、ってもしそれが取れていたとしてもクラス順位は上がりようがないという。オイオイである。
※ただそのケアレスミスも、当人が一番気にしていたのは言うまでもないし、もっと言えばより重要度の高い場面でのミスを軽減するという「意味があるミス」だったとも言えるんだよね。代償を払うなら早い方が良いと思うし。

ただ、こんな結果を受けて僕が思ったのは、

 「人間万事塞翁が馬」

※以下うろ覚え

昔中国に塞翁さんという人がいた。彼は馬を飼っていたが、ある日その馬がいなくなってしまう。周囲の皆は、「残念だったねぇ」と彼を慰めるが、彼は「まぁそういうこともあるよ」と受け入れる。しかし数日後逃げた馬が駿馬を連れて戻ってきた。皆は「いや~よかったねぇ」とはやし立てるが、彼は「いやいやこれで油断しないようにしないと」と冷静に切り返す。そしてある日、駿馬は塞翁の長男を馬上から落とし、怪我をさせてしまう。「かわいそうに、、、」と周囲は言うが、彼はそれを受け入れる。その後国から徴兵の令が出たが、彼の息子はその怪我によって令を免れる。

・・・良いこともあれば悪いこともあるという例え。

いつ事故るかもわからない。風邪をこじらせて肺炎になるかも知れない(今風邪ひき中)。勉強だっていつまでも思い通りに吸収し続けていけるとは全然限らない。後悔のない生き方は人によって違うはずだ。

 ・・・油断とは、いくら「油断しないように」と意識を払っていても犯してしまう不可避なものなのだ。

だから、選択肢を増やしていくのと同時に、いろんなことを受け入れられる強さ、対応出来る柔軟さもまた学び習得していかなければならない。それはつまりは人を見ることだし、考えることだし、感じることだと思う。

 自分がその規範の一部になれたら、と思う。

 良い意味でも悪い意味でも。

・・・

娘の方も最近、と言ってもこの二日ほどコミュニケがある。娘は長男ほど勉強に対して熱心ではないというか、まぁそれほど僕が厳しく接しなかったせいもあって、(漢字を中心に)いつも満点というわけではない。がしかし、昨年の運動会での応援団をし始めた頃からか、はたまた一昨年の僕が撮った友達との写真の頃からか、

 割とアクティブに生きるのも悪くないと思い始めたようだ。

微妙に成績も上向いてきて、友達同士でテストの結果を見せ合う時に「悔しい思いをしたくない」という気持ちも芽生え始めてきた。僕に勉強を聞くのはほぼ漢字くらいだったのが、昨日は算数を聞いてきたりしたし、あまつさえ、

 「勉強見てくれたお礼」

とお菓子をくれた。

 ・・・これが今回一番の自慢である。

「子供からお菓子を貰う」という字面だけ見たら、それは普通の親なら誰しも経験がないわけではないと思う。がしかし、

 勉強を見たお礼にお菓子を貰う

となると話は別だ。「勉強」とは本来苦痛を伴うものであり、「親と勉強」は、通常子供にとって回避しうるなら回避したいエッジだと、特に小学校高学年以降は思う。「勉強しなさい」と強いられてしぶしぶやるのが勉強であろうと思う。「勉強させられること」には恨み言のひとつもこぼしたくなるのが普通であろうと思う。

 だから僕的には結構嬉しかったんだよな(^^。

つかまぁ最初はうれしさより違和感が先に来たってのが本音ではあるけれど。

漢字は以前から教えていたが、今はその「形に関するレクチャー」をしている。僕は曲がりなりにも習字をやっていたせいか、「速く書くとドヘタ」だが、「丁寧に書けばそこそこ」なのが奏功し、「ロ」と「□」の違いや「ム」を明朝で書いた時太くなるところと細くなるところがある=力加減によって字が綺麗になる話なんかを教えることが出来る。これは小学生が学ぶ漢字としては、かなりハイレベルだと思うが、
※一文字一文字丁寧に書いていく分時間もすごく掛かる為。
速く大量に書くことより、しっかり綺麗に書くことに、

 楽しさを感じられる

のならば、それはそれでアリじゃないかと思う。

勉強の切り口というのは、どこにそのタネがあるのかわからない。人によっては鉄道や無双シリーズのゲームかも知れないし、クイズ番組かも知れない。だから親としては、いかに上手く「水をやるか」が腕の見せ所だと思うんだよね。これは長男に関しても思ったことなんだけど。

ともかく娘は娘で「生徒会長をやりたい」と口にしている。
※つかその一因には僕が読ませた漫画「生徒諸君!」の影響も少なからずあるのではないかと期待したりもするのだが、、、それはエゴかな(^^;。

学校行事や勉強に前向きであるのはたぶん間違いないと思う。

--------

今でも普通にゲームやAKBの話を子供とする。「子供は親が思ってる以上に早く大人になっていく」という話もあるが、今のところはそれが悪い方に転がってはいないと思う。

長男が懇談会に提出した資料の「挨拶は出来ているか」の項目に、

 「非常に出来ている。むしろ先生たちの方が出来てない」

と書いてあったのを見てニヤリとする。そう、そう言えば僕もそんな中高生だった。本人たちにそういう意識は少ないかも知れないが、少なくとも現時点では、

 割と思ったとおりに育ってくれたかなって思う。

俺ナイス。

ps.一応▲▲▲付けておこうかな。自己満足だけど。

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