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2011年8月 2日 (火)

感情的になってしまった話

今日電話口でまたも感情的になってしまった。
※ブログでは書いたかも知れないけど、今月半ばにも一回問屋さんで「爆発」しちゃってるので結構頻繁ということになってしまう・・・。

感情的になって得るものはないという。自分の側に立ってくれる人もいるが、そうじゃない人もいる。そうじゃない人には、感情的な人間に対し好意や共感とは真逆の、嫌悪や侮蔑を植え付けることになる。プラスは極めて少なく、マイナスが著しく多いのが「感情的になった者」への「罰」だ。

例えばそれは当初自分に非がない場合でも、結果そうなってしまったら同じ事。相手に対して「正解」を導き出せず、キレてしまった自分が「負け」なのだ。

 会話は受け手で帰結する。

言葉の通じない相手に話を聞かせるには、

 相手より大きな声で話すしかない。

それが結果として感情論になり、最後に自分だけが敗者になる。

だが、言葉の通じない相手の話をそのまま受け入れるのは、どうにも耐え難い苦痛だ。いくら努めて冷静を装おうとも、最後に「異論反論があれば言えばよかったのに」となる可能性だってある。反論しなかった方が悪いとなる可能性がある。

 要するに、感情的にさせられるようなシチュエーションになった時点で、もう勝つことはない。

これは一旦停止を無視して路地から飛び出してきた車と接触事故を起こした場合でも、10:0にならないのと同じこと。

 もはや運が悪かったと諦めるしかない。

先々週くらいの深夜の馬鹿力で、伊集院がとんでもない素行の集団に新幹線で遭遇した話を切々と語っていたが、あれもこのケースと同じ。「正解のない事故」のようなものだった。自分のモラルや常識で計れない相手に対し、こちらが出来ることは正直そんなに多くない。特に伊集院のようにメンが割れていたり
※その時は別人を装ったそうだが。
僕の様に地元で働いていたりする場合、全てを敵に回す対応は、特に相手が僕の素性を知っている場合は絶対に避けなければならない。

 今の世の中、ライターと灯油で家は簡単に燃やせる。

だから出来る限りの努力をもって正解を探さなければならない。

結論から言えば、今日の電話で僕はキレたが、その理由と気持ちは相手に伝わり、受話器を置く段階では、(少なくとも先方に関して言えば)そこそこ穏やかな受け答えになってはいた。さっきの話で言えば、1対1の会話で、第三者を敵に回すことなく終戦を迎えた。

 が、

 それは僕が折れたからだ。

伊集院もそう。

 それをラジオで言えるからだ。

正直、常日頃「相手の立場になって」考えようとすることが幸いしてか、今回の相手の心情もちょっと理解出来てしまったりする。まぁある種八つ当たり的、思い込み的なことが引き金となって僕に当たってしまったのだろうと思う。自分でも非を認めていたし、詫びてもくれた。

 だがそれで済んでると思ってるのはそちらだけ。

今回、「第三者を敵に回すことなく終戦」したが、

 当事者とは完全に敵対した。

表面上は穏やかなれど、今後の仕事に差し支えるから、努めて冷静を装うけれど、心の中では「相容れない何か」が芽生えてしまった。
※これは相手も同様かも知れないが、なかなか人の心の中はわからない。



まぁね。ぶっちゃけ理解できるわけはないのよ。「今度の日曜、一緒に飲みに行きませんか」「運動でもしませんか」みたいな人
※表現はオブラートに包んでます念のため。
と、「趣味はコンピュータとAKBです」みたいな人間が仲良く出来るわけがない。太陽の下で汗をかきながら運動し、その後ビールを飲んで「カーーッ!」とか言う人と理解しあえるわけがない。あなただって「今度PSPVitaが発売されるんで、一緒に徹夜で並びましょう!」と言ったって「はぁ・・(苦笑い」でしょ?

伊集院ならわかってくれそうだけど、「相手を理解出来ない人は、自分が理解出来ることを相手にも理解出来ると思い込む」。逆に、相手を理解出来る人は、どこかにある(かも知れない)正解を探して必死に考える。そして見つからず、

 爆発するか、自分を抑え込むか。

僕は学生時代から「敵を作るヤツ」だった。ブログでも書いてるし、実際僕が書いたネタに嫌悪感を抱き、距離を置いた人も少なからずいると思う。でも、

 僕はまず「爆発」を選ぶ。

そして敵を作る。なぜなら、

 僕は子供だから。

年齢的にも立場的にも「子供でいること」が許されないけど、

 僕のオヤジもそうだったから。

遺伝的にも仕方ないと思う。

・・・・

かなり落ち着いてきた。文章はいつにも増して支離滅裂で失敬。まぁね。最初から結論は出ていたのだよ。

 同じ負けるなら、より後悔のない負け方をする。

後悔するチョイスは極力したくない。後悔するチョイスは、永遠に死ぬまで(ヘタしたら死んでも)忘れ去ることはない。誰もその後悔を消してくれはしないし、自分が自分で選んだことで、誰を責められるわけでもない。

・・・

最近は記憶力が極端に低下してきていて、正直その面では甘受しているが、思考力の低下に関しては、まだまだ抗っていきたいと思っている。「考えて、考えろ!」。正解に少しでも近づけられるように、常に後悔から最も遠い答えが出せるように、考えて考えて、決断したい。浅はかな決断のためにする後悔なんてまっぴらだ。

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