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2011年8月 9日 (火)

ハクスラに物思う~その2~

「ハクスラに物思う」は、ウチのブログの人気記事ランキングに割と頻繁に顔を出す結構昔のネタなのだけど、今し方読み返してみたら要はハクスラのタイトルがいくつも書かれていたので、そのタイトルでフックしてジャンプしてきてる人が多いんだろうなぁと思ったり。

「ハクスラ」=ハック&スラッシュ。正確な訳語はわからない、が、要は「斬って探す」。敵を倒して武器や防具を探し、より強く育てより手強い敵を倒し続けるタイプのRPG。
※ちなみに「HACK」「SLASH」はどっちも斬るって意味だと思う。
代表作はDIABLO。海外ではFPSほどじゃないにしてもそこそこ市民権があるけど、日本ではさほどでもない。ただ、ゲーム性的に合致していれば、別にコマンドRPGだろうとアクションゲームだろうとハクスラに近しい手ざわりにはなる。
※ウィザードリィやモンハン、地球防衛軍など。

最近はPSPの洋ゲー「DUNGEON SIEGE THRONE OF AGONY」というタイトルをプレイしているのだけど、やっていていろいろ思うところがあったので、
※個別ネタでも随分書いてるけど
もう少し掘り下げてみることにする。

とは言っても基本グダグダで、書きたいことを列挙するだけなのだが。

・・・

●ゲームはクリアするためにプレイするのか

いきなり大きな話を振ってみたが、みんなはどう?やっぱエンディングが見れないと辛い?ぜひ見たいと思う?見るためにがんばってる?

 僕は結構違う。

昔はそれでも結構な濃度でそういう側面があったことを否定しないけど、最近はもう「クリア」にほとんど魅力を感じ無いどころか、

 クリアはイベントのひとつ

くらいにしか思ってない。「クリアまでプレイし続ける」ようなタイトルは、クリア後も当然のように遊び続けるし、クリア後の遊びが用意されているものも多い。逆に言えばクリアまで遊び続けられない、道中が面白くないゲームは、クリアすることに魅力を見いだせないわけで、少なくとも僕にとってのクリアは「目的として成立してない」。

クリアが目的となるのは、「物語の結末」がそこにある場合で、かつその物語が魅力的である場合だ。主人公達が紡ぐドラマが魅力的で、ついつい先が見たくなる。例えば伏線があり、例えばどんでん返しがあり、最後大団円を迎える展開に胸が熱くなる・・・。

映画やマンガならそれもいいと思う。わずかな時間でほぼ自動的に物語は終焉を迎えるし、場合によっちゃあつまんないところを端折るのも容易い。中盤「マイナスの溜め」でテンションを下げられることがあっても、その「溜め」のおかげでラストのカタルシスが大きくなる場合もある。「レミーのおいしいレストラン」や「ツーリスト」はまさにそのタイプで、2時間弱の娯楽に高い完成度が構築されていた。

だが、ゲームの場合はそうじゃない。
※アドベンチャーは別ね。今はRPGの話。
ストーリーは戦闘やシステムや多くの寄り道と一緒に語られ、濃度は勢い薄くなる。作られる段階でもそれらは当然のように考慮され、システム>ストーリーは昨今のRPGではまず崩れることはない。っていうか僕の記憶でストーリー>システムだったRPGは、「リンダキューブ」くらいしか思い出せないのだが。

だから、

そのプレイそのもののウェイトをより高めたハクスラというスタイルは、RPGにおいて、かなり完成形に近いのではないかとも思う。ストーリー性をより希薄化し、システムでモチベーションを高める構造に磨きを掛ける。「遊んでいて楽しい」「戦っていて気持ちいい」ゲームが、ハクスラの最も強く目指すところであり、これらがしっかりクリア出来ているゲームは、やっぱり普通に面白い。そして、

 単位時間当たりの充実度も高い。

物語に引きずられつつ経験値稼ぎをするのも、経験値稼ぎがしたいのに展開上狩り場に不自由するのも、どちらもどこか「いびつさ」が残る。それらをクリア出来るのは、

 スクリプトやレスポンス、世界観の完成度が著しく高いドラクエか、
 ビジュアル面での豪華さでごり押ししうるFFくらいのもの。

まぁ極論だけど。

・・・

ハクスラも、その表現が比較的ポピュラーになったのは、PC版「DIABLO」からなのだが、当時は同時にそれが「MORPG」。少人数同時参加型のオンラインRPGの代名詞でもあった。ネットの世界で出会う見ず知らずの人と一緒に冒険する。今でこそ当たり前になった風景だが、当時はまだまだ珍しく、そこに新たなコミュニケーションの世界が創られたと言っても過言じゃなかったと思う。

MORPGもFF11やネクソンのオンゲーほどでないにしても、かなりその「コミュニケーションツール」としての価値が取りざたされ、一緒に冒険をしなくても、ただしゃべっているだけで楽しかったり、装備を自慢したり、繰り返しのプレイに対するモチベーターになり得てもいた。要は「長時間遊べる」世界として構築されていた。

だからレベルアップは勢い遅くなり、レアドロップは本当にレア。スキルやパラメータの割り振りには細心の注意と情報が必要であり、完全な正解にたどり着くには、かなりの知識と時間と運が必要だった。

だが、それらの労力は「新しい遊び」としての魅力で十分見返りがあり、僕の印象だけで言えば、そのバランスに苦言を呈している人はほとんどいなかった気がする。和製ディアブロとも言える初代PSOでも、とんでもない低確率で、ズルしなきゃまず手に入れられないような武器があっても、「いつかは使ってみたい」という気持ちで何百時間も同じマップを周回していた人が実際にいたりしたのだ。

しかし時は流れ、今の世の「コンテンツ消費速度」は当時のそれとは比べものにならないくらい早くなってきている。一つのタイトルに傾注し、遊び続けるには、相応の「豪華で充実した」モチベーターが不可欠であり、事実それは「鮮度ではなく密度」でプレイヤーを惹きつける必要が出てきた。<断定しちゃって大丈夫か!?

要するに、

 楽しい時間が多くないとすぐ飽きられちゃうようになった。

1時間に1個じゃ満足できなくなり、テキストチャットだけじゃお話にならなくなった。一緒に戦うなら相応のメリットが不可欠となり、MORPGでは、それこそモンハンのようにアクション性を高めたチューンでなければ、「協力する意味」を見いだしづらくなってきた。「密度」とはボタン操作の密度でもある。

だが、僕のように今ひとつ多人数プレイで盛り上がることに煩わしさを感じる人間も少なくない。
※語弊がありそうだけど、まぁ面倒なんだよな。ぶっちゃけ。

 でも、ゲーム性としてのハクスラは大好き。

となれば、勢い正解は固まってくる。

 展開のインフレ。

より高い頻度で高レベルの装備を出土させ、敵もそれに応じてガンガン強くしていく。結果としてゲーム開始時とは比べようもないほど雑魚が強くなったとしても、それに負けないほど自分も強くなればいい。

 DC「ロードス島戦記邪神降臨」のチューン。

10とか20とかのダメージが、最終的に300万まで膨れあがる。それでも合計のプレイ時間はさほど長くない。せいぜい50時間程度。MOやMMORPGと比べたら決して長くない。

 が、昨今のタイトルとしたら必要十分なプレイ時間。

その時間が高密度で「気持ち良さと楽しさ」で紡がれているとしたら、それはまさに

 正解。

としか言いようがない。

レベルがカンストし、あとは最高難度のラストダンジョンを周回してレア武器を集めるしかやれることがない、という状況でなおプレイヤーを惹きつけ続けることは、もはや現状ではあまり重要なことではない。それよりもむしろ、

 1時間ごとに楽しさを提供し、全ての行動に気持ち良さを付随させる

その方が遙かに有意義で、魅力的な決断だと思う。ストーリーにしばられず、システムでモチベーターを構築することが基本となるハクスラというジャンルならば、その仕組み作りは、たとえば他社がスーマリやゼルダを作ることと比べたら、きっと遙かに容易なのではないかと思う。だって「正解がある」んだもの。

僕がポケモンスクランブルをプレイして感心したのは、その「正解」にすごく近い、アプローチとしてファンシーでメジャーなポケモンを使ってはいるものの、ストーリー性やドラマ性ではなく、プレイごとのうれしさ(高頻度のポケモンゲットとそのパラメータの善し悪し)と、軽快にしてビジュアライズされた(それまでは紙芝居だった)ワザのエフェクトによる気持ち良さ。

 遊んでいるだけで楽しいという素晴らしく、そしてシンプルな正解。

個人的には2D時代のカプコンのノウハウがあれば、今でも十分通じる「イカしたハクスラ」を作るのは容易だと思うのだけど、、、なかなか実現しないのは作り手が魅力を感じてないってことなんだろうな。「ガンスパイク」ライクなビジュアル&操作感でハクスラが遊べたら、絶対楽しいと思うんだけどな。

・・・

制作途中のアナウンスが繰り返される本家DIABLOIIIだけど、今回は割と早い時期に、
※下手したら初出の製品版から
コントローラに対応した操作を実現してくれているのではないかという期待も高い。

一方でそれは「簡便であるが故に複雑化する」同時押しや選択メニューという弊害を引き起こしかねないのだけど、それでもやっぱ長時間遊ぶならパッドが(私的に)望ましい。

というか、ただ僕が知らないだけで、360のライブアーケードにもトーチライトみたいな遊びやすいハクスラがいくつもあるかも知れないなぁと思ったりもする。「トーチライトみたい」で語弊があるなら、ウィザードリィみたい、カードファイターズみたい、でも構わないが、要はゲーム性が「シンプルに戦い続ける気持ち良さとうれしさを構築してる」タイトルが。

先日たまたま見つけたスレから購入したダンジョンシージPSPも、きっかけがなければ知ることもなく通り過ぎたままだった。きっと絶対他にもあるに違いないんだ。

 僕に合う面白いゲームは。

なんなら開始2時間でエンディングを迎えることになってもいい。より高密度でより高い満足を得られるなら。

「楽しさ」や「うれしさ」にはお金を払う価値がある。より深い楽しさや、より強いうれしさには、より多くのお金を払う価値がある。初めてポケモンスクランブルを遊んだとき、僕は中腰になって「お、面白れーっ!!」と口からこぼれた。たかが1500円のソフトだが、これまで購入したそれ以外のWiiソフト全部を足した面白さにも勝る満足感を得た。思えばDCのロードス島もそうだった。カードファイターズもそうだった。

 ハクスラにはそのハードの代表作になりうるポテンシャルがある。

つかドラクエ9はもともと「そうなる可能性」があったタイトルだったんだよな。まぁ今のは今ので十分良く出来てたし、面白かったけど。

ちなみにダンジョンシージPSPは、敵のグラフィックもなかなかかっこいいです。そもそもキャラが大きく、カメラが近い分、敵もそれなりの大きさに見えるわけですが、

 いつも一瞬で倒しちゃってて今まで気付かなかったという話。

 だがそれがイイ。

贅沢とはそういうものだと思う。わずか20時間ほどで1周エンド。別にそれでいいじゃないか。ゲームにおける面白さや楽しさは「濃度のアベレージ」が重要なのだ。いやホントの話。

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