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2011年11月15日 (火)

息子の話

こないだとは打って変わって高一の長男の話。プライバシーに抵触する部分は濁しつつ、、、。

ウチの長男は僕と同じ幼稚園、小学校、中学校そして高校へ通うこととなり、そこそこ学力レベルも
※佐鳴のおかげでもあるけど。
ある。

入学後のアンケートではとても充実し、中学時代よりずっと楽しいと言い、文化系ではありつつも部活も充実し、後期は一年でありながら生徒会の書記になったりした。まぁ僕と比べたら雲泥の差と呼べるある種エリートな学校生活を歩んでいたかに思えたのだが、、、

先日早引きしてきたかと思えば「学校に行きたくない」とこぼしだした。おいおいと。半年前とは大違いだな、と。一体何があったんだよと思うが、あまりいい加減なことも言えない。ろくに勉強もせず授業について行けなかった僕とは違い、少なくとも現時点ではまだ何とかなってるのに、ここでつまずいては将来的にも、いや、今後の高校生活、いやいや、数ヶ月数週間数日、いや、明日の生活にも影響してくる。いや、今晩の睡眠にもきっと影響してくる。

詳しく聞いてみると、ポイントはこんな感じだった。

・挨拶しても無視されたりする。
 →人としてどうなんだって憤りを感じる。

・自分だけ熱すぎる、真剣過ぎるのかって思う。
 →そのせいでくだらない話や態度を取る連中がどうにも許せない。

・とにかく英語の先生のひとりに、あまりに嫌いすぎる先生がいて、思わず今日授業中にキレてしまった。
 →その先生が生徒会の担当も持っていて生徒会の方もなしくずしにつまらなくなった。

結局、「空回りしてる感じ」がやるせなさすぎるということだったのだろうと今になると思う。

 なるほど。

僕は子供にもそうだけど、自分としても普通に「泣くこと」「笑うこと」「怒ること」「感動すること」などの感情の起伏を顕わにすることを「よし」としてきた。その方が人生は楽しいと思っているし、その点に関する後悔もない。中学も高校もそうして生きてきて、少なくとも僕の周りにいる連中には、(角度はどうあれ)共有や共感を得つつ生きてきたと思う。

 でも今の子ってそういうの、難しいのかなって思う。

だから、「オマエもオレのように」とは言わない。重要なのは今長男に「届く正解」が何かを僕が探し、伝えることだ。

いくつか聞いていくと、クラスの中で完全に孤立しているわけではなく、メールで心配してくれてる子もいるという。女子とはほとんど話をしてないというが、僕が思うに絶対「表には出さないけど、そういう価値観を理解・共感してくれる子」はいるはずだと思う。

 心配してくれた子にお礼とお詫びを言い、挨拶をし、そして、
 
 「相手をもっと見る」

僕も中学の時はそういうところが凄くあったからわかるというか、理解出来る気になれるんだけど、自分より劣ってると勝手に自分で烙印を押してしまった連中
※たとえばいわゆる不良とか。
から線を引いたり、何でも相手の考えてることが手に取るようにわかってしまったりすることがあるのだけど、

 実際はそれほどでもない。

自分の「相手にとっての」立ち位置を下げ、下に潜り込むように、言葉は悪いが媚びへつらうように、謙虚に接してみる。同じ高校、それもそこそこ(トップクラスじゃないにしても)の進学校に入学した連中なんだから、バカはいない。自分が相手に「バカすぎる」と感じても、実際はそうじゃない。ネコをかぶってるかも知れないし、単純な誤解なのかも知れないけど、

 もっともっとよく見ることで、気付かなかったことに気付ける。

 辛い、つまらないを180度シフトするためのキーワードが見つかる(かも知れない)。

僕の高校時代の担任だった先生が校長だから、校長に相談してみるのもいいと思うと伝える。なかなか時間は取れないかも知れないが、少なくとも僕の担任だったときの先生は、決して嫌な先生ではなかった。中学のように「友達として」仲良く出来る先生では決してなかったが、高校の教師として何が正解で何が不正解かはわかってくれる先生だった気がする。つか長男が合格した日に話をしにいった際、「あんまり変わってないなぁ」って思ったから余計そう思う。

あと、せっかく生徒会に入ってるなら、生徒会長に相談してみるのもいいんじゃないかと思う。中には大学の推薦を取るのに有利だからという理由で立候補し、当選してる人もいるかも知れないけど、腐っても生徒会長だ。ホントのバカにはなれない。
※僕らの時に、クラスで僕と同レベルに学力が低い友達が生徒会長に立候補して、あまりにも惨憺たる結果で落選したのだけど、そいつに関しても、「生徒会長として不適切な人材であったか」と問われたら、僕は言葉に窮する。「人の上に立とう」という意志を明確に出せるだけでも、そいつはやっぱどこか違ってたと思うし、現在一切のつながりはないが、ぶっちゃけ嫌いじゃないヤツだったって思う。

閑話休題

結構いろんな話をした。勉強が嫌いじゃない、つまらなくないならまだ救いがあると思ったし、少なくとも現時点では「父ちゃんのことを尊敬してる」という言葉も聞いた。つか世の父親であればこういう言葉に感動のひとつも覚えるものだろうなぁと、むしろちょっと引いたところから自分を見ていたが、まぁ「言葉を聞いて貰える立場」と言う点では感謝できる。

涙を何度も何度もティッシュで拭いながら、子供だなぁ、子供だよ、と長男の話を聞き、話をする。2時間か、3時間か。

正直この夜の話で、明日からの長男の高校生活が完全無欠の素晴らしいものになるとは思っていない。多少上向けばいいなぁくらいのもので、過度な期待はしなかった。ただ、

 翌日普通に学校へ行き、定時に帰ってきて、「まぁ普通だった」と言った長男の顔は、昨日より遙かに穏やかで、冷静だった。

 それでいいと思う。

何もかもが自分の思い通りに行くわけがない。自分のどこを相手にフィットさせ、相手をどうやって自分にフィットさせるか。ふくらませるべきところを見つけ、打ち消すところも油断せず打ち消していくしかない。毎日楽しく生きるには、父ちゃんががんばっても意味がない。自分の毎日は自分で作るしかない。

 謙虚に。相手をよく見て。自分も省みる。

かみさんが、担任から電話で「お父さんが話してくれたおかげで随分良くなっていました。ありがとうございました」とのこと。親として当然だという思いと、担任がんばってくれよ、という思い。そして何より、

 ちょっとホッとしてる自分がいたよ(^^。

中二病だからあまり「大人らしい」「親らしい」思考は苦手だと思ってたけど、最終的には、「親として」ではなく「人として」「友人として」子供と接するしかない。「人」は最後には自分だからさ。

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