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2012年7月15日 (日)

思い出のゲーム~女神転生~

「思い出のアニメ」をシリーズ化してネタのタネにしようかとも思ったけど、今日はゲームの話。無計画に書き始める。

アトラス開発ナムコ販売の初代ファミコン版デジタルデビルストーリー女神転生(以下メガテン)は、たしかアニメージュかなんかのノベルと、アニメ、88のゲームなどを巻き込んだメディアミックスの一環としてリリースされた。キャラクターデザインの北爪宏幸はエルガイムやZガンダムで既に十分な地位を確立していて、当時はまだオリジナルビデオアニメがそれほどメジャーではなかった中でも、そこそこの印象を残した(アニメの話ね)。

メガテンが発売されたのは1987年9月。ちょうどドラクエのIIとIIIの中間くらいのタイミングであり、ある意味「ファミコンRPGが最も活気づいていた」頃でもあるのだが、当時高校生の僕の手元にはPC88があり、

 とりあえず88版のメガテンを・・・

やっていた記憶がある。ちなみにこちらは、たとえて言うなら「ガントレット」のような俯瞰アクションシューティングで、キャラの動きは遅く、中途半端に大きく、爽快感は薄いが、絵はそこそこ綺麗。ただ、意外とダラダラ遊べてしまう、、、そんなタイトルだった。

そんなこんなで発売日に勇んで購入というわけではなかったのだけど、ゲーム雑誌等で、

 どうやら凄いらしい、

 悪魔合体が超面白いらしい

という記述が散見されるようになり、RPG好きな自分としても、「これはやっておかなきゃならない一本なのだろうな」という見方に変わっていった。

 でも3DダンジョンRPGはハードルが高かった。

というか、正直な話この頃は、「3DダンジョンRPGというジャンルでは、ウィザードリィを超えられるはずがない」と盲信していたので、ぶっちゃけハードルうんぬん以前に、さほど食指が動かなかった印象の方が強い。

結局実際にプレイしたのは発売から一年以上経ってから、中古で買ってのプレイだった。当時はすでに攻略本も出ていたし、継続して購入していたファミコン雑誌の特集ページもあったから、マップに関する苦労はほとんどなかったのだけど、

 キモである悪魔合体に関しては、割と独力で、大量のメモを取りながら遊んでいた。

いろんなことを忘れてしまったけど、ひとつだけ覚えているのは、

 クーフーリンが強かったこと。

レベルは確か17くらいだったと思うけど、ヤツの使うタルカジャ(攻撃力UPの魔法)は、強敵の打破に何度となく役立てられた。見た目も直球の戦士という感じで嫌いじゃなかったし。

見た目の話のついでに書くと、メガテンはファミコン版の1のみモンスターデザインが異なる。以降は金子一馬氏にシフトして、

 どんどん細くなっていった。

金子氏の描くモンスターも嫌いではないのだけど、僕的には初代の「全体的にかわいげのある丸みを帯びたモンスター」のが好きだった。っていうかファミコンというハードでは、氏のディティールはほとんど再現しきれてなかったって感じだったんだよね。

・・・

合体と勧誘を繰り返し、物語を進めていったが、途中で二つ、プレイスタイルを変更した。

ひとつは、合体表を見て、ある程度目標とするモンスターを特定すること。さすがに闇雲に繰り返すだけでは、強いパーティは難しい局面にぶつかっていた。

そしてもう一つ。最後のダンジョンを、

 自力でマッピングすることにした。

ここまで面白かったゲーム。最も広く、最も難しいラストダンジョンくらいは、本気のマッピングで、「自力でクリア」しようと。そして、僕がプレイする前にクリアしていた友達が言った、

 「エンディングでヒノカグツチという剣を取るシーンがあるんだけど、オレ、それ取らずにクリアしちゃったんだよね~」

という言葉。クリアするより難しいハードル。それを取って、
※ちなみに取ってクリアしたからと言ってエンディングが変わるわけではない。
晴れて気持ちよくラスボスを倒したい。

しかし、最後のダンジョン、そしてヒノカグツチを取るための手順は、想像を絶するほど難解で、キツかった。

方眼紙をどんどん「貼り足して」いき、いびつな「アンフィニ宮殿」を埋めていく。中には一方通行や落とし穴、移動するフロアもあった気がする。事実ヒノカグツチを取るためには、これまで通ってきたマップにも探索の手を伸ばさねばならず、「エンディングに整合性を持たせる」ためだけに、我ながらよく頑張ったなぁと思う。

メガテンと言えば、悪魔合体以外にもいくつか特殊なシステムと仕様が存在する。召喚したモンスターに食料を与え続けることや、仲間にするためのやりとりなどもあるが、僕が特に好きだったのは、「AUTO」のコマンドだ。ただ「たたかう」を自動でやってくれるだけのシンプルなものだったが、それまでのRPGにはない「楽ちん」なシステムであることに変わりはなく、「他の全てのRPGにもあればいいのに」と思っていた。そう、

 ギリメカラと会うまでは。

一つ目の象が二本脚で立っているようなモンスター。既にその印象は金子画のものかも知れないが、いつものようにAUTOで攻撃を仕掛けた瞬間、

 僕のパーティは全滅した。

一瞬何が起きたのかもわからない。そもそも最初に死んだときは「どいつに何をされたのか」もわからなかった。ただ、呆然と画面を見つめ、

 同じ轍を踏まないようにしようと、慎重に歩みを進め直した。

そして、何度かの戦闘の後、「ヤツ」を特定し、メッセージをしっかりと読み取った。

 なかじまのこうげき ギリメカラはこうげきをはねかえした

 ※記憶頼り。

「物理反射」という凶悪なスキルが初めてゲームに登場した、、、というか、ぶっちゃけメガテンシリーズ以外では見た記憶がない。

 なんて恐ろしい相手だ。

僕は当時から経験値稼ぎが好きで、だからこそオートでの戦闘も好んで使っていたのだけど、効率よく敵をさばけるようになればなるほど、戦闘は作業化し、個体認識が甘くなる。そこでこいつの登場である。

 面白れぇ・・・怖ぇぇけど。

また、このタイトルは、音楽も素晴らしかった。ぶっちゃけ僕がレコードやCDでゲーム音楽を買ったのは、

 ドラクエIと女神転生だけ

スタート直後のフィールド、戦闘中の派手なロック、音源の弱いファミコンでも、しっかり聴かせるメロディアスな曲調。ゲーム音楽はドラクエとゼルダだけじゃないってホントに思った。特に、

 ヒノカグツチを手に入れ、ラスボスを倒し、迎えたエンディング・・・

「良すぎる」。泣いてたかも知れない。きっついダンジョンや、凶悪な敵達を乗り越え、苦難の末にたどり着いたクライマックスを飾るに相応しい名曲。

 自力でクリアした人で、このエンディングを否定する人は絶対いない(断言。

正直終盤は「クリシュナ・ウォンロン・ガネーシャ」の「マグネタイト消費しない隠し組み合わせ」でプレイしまくっちゃいましたけど、それでも十分難しかったし、達成感は極めて大きかった。っていうか、

 方眼紙にマッピングするのってかなり楽しいし。

そしてそして、メガテンにはエンディング画面で5分くらいほったらかしにすると、

 配置の変わった2周目が!

正直何がどう変わったのか最初全然わからなくて、結局それは投げてしまったのだけど、

 伊達に今日まで(名を変え形を変えつつも)シリーズが続いてるだけのことはある

って思いますよ(^^。っていうか今ペルソナをやってる子たちは、「デジタルデビルストーリー」という名前や、元はファミコンゲームだったこと、ナムコから出ていたことなんかも、みんな知らないんだろうな。★★★★。
※ちなみに「II」も大好き。モンスターのデザインや音楽はIのが好きだけど、「ラスボスが変わる」というとんでもないサプライズシステムと、オートパイロットという便利機能で、Iに負けないくらい傑作になってました。つかスーファミ版真女神転生は、「毒を喰らったときのフィールド移動」が凶悪ウザ過ぎて、僕の中でのアトラスの印象は地に落ちたんだよな。結局以降一本もクリアしたのがないんだよね。ジジイだってことか。

※最後になりましたけど、もし曖昧な記憶で、間違ったことを書いてしまってたら申し訳ないです。

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