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2012年8月22日 (水)

夏みかんの木

 僕の実家には、僕が生まれる前から1本の夏みかんの木があった。高さは7mくらいかな、横に広がった枝は12mくらい?みかんの木を知ってる人からすると、かなり大きく感じるかも知れないけど、僕自身「普通の夏みかんの木」がどのくらいなのかわからないから、それがどの程度なのかはわからない。

ちょうど低いところから幹が二つに分かれていて、子供でも登りやすい枝振りだったから、小学生の頃はよく登ってた。一番上まで登ると、30cmくらいの座りのいい分かれ目があって、そこから結構遠くまで眺めることが出来た。まだ子供だったからその程度の高さでも十分世界の広がりを感じることが出来たんだよな。

僕が中学に上がる頃に、母屋を改築して2階が出来た。夏みかんの木は自店と母屋の間にあったから、一気に「木は小さくなってしまった」。もうその頃には登ることもなくなっていたけど、登ってもあんまり遠くまで見えなくなっちゃったな、って思ったのを覚えてる。

夏みかんは、梅雨前くらいに白くちいさな花をいっぱい咲かせる。横に広がった枝いっぱいの白い花は本当に綺麗で、でも桜と同じくらい短い間で落ちて、実になってしまう。深緑色のちいさな実がいくつも出来て、みるみる大きくなっていき、まん丸な黄色になったあと、最後は地面に落ちてしまう。

うちにはまともに園芸を嗜む人が死んだおばあちゃんしかいなかったので、毎年夏みかんの木はほったらかしのままだった。たまに近所の人が「欲しい」と言われれば取ったり取ってもらったりもしていたけど、特に甘くしようとか美味しくしようとしないままの夏みかんは、

 目玉が飛び出るくらいすっぱかった。

もちろんだからこそいいという方が欲しがるのだし、砂糖や水飴でジャム(マーマレード?)にする人もいた。

僕は今42歳だけど、夏みかんの木は僕が生まれてから40年近く、ずっと同じように花を咲かせ、実を付けてきた。そこにあるのが当たり前で、僕が死んでもそのままあり続ける、くらいの気持ちで見てた。

幹の周囲をアスファルトで埋め、駐車場にしたのも僕が中学の頃。無数のセミの幼虫たちが行き場をなくしてこのアスファルトの下に生き埋めになってしまったんだろうなって思ってたけど、夏みかんの木はいつもと同じように花を咲かせ、実を付けていた。

・・・

今日母親が、「夏みかんの木ももうダメかも知れない」といきなり口にした。え!?そうなの?

聞けば夏みかんの木は去年急に一部の枝が枯れだし、知り合いの人にバッサリと「3分の2」ほども切ってもらったのだという。

全然知らなかった。見上げることもなくなってた、でもそんなやせ細ってしまった夏みかんの木を見るのは怖かった。

結局それでも症状は好転せず、あと1、2年もしないうちに、全部枯れてしまうだろうという。

 なんだか胸が張り裂けそうになった。

親父が生まれたときからすでにあったという夏みかんの木。もしかしたら今の屋号になってから130年くらい経つ、自店が生まれた頃からあったのかも知れない。江戸時代の昔からずっとあの場所に根を張り、花を咲かせ、実を落とし続けてきたのかも知れない。

ウチの親父も随分弱く、小さくなってしまった。寝たきりではないが、ボケも入ってるし、当然のように子供の頃持っていたバリバリな印象は全くない。大きく枝を払われた夏みかんの木は、そんな親父にも印象がかぶった。

僕は人の葬式に行っても、それほど涙を流したり、悲しいと感じたことはない。自分の祖父母であっても、担任の教師であっても、行きつけの床屋の主人、ひとり暮らしをしていた時のお隣さん、そう言うときは必ずいつか来る。知らない間に死んじゃってた友達や、常連のお客さんの話を聞いたときはかなり切なくなったけど、泣くほどじゃなかった。

自分の母親にそういう日が来たら、きっと泣いてしまうんだろうとは思う。でも、それもいつかは必ず来る日。全く覚悟がないわけじゃない。人間は無限には生きられないんだから。

でも、夏みかんの木は、そんな「動物の枷(かせ)」とは別のサイクルに存在してるものだと思ってた。生まれたときから大きくて、40年間何も変わらずそこにあり続けてたものが、急に、ほんの1、2年ほどの間に、やつれて、枯れゆく・・・。

実家から戻る際、つい僕は夏みかんの木を見てしまった。「3分の1」になってしまったとは聞いていたけど、心のどこかで、

 そんな、言い過ぎじゃないの?

とタカをくくっていた自分もいたのだが、

 夏みかんの木は、本当に小さくなっていた。

 鼓動が早くなるのを感じた。

空が広くて、5時過ぎでもまだまだ明るい。幹を見ると、昔は全然なかった樹液がそこかしこから漏れ、アリがせっせと仕事をしている。ところどころに1mmほどの穴が空いていて、枝の何割かは明らかに死んでいた。僕が登ったてっぺんの割れ枝はもうなくなっていて、細く新しい枝が、わずかに深緑のちいさな実を付けていた。

 「もう登れないな・・・」

ベタベタで、今にも折れそうな弱さを感じさせる幹や枝。来年の花を見ることは出来るんだろうか。今年見なくて失敗したな・・・。

そっと触れて、何となく語りかけてみる。ありがとうとか、がんばれとか、ごめんとか・・・。

植物も生き物だから、いつかは死んでしまうのかも知れない。だからこそ花を咲かせ、実を付ける。排気ガスだらけのちいさな駐車場で、毎年毎年変わらずに花を咲かせ、実を付ける。

今日は雨のあとの空がとても青くて、何十年ぶりかに入道雲を見ることが出来た。僕にとって入道雲は虹よりも珍しくて、青が深ければ深いほど白とのコントラストが鮮明になり、とても気持ちよく、大好きだ。

120822semi 夏みかんの木の葉っぱに、セミの抜け殻がくっついてた。アスファルトの脇のわずかな土の出口から、青い空と白い雲を見上げながら、夏みかんの木を登って、そして飛び立つ。
大きなセミの声も、ようやくツクツクボーシに変わってきた。そう言えば昨日の夜は随分涼しかったっけな。夏の終わりは毎年来るけど、夏みかんの木の終わりは、、、

 ・・・もうちょっとがんばれって思った。

自分も、もうちょっとがんばらなきゃなって思ったよ。

さよならは言わないぜ。

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