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2013年10月 9日 (水)

思い出すファミコンソフトの話

モンハンの記事ばっかで辟易としてらっしゃる方に、一服の清涼剤的な話を差し込んでみたりする。というか、生きてるとふと、「あ、あの頃って結構ゲームがよかったよな」って思う瞬間がある。別に今のゲームが悪い、良くないというわけでもないのだけど。

●グーニーズ

 僕はグーニーズを持っていない。もっと言うと、当時の僕は自分の判断力を誰よりも過信していたので、他の人が買ったソフトを遊びたいと思うことも少なく、借りたソフトを強いて上げればスーパーマリオくらいのもので、あとたまに友達の家に行っても(来ることは多くても行くことは少なめ)、さして琴線に触れるタイトルもなかった。

特に友達は買う、僕はスルーするジャンルとして、「キャラゲー」があった。後期にはキングコング2やスイートホームなど、タイアップ系にも名作は生まれたが、ハットリくんやオバケのQ太郎ワンワンパニック、そしてグーニーズなどを買う感覚が理解出来なかった。

しかし今思えばグーニーズはコナミ謹製。流行りではありながらも大量の隠しキャラを探しながら、そこそこ変化のあるマップを踏破していくゲーム性は悪くなく、オリジナルの音楽もあいまって、「決して悪くはない作品」だったと思う。現に今、

 結構な頻度で思い浮かぶ「ファミコンゲームのイメージ」が、コレだったりするのだ。

サイドビューのアクションで、ピコピコした音と、コミカルなキャラクター。「ファミコンの代表作」と言えばどうしてもスーマリになってしまうとは思うが、当時からずっとシリーズ物が作られ続けているスーマリに、ファミコン版の突出した印象は残っていない。
 グーニーズはファミコンで2作作られた以降、一度もシリーズが作られていない。

もちろんそれはつまりはタイアップ物だからなのだけど、映画自体「スタンダードなジュブナイル物」として、十分な地位を得ているとも思うわけで、あの子供達が協力し合っていろんな局面をくぐり抜けていき、最後に大きなカタルシスがある展開というのは、

 今なぜその世界観でゲームが作られないのか不思議なほど。

それほど完成度が高い世界とリンクした、「ファミコンらしい」ゲーム。

 ただし、

当時も今も、やってみるとそれほど面白くもなかったりする。悪くはないが、やっぱり僕が買うには何か足りなかった気がする。つか、

 だからシリーズが2作で終わってしまったのか、とも思うが。

でも2と同タイプのワイワイワールドとか面白かったんだけどな~。あ、でもこれも今やると案外面白くなかったりするんだよな。

マルチキャラ、多彩な世界、隠し要素に主人公が子供達の冒険物。構成要素だけなら、ホントに面白い物が出来そうな気がするのにな~。やっぱ敵が人間ってのがマズいんだろうな。

●テグザー

 調べてみるとファミコン版の発売は1985年12月。まさに高校受験まっただ中というタイミングではあるのだが、ファミコンが一番熱かったのもこの頃だった気がする。

正直テグザーは中古価格がめちゃめちゃ安く、500円以下が普通だった時代もあるのだが、僕は普通に発売日に購入し、何の不満もなく遊び倒した。

人によっては「ファミコン版なんて88版とは比べものにならないくらいダセェ」みたいなことを言う人もいるが、後年88版をプレイした自分には、

 別に何にも変わってねぇよ!?

って感じで、もっと言うと、ショットがレーザーか弾かの違いなど、

 見た目だけで判断する愚か者のみ目くじらを立てるポイント

だとも思ってた。そのくらいファミコン版テグザーは「普通に」面白かったし、もっと言うと、

 スコアや面クリが嬉しかった晩期のソフト

だった気がする。
※近しいタイトルではスターラスター。この二つとも以前ブログで触れた記憶もあるけど。

ただ障害物の色が変わるだけで、がらりと世界が変わった印象を受けたり、一見幾何学的で味気ない見た目でも、そのマップデザインの妙により、攻略法がしっかりあったり。自機の攻撃や移動方法も、当時としては非常に多彩な部類に入り、
※戦闘機モードだとショットは前にしか撃てないが、飛べる。ロボットモードだとショットはホーミングになるが、ジャンプでの移動になり、判定も大きくなる。変形はレバー下で行い、バリアで体力を消費しつつ一時的に防御力を上げることが出来る。

 そのテクニカルさに酔いしれた。

今でこそボタンの数も増え、多芸多才になったアクションゲームの主人公も多いが、当時はそれこそジャンプとショットがせいぜいで、特にサイドビューでこの操作は、

 むしろ複雑過ぎて諦めちゃったから売り払う人が増え、値下がりしたのか

と思うほど。

まぁ今やっても難しいんだけどさ。

ロゴがかっこよかったな~。

●カプコンのB級アクション

 ロックマンとヒットラーのあと、僕の中のカプコンに対する印象が、メーターを振り切るくらいに急伸した時期があり、近所にあった「有料でゲームを交換してくれるところ」で、次から次へとやってた。で、実際どれもそこそこ面白くて、でもどれもそこそこにしか面白くなかった。

・仮面の忍者 花丸

 この中では一番面白かった。ホワッとしたキャラで、どこか低年齢層向けなニオイを醸し出しつつも、アクションの「手触り」の出来がよく、展開にもメリハリがあって、僕の中では夢工場ドキドキパニックと双璧をなすくらい評価が高かった時期もある。たぶん今遊んでも面白い、、、と思うのだけど、もうカセットがどこにあるかなんてわかんないんだよな。

・パジャマヒーロー

 イメージだけなら「バイオミラクルぼくってウパ!」に通じる世界観が印象的なタイトル。ゲーセンでも「ニモ」として出てたけど、たぶん違うゲーム。惰性でやってたのと、花丸の印象が良すぎてこちらの記憶がほとんどない。悪いゲームじゃなかったとは思うのだが、、。

・ストリートファイター2010

 曖昧な記憶では、「ファミコン版エイリアンソルジャー」。ボスだけと戦うゲームではなかったと思うが、その部分のウェイトが非常に高く、グラフィックはボチボチながら、忍者龍剣伝を、タイミングを逸して遊び損ねてしまった自分にはなかなかのゲームだった。

ただ、前にも書いたと思うけど、どうしても倒せないボスに挫折した苦い思い出のゲームでもある。つか、2013年になった今でも、こんな世界にはなってないな。

・闘いの挽歌

 一説によると剣王アキレスはファミコン版の方が手強いというウワサもあったが、そもそもそこまで行けない自分には無関係。カプコンじゃないけど、この当時はこういう雰囲気の(カルノフとかアルゴスの戦士とか)がいくつか出てて、

 割とハズレが少ないジャンルだった気がする。

つか闘いの挽歌は、僕が買った頃急にカプコンの株が上がってきていて、「これ、抑えとかなきゃまずいんじゃね?」って感じで買った気がする。そんなに遊ばなかったな。つかむしろカルノフのが面白かったな。

・サムライソード

これはアクションじゃないけど、勢いで書き換えたディスクアドベンチャー。ディスクのアドベンチャーというとサン電子のデッドゾーン(「きゃりーどぇーす」ってヤツ)の印象が微妙に強いが、これもSFということで近い世界観だった。

ゲームは結構かっこよく、満足度も高かった覚えがあるが、細かいところは全く記憶にない。のちにバイオハザードを作る会社だけあって、アクションだけじゃなく、演出面での力量も十分あったと思うんだよな。

・スイートホーム

ファミコン画面なのでそれほど怖くはないのだけど、とにかく当時としては異質なタイトルだった。

どこが異質かというと、まず「マップが狭い」。当時はとにかく「何画面分!」とか「前何面!」みたいなのをウリにするタイトルが多く、そのボリュームこそが命みたいな側面もあったのだけど、本作はそれを真逆のベクトルで、「狭いが深い」方へ掘り下げていた。

何度も遊んで行く内に、徐々に正解が見えてくる構造も当時例がなく、攻略本がなければ、全員無事に脱出するのは不可能というほどの難しさに、「さすがにカプコンは難しい」とみんなが納得してた。

これやったあとスプラッターハウスやったら、あまりのシンプルすぎる展開になんだかガッカリした記憶がある。あれはあれでグラフィックをウリにしてるのはわかるんだけど、「奥深いゲーム性」に酔ったあとだったからな。

●月風魔伝

前にも触れた気がするけど、結構記憶がフラッシュバックする「思い出す頻度が高い」タイトルなのでここでも触れる。

当時の月風魔伝と言えば、「偽源平倒魔伝」という悪しきレッテルの塊だった気がするが、いやいやどうして、

 ゲーム性として、当時の僕の好みとして、世界観として遊びやすさとして、

 グラフィック以外の全ての面で源平よりも面白かった。

音楽もよかったし、ゲートアレイによる「違和感を感じるほど大きな敵」。特にウリになっていたボスよりも、通常の雑魚の大きさが大きいのが「贅沢」に感じて、遊んでいてかなり気持ちよかった。

CMも力が入っていたし、満足度も高かったが、2作目はなぜか小さくまとまってしまって、「こんなところも源平に似てたな」って今思った。

いろんなゲーム性を織り交ぜた派手なタイトルとして、ドラキュラばっかじゃなく、こっちもPS4とかVitaとかで焼き直せばいいのにな。アイテムとか成長とかの要素を絡めれば、十分今でも成立するコンテンツだったと思う。つか「真・月風魔伝」とかになっちゃうんだろうな~。

●沙羅慢蛇

 ファミコンとアーケードにはどうしても埋められない壁があるのは、当時としては当たり前のことだった。前作も「ファミコンでグラディウス!?」と思ったし、遊んでみるとそりゃもう普通以上に面白いんだけど、やっぱりグラフィックの再現性は大きく落ちるし、
※一番強く感じたのはビッグコア。個人的にはレーザーは単発連射型でも色もキレイだったし、爽快感もあったし、オート連射出来たりして、さして不満はなかった。
オプションも二つまでになっちゃうし、だった。

 でも沙羅慢蛇のソレは、僕的にかなりクリアしてた。

一面ボスのゴーレムも、ビッグコアみたいに小さくまとまることもなく、
※背景を利用してるのでそれ以外は黒くなるけど、全然NO問題。
飛び出してくる巨大なツメ、ファミコナイズされたパワーアップシステム、各面のメリハリと音楽、

 むしろグラディウスより沙羅慢蛇の方が、オレ、好きじゃね?

スケルトンカセットの特異性もかっこよかったし、
※当時はゴールデンなスーパーゼビウスと双璧だった。
タイトルロゴもかっこよかったし、

 正直グラIIより感動したし、楽しんだし、プレイしまくった。

つかグラIIは発売日スルーしちゃったんだよな。何かが違う感じがして。オプションは4つになったけど、

 心のどこかで「ベストは3つくらいじゃね?」って思ってた自分もいたし。

あと、バリアがフォースフィールドなのは、ファミコンの特徴だけど、遊びやすくて良かった。
※グラディウスも「見た目は正面だけ」だけど、実質フォースフィールド=全体を覆うバリアなんだよね。

沙羅慢蛇面白かったな~。

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「思い出す」って言うのと、「思い出の」っていうのは微妙に違う。今回挙げたタイトルは、ふと最近になっても、画面が頭に浮かんできたりする物。
※カプコンのは花丸だけだけど。

面白かったとか絵が綺麗だったとかだけじゃない、どこか違う「ファミコンらしさ」を当時強く僕が感じていたからなんだと思うんだけど、言い換えればそれはそれ以降のスーファミやプレステや3DSやVitaにはない因子だと思うんだよね。ファミコンオンリーの味わい、みたいな。

こないだ中古屋(結構大きい複合店)に行ったとき、ファミコンが動きます、みたいなゲーム機が置いてあって、価格は3980円だったかな。結構する。
※10年くらい前には自店でも999円で売った記憶があるけど。別のヤツを。

でも、今のゲームがあんまし楽しめなくて、例えばふと押し入れの整理、もしくは他の別の物を探すつもりの過程で「発掘」されたりすると、

 焼けぼっくいに火が点くように、急にやりたくなったりもするのかも

って思った。まぁそんなパチモンの機械が任天堂と同等の操作性を実現してるとは、到底思えないんだけどさ。っていうか、本家任天堂のでも、「AVファミコン」のパッドの操作性は、正直イマイチだったしな。

ちなみに僕はファミコン丸ボタン世代。四角ボタン世代はむしろ汚れが溜まりやすく、操作性が落ちやすいということで、実はちょっとホッとしてたりするんだよな。丸でよかったな~って。

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