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2014年4月13日 (日)

ダークソウルII~番外~

割と高年齢向けの話。

システムの好き嫌いはともかく、本作もモンスターハンター同様、結構未来のゲームだなぁという話。

僕らが高校生の頃、舶来から流れ着いたRPGのひとつに「ファンタジー」というものがあった。
※この話は以前もしているがジジイなのでもう一度する。
※タイトルが普通過ぎてネット検索で見つけることが出来なかった。

ファンタジーは、俯瞰視点のコマンドRPGで、キャラも小さければ派手さもない。あるのは、

 状況を説明する文章。

「細い通路を抜けると大きな広間に出た。暗い闇の向こうに赤く光る目が見える」

とか、

「奇妙な仕掛けが行く手を阻んでいる。よく見ると一箇所だけ汚れのない石があるようだ」

みたいなもの。

これを読んでピンと来た人も多いかも知れないけど、「世界樹の迷宮」と同じようなメッセージが表示される俯瞰視点のRPGだったわけ。

そもそもこういった説明は、ウィザードリィの頃からあったわけだけど、ダンジョンがワイヤーフレームで、音楽もなく、ほぼ全ての構成要素が「プレイヤーの想像」にゆだねられていたWIZと違って、ファンタジーは「申し分け程度ではあるものの」グラフィック表示されたマップが、「よりイメージをさせやすく」していたと思う。

 というか、テーブルトークRPGのニオイが強かった気がする。

当たり前の話これらの状況説明は、そうすることでプレイヤーの想像を「よりかき立てるため」に為されたわけだけど、ハードが進化した現代、

 それらを文章化せず、グラフィカルに表現出来るようになった

ただ、勘違いしちゃいけないのは、「文章での表現の方が劣ってるわけじゃない」ということ。あれはあれで意外と(映像で見ること以上に)具体的なイメージを妄想出来たりもしたし。

ダークソウルIIをプレイしていて、「そういう世界」がそこかしこに広がっていることに気付いた。

「人がひとり通れるくらいの細い縦坑にさび付いた梯子が延びている。手を掛けると君は軽い違和感を覚えた。梯子がわずかに粘りを帯びている。」

「梯子を抜けるとそこは大きな広間だった。天井から光が入り、全体が見通せる。広間には縦横無尽に青白い帯のような物が張り巡らされている。君はそれが蜘蛛の糸であることに気付いた。」

「周囲を見渡してもモンスターの姿はない。が、耳を澄ますとかすかに気配を感じる。注意深く目を凝らすと、帯の下に一体の巨大な蜘蛛が足をうごめかせている。」

前回のフレイディア直前の広間の描写。文才がないので表現は陳腐極まりないけど、昔ならこんな文章で表現されていたであろうことが、今は全て映像として目の当たりに出来る。王城ドラングレイグ直前であれば、

「形の整った石で組まれたトンネルを抜けると、わずかな勾配のある山道に出た。大粒の雨が周囲の岩肌を打ち、ぬめりを感じさせるほど黒く光っている。」

「山道を抜けると眼前には巨大な城へ続く長い階段が見える。気付けば雨は止み、君はおそるおそる階段を上っていく。階段の中程には、身の丈5mはあろうかという巨大な石像が2体、門番のように構えている。」

熔鉄城なら、

「毒の妃を倒し、塔の仕掛けで上へ上へと上っていく。途中君はその高さと共に、周囲の温度も上がっていることに気付く。小部屋を抜けると眼前には、全てが灼熱の炎に包まれた城が現れた!」

「城へ続く橋はところどころが壊れかけていて、橋の下には赤い溶岩の海と、黒いわずかな足場が見える。落ちたらひとたまりもないだろう。」

呪縛者なら、

「白い霧を抜けると、一体の鎧を着た戦士がどこからともなく現れた。戦士の体は宙に浮き、まるで滑るように高速でこちらに向かってくる!戦士の剣が青白く光ったかと思ったその刹那、君の体はまっすぐに貫かれ、天高く持ち上げられた。」

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当たり前の話、ゲームを作る時には、絵コンテとか仕様書とか設定とかが大量に作られるわけで、その際にはイメージをより明確に伝えるために絵以外にもこれら文章で状況を説明することも少なからずあると思う。

でも、実際プレイしてみると、「絵は絵」としてしか僕らの中に流れ込んでは来ない。蜘蛛の巣の広間でも、「ああ蜘蛛の巣の広間だな」としてしか思わないし、暗く雨が降っていても、「視界が悪いな」くらいにしか感じない。まぁそれに伴う不安感は沸くけれども。

状況を文字に起こして見て愉快だな、と思ったのは、そうすることで「ただの絵だけだったもの」が、どんどん表情豊かになっていくこと。ただ移動するだけの通路でも、、、ともすればロード時間を稼ぐためだけに用意された長い螺旋階段でも、文字にして「かれこれ4階分、、、いや、5階分は下っただろうか」みたいなのがあると、その距離の重みが変わってくる。

 まぁ一歩間違えば面倒なだけ、ってこともあるし、それは今のトレンドとは相容れないもののような気もするけど。

雑魚敵一体倒すだけでも、高度にビジュアライズされた戦闘と、旧来のコマンドRPGのそれは大きくことなる。「駆け寄ってくる戦士が大きく振りかぶる。君は体1つ分距離を広げ、幅の広い大剣の切っ先をすんでの所でかわす。体が崩れた戦士に向け、今度は君の剣が振り下ろされた」。こんなやりとりを数百数千と繰り返すのだ。

-------

毎度のことながらこんなゲームを、僕らが中高生の頃に持って行ったら、その頃の僕はどんな顔をするんだろうと思う。ファミコン→PS3。キャメロンがアビスを撮ったのが1988年僕が高三の頃。トロンは1982年僕が小六の頃。オートセーブどころか任意セーブのタイトルすら珍しかった頃。始まるまでに何回ボタン押さなきゃいけないんだよ!って感じつつ、情報量の多さに面食らうに違いない。

・・・僕が中二の頃1983年にタイムスリップ。当時はまだコンポジット端子付きのテレビすら無かった頃だけど、今自分が使ってる32インチ液晶も持って行く前提で。

未来「オッス。オレ、未来のオレ。コレ、未来のゲーム。やってみたいだろ?」

※もしそんな自分がいきなり目の前に出てきたら、、、、、、「帰れるの?」ってまず聞く気がする。妙に現実的な自分。まぁそこはともかく当然やってみたい。

過去「何このデカイテレビ。数百万くらいするんじゃないの?」

未来「4万くらいかな」

過去「!!!!?!!??!?」

※絶対このくだりはある。当時はまだ自分で「テレビを買う」経験はなかったけど、家で一番大きいテレビでも19インチ。当然ブラウン管。チャンネルもボリューム。

接続してPS3を立ち上げると、

過去「え!?え!?はぁ!?え!?」
※画面が綺麗すぎて脳の処理速度が付いていかない。スペースハリアーですら衝撃だったのに、それ以上、「32000色!?なのか!?!?」みたいな。

当然オフラインだが気にせずスタート。何度もボタンを押して表示される僕の分身。とりあえずマデューラにいる。

未来「これ、ゲーム画面。これゲームパッド」

過去「・・・ボタンが多すぎて意味がわからない」

過去「これってどんなゲームなの?」

※たぶん画面が表示された段階では、「それが一枚の絵」であると認識すると思う。「動くことが想像出来ない」。そう、絵を見てその美しさに絶句し、「この一枚の絵だけで10メガビットじゃ利かないよね」みたいな発想をしそう→当然利かない。

過去「自分が動かないんだけど、、、」

※まず十字キーを触るのは間違いない。

未来「この黒くて丸いのが移動用だから」

過去「!!!」

※自分の操作に合わせて画面が動いた時点で、相当な衝撃があるはず。当時はまだPCエンジンも出てないし、このクオリティの絵が動き出すという発想もない気がする。あのシンプル極まりないドラッケンですら結構衝撃的だったし、ダンジョンマスターが登場するのは1987年の話だもの。

 たぶん硬直してまっすぐ移動しつづけ、そのまま海に落ちてしまう気がする。
※1983年ダークソウルあるある。

未来「死んだ」

過去「え?え?残機は?え?どこに表示されてるの?」

※当然当時のゲームに「ロード時間」は存在しない。画面が切り替わるまでの時間すら恐怖の対象となったに違いない。

しばらく周囲を動かしてみて、過去の僕はきっとこう言うだろう。

過去「綺麗すぎる・・・」

過去「画面写真を撮りたい」
※当時我が家にはポラロイドがあったのだ。

過去「でも敵がいない・・・」

※まぁ確かに周囲の敵はほぼ全滅させてしまっているからね。というか最初から始めなかったのは未来の僕が面倒だったからだけど、冷静に考えたらキャラメイクから始めた方がよかったのかも。でもそのくだりは面倒なのではしょる。キャラを作り直して再スタート。

 再開後、、、

過去「画面が暗いよ!」

過去「雨戸締めるね!」

※こういうところは今と全く同じだと思う。面白そうなゲームのためには、労をいとわないのだ。

いよいよ本格的にプレイが始まる。敵との距離感が掴めず、攻撃が空振りしまくる。ロックオンの便利さに感動する。リアルタイムセーブの怖さに泣きそうになる。一つ目のオーガが倒せずに諦める。巨人の森へ行き、

 世界がガラリと変わって、ゲームの終わりを予感する。

これだけの情報量のゲームだ。そんなに奥行きはないに違いない。
※シグノシスのフラクタルエンジンデモを初めて見た時のような感じ。凄まじい映像を見せるだけのソフトという位置づけに。

未来「ここまででゲームの1000分の1くらい」

過去「!?!!?!?!!!!」

※もはや未来に対する恐怖しか浮かんでこないかも知れない。「ロードランナーが150面!」とは文字通り次元が違う感覚だ。

遠くから矢が飛んでくるも、自分が何にダメージを受けているのかがわからない。いや、ヘタしたらダメージを受けていることにすら気付かないかも知れない。

未来「あれあれ、あそこから撃ってきてるでしょ」

過去「あんな小さいヤツが!?」

ポリゴンによるリアルな距離感が実現していることにまだついて行けてない気がする。

何度も死にながらちょっとずつ行動半径が広がっていく。僕は僕なので、

 絶対全滅させながら行軍する。これは絶対に絶対。

というか、「敵を全滅させるゲーム」だと思うはず。当時はまだRPGという概念すらなく、「レベルが上がる」ことが想像出来ない。あえて未来の僕もそういうことは言わないと思う。強いて言えば「全滅させながら進めればいいよ」とかは言うかも知れないけど。

で、まぁ慣れていった先に口をついて出るのは、

過去「このゲーム、置いていってくれない?」

未来「いいよ」

この時の僕の喜びを想像すると、なんだかそれだけで嬉しくなる。そしてきっとこう思うに違いない。

 「僕の部屋にドラえもんが来た!」

▲▲▲。まぁ自己満足です。

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