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2014年9月11日 (木)

ふと思った話

例えばかみさんやお袋に、結構シンプルでわかりやすいゲームを勧めてみた場合、十中八九帰ってくる言葉は、

 やらない

だろうと思われるし、実際そうだろう。

自分が面白いと思っているいないに関わらず、シンプルで単純なゲーム性は、比較的ゲームに対する経験値の浅い人間にも訴求しやすいと思う。だから世にはそういう感覚で第三者に(ゲームに限らないかも知れないけど)勧めるケースも多いと思う。

 でも実際にやらせたら、きっと「面白くない」と思われる。

昔はあまりそういうのがわからなかったのだけど、最近になって、何となくではあるものの、「面白く感じなくなる感じ」がわかるようになってきた。

僕はエグザイルや家入レオの歌に全然ピンと来ないのだけど、何となく好きな人がいるのはわかる。JUJUもピンと来ないスキマスイッチもコブクロもピンと来ない。アナ雪も世間ほどピンと来なかったし、最近じゃ「24」とかもそれほどじゃなかった。

いきなり風呂敷を広げちゃうけど、結局のところ人間のキャラクターというのは、幼少期から順を追って形作られていくものだと思う。最初はそれこそ直方体や丸太のままの状態で、ところどころに削りやすい柔らかいところがあったり、時折凄く強い衝撃でガッツリ割れたり穴が空いたりしながら、歳と共に文字通りシェイプされていく。

シェイプされて残ったモノというのは、つまりは堅くて丸いものだったりする。軽い攻撃ではキズも付かないし、緩やかな攻撃ではスベって交わされてしまう。年齢を重ねれば重ねるほど他の人の意見を受け入れづらくなっていくのは、残った部分、削り出されて磨き上げられた部分の強度が強いからだ。

・・・

Aを好きな人が必ずしもBが嫌いということはないと思うが、例えば尾崎豊が好きな人間の多くがBOOWYも好きになる一方で、BOOWYを好きな人間が尾崎を嫌うということはあるかも知れない。削られる過程によって順に受け入れられる「印(しるし)」が刻まれるから、絶対ではないにしても価値観というのは十人十色の違いが出る。尾崎の歌詞が好きな人間と尾崎の曲、雰囲気が好きな人間。BOOWYのメロディが好きな人間と、世界観が好きな人間は、意外とそれぞれ全く違った価値観で見てたりするものだと思う。
もちろん相手を理解しようと歩み寄る事は出来るし、それによって自らの「ボディ」が部分的に軟化し、新たに削られやすくなる事もあるだろうが、これも年齢に応じて難度は上がっていくはずだ。「面白いこと」というのは、当たり前の話「ムリして面白いと思い込むこと」ではない。素の自分で向かい合って、素直に流れ込んでくるモノこそが、本当にその人にとって面白く、価値がある事なわけだから。

昔はきっとライフスタイルが今よりずっとステロタイプ化されていて、同じように勉強し、同じようなテレビを見、同じような歌、アイドル、スポーツに傾注して、同じような大人を目指していた時代があったのだと思う。もちろんイレギュラーはあっただろうけど、今ほど振れ幅は大きくなかっただろうことは、視聴率やレコードの売上、人気のある家電や車などの偏り方からも伺える。

その当時の感覚が強い環境で育つと、(僕の勝手な思い込みかも知れないけど)人は「今でもみんな同じように感じるもの」と思い込んでしまう価値観がすり込まれたりする気がする。「スーパーマリオは面白いゲーム」という命題に対し、「面白く感じられないのは、自分が変わってしまったから」みたいな理由付けをしてしまったりする。

 でも案外そんなことはないということに、ふと気付いた。

というか以前から気付いていて、何度もそういう話をここでもしていたと思うが、つまりは、

 正解なんて最初からなかったということに気付いた、という話。

「価値観の近い友人知人が勧めてくれたから、きっと面白いに違いない」とか、「世間で凄く話題になっているのに思いの外楽しめないのは、自分の方に問題がある」とかは、

 全く無意味な、誰に対するでもない弁解だ。

納豆が好きな人もいれば茄子が好きな人もセロリが好きな人もいる。魚が好きな人もいれば肉が好きな人もいるし、肉も魚も食べたくない食べられないという人もいる。「♪育ってきた環境が違うから~」はスマップのセロリの一節だけど、全く持ってそういうことなのだ。

 自分が面白いだけで、自分が好きなだけで、他の人に対して自信を持てることなんてありえないし、傲慢不遜の独りよがりでしかない。これは僕自身のことであると同時に、この世の全てのコンテンツに対しても言える。

意外と、

 「面白そう」と「面白い」の間には、大きな隔たりがある。

ただ、「大勢の意見は概ね正しい」という、統計学的な視点によってはじき出される「高確率な答え」は、それはそれで意味がある。ただそれが例え99%の支持率であろうと、残り1%に自分が入らない保証はないということなのだ。いくら分析と考察を重ねても、お袋の興味を引くゲームは見つかるまい。思い込みではあるものの、「0に何を掛けても0」なのだ。

・・・

最近ディアブロばかりやっているが、正直「面白い」と思って遊んでいるわけではない。特に他にやることがないとか、せっかく買ったのだからとか、

 「つまらなくはない」という理由で遊んでいる。

だから僕はコレを強く勧めたりはしないし、文章からもそれはにじみ出ている気がする。
だからと言ってそれに変わる「イイ感じの暇つぶし」があるのかというと、それはそれでそうでもない。世の中にはたぶん結構たくさんの人がいると思うし、その中には友達や恋人とよろしくやってる(死語)人も少なくないと思うけど、当然きっと間違いなくひとりぼっちで時間をもてあましてる連中もいる。それもきっとひとりやふたりじゃなく相当数いると思う。

 飢えてはいるが、そうそう当たりに出会えるわけじゃない

結果、適当に探して適当に失望し、適当に文句を言う。運が良ければ今日nori君から来たLINEのように、

 シャーロックはホントに良いね!

みたいな当たりがあるし、逆に僕が勧められた「ミセスダウト」があまりに辛すぎて中盤で挫折、みたいなこともある。

 結局は運なんだよな。で、その確率を少しでも上げたいと抗うだけのこと。

まぁそこで「下手な鉄砲数撃ちゃ、、」って考えてのべつまくなし摂取するのか、友人知人サイトを渡り歩いて情報を集めるのかって違いはあるかも知れないけど、

 それでもやっぱり運は運。

先日買ってきてもらった「僕用の桃」があまり美味しくなかったりしたことと、買ってやってみたけどあまり楽しめなかった妖怪ウォッチ2は、つまりは同じ事なんだよ。全てに言えるとは言わないけど、

 結構多くのことが、「個人差と運」に依存してる。

・・・話はもう少し続く。

 でも!!

その個人差に依存する側面に関して、「より多くの事象を楽しい、面白いと捉えられるような自分でありたい」という気持ちは、持ち続けていきたいと強く思うのが大事なような気がする。
※これ重要なとこ。

そして同時に、「ダメなものに貴重な時間を費やし続けてもダメだ」とも思う。

アンテナは張っておくけど、ジャッジは冷静かつ迅速に下したい。

・・・

お金がないことだけを理由に、休日ずっと家にいてディアブロをダラダラと遊び続けていいものか、と思う。だったらまだ110円のDVDを5枚でも10枚でも借りて来て、一気に見倒した方が有意義なんじゃないか、とも思う。
※まぁどっちがホントに有意義なのかはわかったもんじゃないけど。

だからってわけじゃないけど、、、

こないだVitaでダウンロードした「彼女はオレからはなれない」の体験版が、結果とっても面白く、本編がかなり欲しくなったりした。でも値段は高い。でも欲しいのジレンマに陥りつつ、ふと思って検索した。Youtubeで。

 そしたら結構な数のプレイ動画がある。

ギャルゲーはほとんど見るだけのモノが多いから、自分のペースで進められないジレンマはあるにせよ、「お金を掛けずに満足度の高いブランニューコンテンツを摂取する」という希望には、相応に応えてくれることになった。

面倒だからって体験版とかPVとかをスルーしてばっかじゃダメだろうという話。映画とかDVDでも、予告を見て「価格に見合う内容だろう」と確信が持てたなら、そこにリソースを割けばいい、割くべきなのだ。どうしても食べたいなら桃やビーフジャーキーを買うべきだし、おにぎりだって作るべきなのだ。

歳を取って堅くて強固な自分が残ってしまっても、その重さにもまた個人差があるはず。面倒で新しい事を拒絶するのか、それともダメ元で動いてみるのかは、たぶん年齢的なこと以外のファクターで決まると思う。若い時から、歳を取っても、みたいな。

頭でっかちでも身軽でありたいと思う今日この頃だ。

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