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2015年2月22日 (日)

何が面白いのか

売れてるゲームはいっぱいある。持ってるゲームもまぁそこそこある。でも今遊んで、普通に面白い、楽しいと感じるゲームがメキメキ減ってきてる気がする。

(以前も書いた話だけど)僕が中学生の頃、おふくろが僕がやってるスーマリを見て、

 「何が面白いのかわからん」

と言った。今でも相当に理屈っぽい僕だけど、それはまぁ子供の頃からそうであったわけで、ささやかな母親の一言に、しみじみ、

 確かに、マリオのどこが面白いのか。

考えてしまった時期もあった。

今だったら、シンクロ率の高い操作フィールや、隠された謎(主にブロックやツタ)を見つける楽しさ、難しい面をクリアする達成感、新しい世界に向けた期待等々、スーマリが「面白いゲームであった」理由はいくらでも思い浮かべることが出来るのだが、視点を変えれば確かに、ゲームを一切嗜まない母親にとって「操作がしやすい」とは思わないだろうし、謎解きに関してもピンと来ないだろう。難しい面に至っては「クリア出来ないストレス」の方が遥かに高いだろうし、1面から2面の地下に舞台が移っても、「シンプルなファミコンの画面」には違いがないかも知れない。つまり、

 確かにあの時の母親に、マリオの「何が面白いのか」を伝えるのは凄く難しいことだったと今更ながらに気付いた。

結局のトコロ「面白さを感じる」ためには、それまでの蓄積が物を言う。というかほぼそれが全てと言っても良い。いくら今のゲームが著しい進化を遂げているとしても、例えばインベーダーしかなかった時代にダークソウルやモンスターハンターを持って行っても、

 小学生に相対性理論の凄さを説明するようなものかも知れない。

ゲームをやらない人間に、「レバーを少し倒す」という操作は、実はとてもハードルが高いことなのだ。だからレースゲームとかでも、ハンドルならば直感的にわかる操舵も、デュアルショックなどのスティックではイマイチピンと来なかったりする。操作がピンと来ないと言うことは、つまりは思い通りに動かせないわけで、それはそのままストレスとなって跳ね返り、「面白さ」にたどり着くためのハードルとなってしまう。

結局のトコロ僕が「無双シリーズ」を楽しめないのも、「俺の屍2」がつまらなく感じるのも、スポーツゲーム全般が嫌いなのも、FPSにどうも乗り切れないのも、

 全ては経験と老化のため。

僕は2Dドット絵のゲームが楽しめるけど、たぶん長男は僕よりは楽しめていないだろう。「父ちゃんが好きそうなゲームだね」と口にした言葉の中には、「僕はそれほどでもないけど」というニュアンスが含まれていたように、今なら思う。
※ちなみにタイトルは失念。ローグレガシーかハンマーウォッチかその辺。

全てのゲームが「最高に」楽しめたら、どんなに幸せだろうとも思う。何をやっても楽しめる、どんなゲームでも面白いというのは、まぁ安上がりだし、充実する。人生の密度が高まる気がする。でももちろんそんなわけはない。僕がブログで酷評すると、すかさず「だったらやるな」的なコメントをする人がいるが、

 逆もまた然りなんじゃねぇの?

と思う。世界中で楽しまれているテラリアだけど、

 僕より楽しんだ人は、それほど多くないんじゃないか、とも思うもの。

もっとも、何を持って「より楽しんだ」とするかは、答えのない問題みたいなもんだろうけどさ。

・・・

どんなゲームにも「楽しませるために作られている要素」はある。いや、「どんな」は言い過ぎか。少なくとも作り手が意図してつまらないゲームを作ることもないとは言えないし、「作ろうとしていた高さ」まで持って行けないままに発売してしまうケースも、なくはない、、、少なからずあるだろうとも思うから。

でもまぁ多くのゲームが、「ここがこうなることが楽しい」というトリガーのようなものがあると思う。例えばインベーダーであるなら、それまでのゲームにはなかった「敵を倒すことが出来る」こと。
※それまでのゲームは敵がいても「避けるだけ」とか「逃げるだけ」みたいなものだったのよ。

モンハンなら協力して倒すこと、準備して倒すこと、倒した素材を使ってより強くなれること、、、。

シューティングだったら新しい面まで進めること、今までの自分を越えること。紙一重で避け、集中して攻撃して大型の敵を倒すこと。

エロゲーだったら疑似恋愛。単純にオカズ、物語、読み物としての楽しさ、学生時代を思い返すきっかけとか?

ホラーゲームならその雰囲気の怖さが好きな人は楽しめるだろうし、自分が物語の一員として、閉ざされた空間から脱出を試みる「主人公」になれるというのもあるかも知れない。

パズルならば「答えを見つける喜び」であろうし、レースゲームなら、、、最近の物なら景色を楽しむことや、ライバルと競い合って勝つこと、いろんな車を手に入れたり、チューニングしてより速く、走りやすい、タイムが出る「道」を見つけるのも楽しさになりうるかも知れない。

どんなゲームにも「楽しませる」ことが意図されているはずなのだ。はずなのだが、、、

 どうしたことか、本当に楽しくないゲームが凄く多い。

先日こってりと「合わなさ」を吐露した俺の屍2、どうがんばっても楽しめる気がしない。序盤だから言われるままに消化せざるを得ないのに、そこに楽しさが全くない。気持ちよさがない。面白さがない。お金の価値がない時点でスロットに大金が表示されても嬉しくないし、緑の文字が全然出ないのも面白くない。「すぐに死んじゃう」って言われてるのに、ずっとそこで緑のアイテムが出るまで戦い続けられない。かと言って「巻物が出たら必ず手に入れろ」みたいなことを言われたりする。

 うるせぇよ。

エクストルーパーズもそう。次から次へとストーリーは進んでいくが、「マンガチック」をアピールする上で、物語性は不可欠となり、結果完全な一本道で、武器の選択権すらほぼ存在しない。キャラを育てるのも、ミッションクリア時にレベルアップしたかどうかで、次のミッションではまた違う相手と戦うため、

 RPGの楽しさが全く感じられない。

違う場所で違う敵と戦ってたら、強くなったかどうか何てわからないし、武器だってろくに変化がないんだから、

 ただアクションをやってるだけ。

で、ただのアクションと比べてRPG的ファクターが足かせになるのは、「それなりのプレイ時間」を確保するため、次から次へ新しいエリア、マップ、モンスターを登場させられないジレンマ。シューティングやアーケードのアクションなら、1面クリアすれば2面はガラリと世界は変わる。

 でもRPGの場合はそうはいかない。そんな贅沢してたらゲーム1本ウン万円になってしまう。

・・・

 もっと手応えが欲しいのだと思う。

それは「難しい」とか「複雑」という意味ではもちろんない。

 自分が遊んでることが実感したい。

それはレベルアップだけじゃない。例えば「つよきす」のように、単純に物語が楽しくて、大笑いしながら、時にじーんとしながら、時にエロい気持ちになることだって「遊んでる実感」がある。

「しぶしぶやらされる」ようなことは、

 一切、それも絶対に不要だ

声を大にして言いたい。「怖くて先に進めないよぉ」というシチュエーション、本当に怖くて先に進めない人は、

 もうそのたぐいのゲームは買わなくなる。

無双シリーズはスゲェ売れている。たぶんそれが楽しめない僕は、無双シリーズが「楽しませようとしていること」が理解できないのだと思う。エクストルーパーズもそうだけど、強くなることが実感しづらいのが「合わない」のだと思う。「実感しづらい」のはむしろ僕側に原因があるとも思うけど。

2Dのドット絵ゲーが好きなのは、答えが出るのが早いからだ。デジタルは増えていくのがわかりやすい。金の鉱石を4個で金の延べ棒1本。延べ棒10本でピッケルが完成。だから金の鉱石を地下で見つけると嬉しいし、ピッケルが強くなると嬉しい。そっから先の効率が良くなるのが実感できるから。

 なのにスターバウンドと来たら、、、簡単に壊れるなよ。

ゲームの面白さ、自分が面白いと感じてるゲームの「面白い部分」というのは、ちょっと考えるだけですぐに浮かび上がってくるし、逆もまた然りだ。面白くないゲームというのは、メインとなるフィールドや戦闘に、「面白さを感じさせる要素」が少ないか、もしくは存在しない。もちろん個人差は多々あるけど、閃乱カグラとか、

 あのビジュアルに訴求力を感じない、その上敵をバタバタ倒していくゲーム性に爽快感を感じない、強さが実感出来にくい(と僕が感じてしまう)システムに楽しさを感じない、、、となれば、つまりは「面白くないのも道理」ということになる。

つか、ぶっちゃけにぶっちゃけるけど、

 ゲームにおける爽快感って何さ。

緊張感や達成感はわかるよ。苦労の末クリアすれば達成感もあるし、一撃でスゲェ削られる攻撃の矢面に立たされていたり、落ちたら死ぬ崖の近くにいても緊張感は感じる。でも「爽快感」は、ゲームでなかなか得られない「希有な感覚」だと僕は思うんだよね。

 無双シリーズが「爽快」とか安易に使ってるのを見ると、もうそれだけでちょっと腹が立つ。「オレは爽快じゃないけど?」ってなる。

僕がゲームの中で爽快感を感じた記憶で、もっとも明確かつ確実なのは、(ブログでは何度も書いてるけど)ネオジオのアクションシューティング、ニンジャコマンドーの「爆裂究極拳」だ。当時としてはそこそこ複雑なコマンド
※テンキー表記で言えば「813792」。三角書いて逆三角みたいな。
で撃ち出される画面半分を覆い尽くすほどの炎の攻撃は、MPやらクールタイムやらが一切なく、あまつさえ最後のボタン入力を連打すると3発くらい連続で出たりする。序盤ならばボスすら瞬殺。一切のパワーアップとかないのに。

 つかこれ以上に爽快な攻撃は未来永劫存在しないのではないか、というくらいの爽快感。

2プレイヤーもひとりで操作しながら交互に撃ちまくっていくと、

 そのままラスボスまで倒せてしまうほど。
※途中で何度かミスって出し損ねると死んじゃったりするけどさ。

もちろんゲームクリア後のおまけ要素とかであるなら、爽快なものが出てきても不思議はないし、実際に「つよくてニューゲーム」や「ロケットランチャー(バイオ)」なんかは、爽快に属する感覚だとは思う。

 でもそれはあくまでおまけ要素。

あ、でも狙撃は爽快かな。スナイパーライフルで相手がまったく気付かない遠くから倒して行く感覚。バトルフィールドとかでもちょっと経験したけど、あれは確かに爽快。

 ただ、そればっかりさせてくれない。

当たり前と言えば当たり前なのかも知れないけど、「爽快ばっかりだとそれは爽快じゃなくなっちゃう」というヤツなのかも。実際はそんなことなくて「ずっと爽快」だったりすると僕は思うのだけど、勝手に緩急つけられて、「爽快さを目減りさせてしまう」。

 初代ソニックがそうだった。

いかにもハイスピードで、いかにも爽快感があるようにアピールしておいて、

 その実、マップ半分以上は慎重さを求められるありきたりなジャンプアクション。

そもそも気持ちよく走ってたらトゲに刺さってリングドパーーーッ。これじゃあ爽快じゃないと思った。

とりとめもなく書いてしまうけど、バーンアウトパラダイスはかなり爽快なゲームだった。そこそこいい車でギリギリまで加速して、派手に障害物にぶつかる「楽しさ」。高いところからジャンプする「気持ちよさ」。車を一回転させるのは間違いなく爽快だったし、地面との距離が近いバイクでの疾走は、ただ走っているだけでもそこそこ爽快感が伴っていた気がする。

 つかホットパースートはルートが少ないのが超タリィんだよな。

脇道がなく、風景の変化に乏しいから、気軽にドライブがてら走ろうという気になれない。

ポリスやオンラインプレイヤーと「競い合う」ことをメインに据えてる分、「競い合うのが基本嫌い」な自分に対する訴求力が激減する。

・・・

面白くないゲームを、「面白いと思い込む」ことはもうしたくない。買ったからには遊ばないともったいない。確かにそう言うケースは少なからずある。でも、やっぱり面白くないものは面白くないのだ。他の誰が面白いと言ったとしても、世界で自分だけが否定派になってしまったとしても、面白くないものを楽しむことは出来ない。楽しみ方がわからないだけということも、まぁなくはないかも知れないけど、今の世の中それほど親切にそれを教えてくれる人はいない。
※テラリアに関してなら、(最低限ゲーム知識がある人になら)僕が教えられる自信はあるけど(^^。

みなさん、今遊んでるゲームのどこが面白いか、何が楽しいのか、胸を張って主張出来ますか?友達と遊んでるならそれはもはや「ゲームそのものの面白さ」からは逸脱してる気がします。一緒に遊ぶことで「0が1になる」ことはままありますから。

 とりあえず、妖怪ウォッチとパズドラは、全くわかんなかったんだよな。

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