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2016年3月16日 (水)

記憶の話

みなさんは今おいくつくらいなんでしょうか。僕は今45歳。つかティーンネイジャー(死語)からしたら、「45歳」って数字はとんでもなく先に感じられるかも知れませんが、

 割とすぐです。

以前もブログで書いた話ですが、人間の年齢というのは、「1歳の時は一生の全て、つまり1/1年」だけど、2歳なら1/2年、3歳で1/3年と、一生におけるウェイトがどんどん下がっていく。それを全て合計して半分で割ると、つまり一生の折り返し地点を「1年の価値基準」で計算すると、

 75年の人生の折り返しは、17歳くらいになるらしいです

「三つ子の魂百まで」という言葉は、ホントにそのくらい深く濃いウェイトが、最初の3年にあるというそれっぽい理由に裏付けられてもいたわけ。

実際歳を取れば取るほど一年が短く感じられるようになるというのは、40代や30代じゃなくても感じることがあるはず。子供の頃は同じマンガを何度も読み返していたはずなのに、今だと1回読んで、、、ヘタしたら買うだけ買って読んでもないマンガが積まれていたりする。

 どこでそんな時間を捻出してたのやら。

まぁ学校は仕事と違って4時とかに終わるから、仮に8時まで働いてることを考えれば、「1日は4時間長い」とも言えますが、小学校低学年くらいなら「夜9時過ぎくらいには寝てたり」しましたから、1時2時まで起きてる今と比べて、特に起きてる時間、空いている時間が長かったとは言い難いでしょう。まぁさすがに単純すぎる作業の経験値稼ぎを毎日毎晩続けてたってことはなかったとは思いますが。

そんな加速度的に消費される人生は、振り向けばいろんなことが不鮮明になって行くものだなぁとふと思ったという話。

僕の「住まい」の略歴を、今から巻き戻して書いてみると、、、

 今の暮らしがスタートしたのは13年くらい前。どこで飯を食い、どこで寝て、どこでゲームをしていたのか、さすがに覚えている。だけど、「人生の1/4」をここで既に消化してたのかと思うと、ちょっとビックリする。32歳くらいから45歳。小学生中学生だったらほぼ一生レベルの時間を、この家で消化してると思うと、さっきの話はホントにそうだなと思える。体感だったら小学校の夏休みくらいの長さ、、、さすがにそれはオーバーか。

・その前はアパート暮らしがたぶん5年か6年続いてたはず。結婚したのが25歳で、長男がその年に生まれ、娘が4年後くらいに生まれてる。娘が生まれても1、2年そこにいた気がするから、まぁそのくらいの期間だろうと。

赤い64のコントローラー端子を、長男がしゃぶってべとべとにして使い物にならなくさせたことや、子供とレゴで遊んだこと、娘と風呂に入ってる時に写真を撮ってもらったこと、ちなみに長男も娘も一回ずつ家から抜け出して大捜索、、、っていうか娘は近所で見つかったが、長男は2kmくらい先の食品スーパーで見つかるという事件も起きているのだが、どちらも本人は(当然だが)覚えてはいまい。

テレビが25インチのブラウン管だったこと、IBMのパソコンでディアブロを買ってやったこと、かみさんの親父さんに大きな本棚を買ってもらってガシャを並べていたこと、「さつき」と言う名のネコを飼い、不注意で逃がしてしまったこと、、、記憶にある「事件」は多いのだが、

 どこに座ってどっちを向いてご飯を食べていたのか、どんなものがどういう配置で食卓に並んでいたのか、何一つ思い出せることがない。

鍋やラーメン、普通のご飯茶碗や箸一本に至るまで、一切思い出せない。極端な話正面に別の家族がいたとしても、今の僕は自信を持ってそれを否定出来ない気がする。こたつはあったはずだけど、部屋の広さからしたら四方に座っていたとは思いにくい。テレビは覚えていてもテレビの横がどうだったか思い出せないし、キッチンのある部屋が「何もなかったような」気がするのが、真か偽かもわからない。炊飯器がどこにあったとか、米びつがどこにあったとか、レンジの方向とか、、、。3DKだったけど、寝室とテレビや食事をする部屋以外の一部屋が何に使われていたのか思い出せない。

 とにかくいろんなことが不鮮明になっている。わずか15年前後前の話なのに。

そしてその前は静岡県の今は掛川市になっている大東町というところに住んでいた。
※当時は小笠郡だったけど。

ここには5年くらい住んでいたのだけど、かみさんが転がり込んできたのはたぶん最後の半年か、長くても1年くらいだったと思う。今だったら1年なんてあっという間だけど、さすがに19歳から24歳までの5年は、今よりも濃度がかなり濃い。当然初めてのひとり暮らしだったし、町営のボロアパートだったけど、2階建てで2DKバストイレ付き。

最初の1年は「青春の食卓」を読みながら毎日3食自分で作って食べていた。一階のダイニングにあるテーブルで「食べていたはず」だが、当然のように記憶に残ってるのは断片的なもの。火を付けっぱなしで仕事に出かけてしまい、帰ってきた時火事にはなってなかったが、ホーローの鍋がベラボーに熱くなっていて、慌てて水を掛けたら耐熱ガラスのフタに無数の亀裂が一瞬で入った思い出や、昼飯休憩1時間の間にカレーを作って食べた思い出、
※野菜は細かく切って火の通りを良くし、ルーもみじん切りにして一気に溶かす。水を少なめにして速攻沸騰させ、、、さすがに米は事前に炊いて置いたけど。
半年間放置した炊飯器の中が「ナウシカの腐海」みたいになってた思い出などなど。

 でも普通にかみさんと暮らし始めて、食事を作ってもらうようになってから、「2階か1階かどっちで食べていたのか」の記憶がない。

万年床がどこに敷いてあって、PC9821がどの向きで置いてあって、ゲームセレクターやステレオがあって、ゲームをやった記憶は凄く鮮明に思い出せるのに、たとえば朝食で何を食べていたのか、「どこで食べていたのか」「どっちを向いて食べていたのか」「テレビを見ながらだったのか」「着替えてから食べていたのか」などが全然思い出せない。

洗濯物もどこに干していたのか思い出せない。家には小さな庭があって、最初の数ヶ月はそこに干していた気もするし、かみさんと暮らし始めてからはそこの干してもらっていた気もするが、途中でセイタカアワダチソウが、

 1階から2階の窓を暗くするレベルまで成長し、

見るに見かねてお隣さんが「もしよかったら手入れするから庭を使わせてもらえる?」と言ってきてくれるまで、、、つか洗濯した記憶も数えるくらいしか思い出せないんだよな。カゴに入れて洗濯して、脱水して、、、どこに干したのか。風呂も入った記憶は当然あるのだけど、そっちよりむしろ足下のスノコの下にナメクジが大量にいる、、、と思い込んでいたけど実はいなかった記憶とか、スゲェ移動速度が早い足の長いクモ、ガチなムカデ(ヤスデではないヤツ)を緑茶で殺した記憶、友達がティッシュ2枚でゴキブリを掴み殺した記憶とかはあるけど、

 日常的なことが本当に記憶から抜け落ちてる。

つか夏も冬もエアコンがなかったから、寒くて暑かったはずなんだけど、冬はこたつがあったとしても、夏、「窓を開けていた記憶」がない。つか海が近かったから風通しはよかったハズなのだけど、網戸だけで全ての虫を遮断できたとも思えないし、べープリキッドみたいなのをずっと点けていたのかなぁ。

ちなみに、男のひとり暮らしと言えばエロビデオが定番だったと思うのだけど、自分はあんま借りた記憶がない。一度か二度はある気もするが、当然その内容も覚えてないし、もっと言うと雑誌とかもそれほど強い記憶がない。強いて言えばフランス書院文庫は結構買った気がするが、今思うと何であそこまでエロビデオを見なかったのかも思い出せないんだよな。

ゲームに関しては様々な思い出がいっぱいあるけど、ドアを開けた正面に「ストリートファイターIIダッシュ」のポスターを貼っていたこと何かは、「数少ない風景の記憶」として残ってるかな。遊びに来た友達がみんな「コレいいですね!」って言ってくれた。オペレーターだったオヤジと仲良くしてたらくれたんだよな。「コレやるわ」って。

当たり前だけどこの辺りの「僕の記憶」は子供たちは一切知らないし、かみさんも知らないレベルなんだよな。つか「26、7歳」って言えば、あと数年で長男が到達する年齢。逆に言えば長男も僕と同じ歳になったとき、その頃の記憶が失われたりするんだろうか。

ひとり暮らしをする前は愛知県の実家暮らし。僕が中学に上がる頃に増築した家に住んでいたわけだけど、「中1~浪人1年」って考えると、そこで暮らしたのは7年ほど。自分の部屋、パソコンの位置、勉強机、ベッド、友達のいる風景は鮮明に思い出せるのだけど、

 これまた食事の記憶がない。

今でも実家で飯を食うことがあるので、「ここに座って食べていたこと」はわかるのだけど、何かよそよそしいというか、「19歳から40歳くらいまでの空白」が、僕の食事時の記憶を消滅させてしまったような気すらする。

テレビで何が映っていたのか、朝飯何を食べていたのか、どんな箸だったのか、、、。ただ風呂はよく覚えているかな。新しい風呂だったし、、、でもシャンプーがどこに置かれていたとか風呂桶がどんなだったとか思い出せない。

昼飯をお袋が部屋まで運んできてくれたことがあったような気がする。でもそれが何だったのか思い出せない。既に他界した母方の祖父が大根を煮てくれて、それが生まれて初めて大根が美味しいと感じた瞬間だったのを覚えている。でも実家のカレーの味は思い出せないし、特に得意料理があったとか、これは食べたくないと思った物が食卓に並んだ記憶もない。「何か出てくると嬉しい料理」があった記憶もない。お茶漬けは好きだった記憶があるけど、それを聞いたお袋ががっくりしてた記憶もちょっとある。

増築する前は、たぶん店に隣接するキッチンで食事してたと思う。幼なじみでもあるnori君なんかは覚えてるかも知れないけど、掛け時計がゴーンゴーンて鳴って、14インチのテレビで朝早く起きて仮面ライダーを「録音」した部屋。でも当然何を食べたのか全く思い出せない。ただ、

 その部屋にあったイスが、今も店で使われているイスだということを今思いだした。

テレビの角度も思い出せない。既に部屋自体取り壊されてしまっていて、母屋との間にあった池や庭も様変わりしているけど、風呂の記憶は結構ある。銀色のステンレスの湯船で、洗濯機がこの向きで置いてあって、、、でも洗面所の記憶が曖昧だなぁ。

母屋の玄関で「1/144ズゴック」を初めて塗装した記憶。ラジオで「ウィングマンの主題歌」を聞いた記憶。カーペットを裏返して、ベイブレードみたいなフリクションのバイクを調子に乗って走らせ、蛍光灯を割っちゃった記憶などが甦る。コミックスが日に焼けていった記憶。凄い古いレコードプレイヤーで、隣の子から借りた「ウルトラマンの怪獣の鳴き声」というソノシートを聞いた記憶とかもあるが、

 やっぱり食事をどこでしていたのかがわからない。

さっきの部屋が無くなってから、増築した家が出来るまでは、店の2階に住んでいたはずなのだけど、食事の記憶がとにかくない。どこで食べていたのか。誰と食べていたのか。どんな食器で、、、でもテレビがあった場所は覚えてるんだよな。

 だって我が家にファミコンが来た場所だから。

みんなは覚えてる?昔の飯の記憶。

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コメント

こんばんはクリス。

あのお店隣接の台所は、マリモが置いてあったことと、昼間ヤキソバUFOに生卵入れてクリスが食べていたこと。

クリスのおばあちゃんがいつも、瓶に入った黒いドロッとした薬(といっても多分健康食品、多分梅肉エキス)を添え付けの耳掻きのような小匙にすくってなめていたこと、

いま、実はその梅肉エキスを毎日なめてるんだけど、
そのたびに思い出しちゃうんだななぜか。

で、おばあちゃんがなめてる絵が凄い鮮明に残ってて、
クリスのおばあちゃんがこんな感じで、こうやってこれを舐めてたってちょっとカミサンにまねして見したりしてたとこなんだよ(^^)

投稿: nori | 2016年3月16日 (水) 01時12分

なんだか悲しくて寂しい。

投稿: 長男 | 2016年3月16日 (水) 01時48分

ちすnori君、長男、クリスですども。つかこの数日「花粉症デビュー」の可能性が著しく高まっており、非常に苦しんでおります。

>nori君

マリモあったような気がするな~。スゲェな完全に忘れてたわ。UFOとかの記憶は全くない。

おばあちゃんの記憶も、言われれば「そうだったかも」くらいで、特に深い印象がないけど、たまに行く友達の家の印象ってのは、そういうもんなのかも知れない。GO君ちとかも入れ歯をコップに入れてたとか、nori君ちとかも、イヌのご飯のアルマイトの皿のイメージとか、妙に断片的なんだけど、鮮明だったりすることがあるもんね。

梅肉エキスは下痢になるとなめる。かみさんのおふくろさんが作ってくれてるんだけど、どんな薬より効くね。作るのが著しく大変らしく、買うと非常にお高いものらしいけど。

昔の写真とかもっと撮っておけばよかったって思う。特に町並みとかは、油断するとすぐ変わるし、あとで見たときに思ってる以上に楽しめるから。nori君ちの庭とかの写真とかあったら、今見たいって思うもんな。
※昼行った記憶しかない、それも晴れてる時の記憶しかないから、夜や雨の印象がゼロなんだよね。なんかちょっとゲーム的。


>長男

悲しく寂しいのは君の印象だけど、事実だけで言えば何も悲しくも寂しくもないよ?「そういうこと」を受け入れられるようになるというとなんかガマンしてるみたいな響きがあるけど、単純に平気になる。まぁそれが老化であり同時に成長でもあるのだろうけどな。

投稿: クリス | 2016年3月18日 (金) 21時08分

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