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2018年5月10日 (木)

即遊べるゲームとゲームの録画とか想い出とか

今更ながら携帯ゲーム機って完成度が高いな、と思う。というか携帯ゲーム、、、この場合は、GB~3DSくらいまでを指すのだけど、

 壊れてなければ普通に遊べる。

それって今の時代だと凄いことのように思える。だって、つい一世代前、ゲームとしてはわずか2年くらい前なのに、

 マリオメーカーが普通に発売時のように遊べない。

「ミーバース」というオンラインのコミュニケーションあってこその面白さだったのに、そのサービスがあっさりと終了してしまう。

 ディスクシステムの書き換えを15年くらい続けてた任天堂でさえ。

テレビの画像入力についても、地デジの普及と共に、加速度的に仕様が様変わりして、ついに最近のテレビからコンポジット(白赤黄色3本のヤツ)が消えつつある状況。もしホントに消えちゃったら、一気に昔のゲームを遊ぶハードルが上がる。つたない記憶を頼りに、僕が遊んでたゲームの接続方法を振り返ってみると、、、

・ファミコン

アンテナ接続。「2ちゃんねる」はこのファミコンを表示する際のチャンネル番号が語源、、、だと思う。アンテナはアナログなので、表示はややボヤけてたり、接続自体に「アンテナ線を結線する」ハードルの高さがあった。子供には結構無理だったと思う。

後に発売されたAVファミコンは、コンポジットでの入力に変更になった。またファミコン内蔵テレビ、シャープの「C1」は、内部接続がRGBになっていて、当時としてはあり得ないほど綺麗な、、、文字通りシャープな画質で楽しむことが出来た。

ちなみに同じアンテナ接続のゲーム機は結構多く、セガマークIIIや初代PCエンジン、カセットビジョン、たしかぴゅー太やMSXもアンテナ接続だったと思う。PCエンジンは違ったかな。

・PCエンジンCDロム、メガドライブ、ネオジオ

たぶんこの三つは、コンポジットでしか接続できなかった記憶。特にネオジオとメガドライブは、音声出力がモノラルで、ステレオでゲーム音楽を聴く為に、イヤホン端子から音声を取ってた気がする。メガドライブ購入当時はまだファミコンも現役で、イヤホンから取った音の良さに唸ってた。

・スーパーファミコン、プレイステーション、セガサターン、ニンテンドー64、ドリームキャスト

この世代が「S端子」接続。もっともそれはあくまでオプションで、同梱は相変わらずコンポジット。少しでも綺麗に映したくて、当然のように買ってた。特にプレステだけは「AVマルチ端子」というSONYテレビにしか付いてない端子の方が綺麗だったのでそれで接続したりしてた。

独身時代だったこともあり、ゲームにかなりお金を掛けてた時代。「セレクター」を使って、コンポジットとS端子それぞれに3、4台ずつ繋げていた気がする。ちなみにここには書かなかったけど、「VEGA9000DX」というゲーム基板のコンパネも持ってた。ちなみにコンポジット接続。

・ゲームキューブ、360、Wii

「D端子」世代。HDMIに変わる直前の端子で、ある意味ゲーム機接続において最も寿命が短かった端子でもあるのだけど、360なんかは、「D端子→HDMI」や「パソコンのD-SUB」に変換するアダプターが出てたりして、今でもたぶん映すことが出来る。ちなみにPS2はAVマルチで接続。

一応どれもコンポジットは対応しているので、画質に目をつぶれば、なんとか遊べるテレビはある。

・WiiU、PS3、PS4、スイッチ

で、これが現役の「HDMI世代」。端子としては、緩くなりやすく、信号が途絶えるトラブルなどもあって、ぶっちゃけかなり気に入らないが、実質選択の余地がない。

冒頭に書いたけど、WiiUとスイッチに関しては、「テレビ無しでも遊べる」
※WiiUはソフト次第だけど
という点において、とても寿命が長く感じる。つか将来的にはHDMIクラスの映像を、無線で、たとえば次世代のブルートゥースとかでテレビに表示するようになったりするのかも知れないけど、そうなればなったで今の「有線組」はまた映せなくなるだけの話。歴史は繰り返してしまう。

・・・

また、単純な接続以外でも、「センサーバー」や「VRゴーグル」など、追加ガジェットが必要になるものなんかも、テレビの世代と共に遊べなくなる可能性が高い。その昔プレステとセガサターンで出ていた一部のガンシューティングなんかは、

 テレビによっては遊べない

というある意味とんでもない商品で、ぶっちゃけみんなよく買うなぁって思ってた。

ともかく、接続が一世代超えてしまうと、そこでプッツリとハードの寿命が尽きてしまいかねないというのが、据え置き機の哀しい性。ただ、その性に抗ったというか、非合法で世に出回ったのが「エミュレーター」の存在。今はもう遊ぶことが極めて難しくなった、黎明期のアーケードゲームや、数世代前のPC等を、プログラム的に疑似再現し、ゲームであれば遊べるようにしたもの。

今は足を洗っているので、最新情報とかはわからない。ただ、ファミコンはもとより、セガマークIIIやPCエンジン、スーパーファミコンなどのタイトルに関しては、ハードが押し入れの奥で眠ってしまっても、当時のゲームを遊べてしまう利便性に魅せられていた頃があった。特にファミコンディスクに関しては、数台買った本体が全て動かなくなり、修理も受け付けず、目の前には「いつか遊ぼう」と思って書き換えたディスクだけがあるという状況だったので、エミュの存在はとんでもない福音に思えたんだよな。

 ま、真っ黒なんだけど。

ただ、歳を取ってふと気付けば、老眼は進むし、好みと耐性もどんどんワガママになっていく。当時なら耐えられたロード時間も歳を追う、日を追う毎に耐えられなくなっていくし、そもそも面白く感じなくなっていくものも多い。これはゲームに限らず映画でもマンガでも、、、特にマンガなんて、

 今「あさりちゃん」とか読んでも全く一切楽しめないからな。

不思議と言えば不思議な感覚。小学校の頃好きだった女の子をを今見てもかわいいと思わなかったりするんだろうか<それは例えとしてどうなの?

なので、今は、「今楽しめるゲーム」を追っていくしかないんだろうな、と。もちろん昔のゲームにも「今楽しめる」ものがあるのは知ってるし、そう言うゲームを遊びたくならないとは言わないけど、

 そこまで(環境を維持し続ける労力・コストを払ってまで)抗い続けるべきなのかどうかは、

今になって答えに窮する状態だったりするのだよ。

20年前だったら「当然でしょ!」って言ってたと思うけどね。

●ゲームを録画

そんな過去のゲームを振り返ったとき、自分が最もゲームを楽しんでいた、「ゲームという娯楽を多角的に楽しんでいた」のは、ひとり暮らしをしていた1990年から1995年くらいの間だったと思う。

前述のセレクターで複数のハードをボタンひとつで切り替え、遊べるようにしていたし、音声は全てステレオに接続して大きなスピーカーから鳴らしつつ録音可能な環境を整え、あまつさえ、ゲームの動画も頻繁に録画して録り溜めていた。極力高画質で。

ゲーム画面の録画というのは、今でも数多の配信者が実践しているように、

 とても楽しいことだ。

PS4にはデフォルトでその機能が付き、僕も当初は何度かそれを楽しんだりしたし、現状でもスマホの録画機能を駆使して攻略に役立てたりもしているが、

 当時のそれとはニュアンスが違ってた。

メディアがビデオテープであったので、録画時間の上限は実質無限。また、2台のデッキでダビングしつつ編集し、「ゲームエンディング集」や「シューティング弾幕集」なんかを作ったりもしていた。もちろん普通に面白いゲーム、、、たとえば天外魔境IIなんかは、名場面を逐次録画しつつ1本にまとめ、ひとり悦に入っていた。

 誰に見せるわけでもないのに。

まぁそれを言い出せばこのブログだって同じようなモノなのかも知れないけどね。誰かに読んでもらうために書いてるわけじゃない、まずは自分が楽しむ為に書いているという点においては。

録画のいいところは、もちろん魅力的な場面を何度もお手軽に見ることが出来るという点もあるが、同時に「記憶を記録」というこれまたこのブログと同じような側面もあった。つまり、

 そのゲームが遊べなくなっても、録画が残っていればそれを見て当時の楽しさを掘り起こすことが出来る。

まぁまさかその当時は、「ゲーム機よりVHSのビデオデッキそのものが消失してしまう」未来が来るとは予想だにしてなかったけどね。

・・・

時は流れ、ハードがゲームキューブやプレステ2くらいの時代になっても、僕はまだこの「録画する」という楽しみ方をしていた。既にVHSのビデオテープではなく、

 ゲーム→テレビとPC PC側で録画

という流れで、キャプチャーしていたわけだけど、その主だった理由は、、、

●音楽を録音

ハードに関しては、音楽だけなので3DSとかPSPとかも範囲に入ってた。イヤホン端子からPCに接続して、PC上で音声を録音、編集したり音圧を変えたりして、ゲーム音楽を日常的に楽しんでいた。

確かに動画と比べると情報量は少ないし、「繰り返し聴くに堪えるゲーム音楽」というのはそれほど多くもないのだが、こないだレディプレイヤー1のところでも書いたように、

 感動する場面というのは、音楽の力に寄る部分が圧倒的に大きい。

ジーンとしたところとか、グッと来たところ、初めて聴いた瞬間から良さを感じるメロディというのは、ポップスや映画音楽だけでなく、ゲーム音楽にも多数存在するし、その曲だけで、当時の記憶が「思ってる以上に鮮明に」よみがえってきたりもする。

つかそんなことは、今更僕が言わなくても、このブログを読んでる人なら誰しもが経験があるとは思うけどさ。

そんな音楽の思い出の中で、特に際立っているのが二つある。

ひとつは「大乱闘スマッシュブラザーズX」。通称スマブラXだ。PC表示すると左のメニューにも当時のブログリンクが表示されているが、

名曲揃いの任天堂の看板タイトル、そのBGM、総計200曲ほどを収録したスーパービッグタイトル。BGMはゲーム中でCDの形をしたアイテムを手に入れる毎にランダムで増えていき、もっぱら長男はゲームを、僕はその音楽をドップリ楽しむ形でハマっていた。

当時は「この曲も、、」とリクエストを貰ったり、もしマズかったら削除しますなんてことも書いてたりしたけど、結果今のところおとがめは無し。あれほどゲームを深く濃く楽しんでいる人に、無粋に水を差すようなことはしなかったってことかも。

個人的にはその中の数曲、メトロイドのエンディングやゼルダのオープニングなどは、今でもスマホに入れていて、いつでも聴くことが出来る。てか、もともとの曲が30年以上前のものだと思うと、その完成度の高さ、ゲーム音楽というジャンルの特異さがうかがい知れるというものだが、逆に言えば他にももっといっぱい「今でも十分聴くに堪える名曲」があるはずなわけで、知らないから見てない映画のように、「楽しさを眠らせている」可能性も高いんだけどさ。

そしてもうひとつが、ゲーム音楽のイントロクイズをやったこと。これも左のメニューにあるので、興味がある人は見てみて欲しいのだけど、つまりは僕らの年代、ファミコンから、プレステIIくらいの世代に向けた、ゲーム音楽のイントロクイズを作った。

とにかく有名な曲から、趣味に走ってみんなを置いてけぼりにしてしまった曲
※ちなみに1曲だけだけど
答えを聞いて、みんなが「これならしょうがない」と思える曲をチョイスしつつ、110曲くらいのイントロクイズにした。

当時の僕のブログの常連さんは、、まぁ今もある程度はそうかもだけど、それなりにファミコンやPCエンジン、アーケードゲームも嗜んでる方が多く、つまりは「どっかで聞いたことがある、いや、むしろ大好きだった気が凄くする!」みたいな、記憶の切れ端をチラ付かせることが、殊の外楽しんで貰えたようで、結構な盛り上がりだったと自負している。てか、僕自身、数年前に再度やってみて、

 あーーーーこれ!あーーーーなんだっけ!!??

と唸ったりもしたくらいなので、娯楽としても「やってよかった」、「強く思い出に刻まれた」なって思ったな。

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それが今では、、、接続がHDMIになって、専用のキャプチャを用意するのに知識もお金もかなり掛かるようになって、さらには遊ぶゲームその物の本数が少なくなって、録音してまで深く「聴き込みたい」という曲にも滅多に出会わなくなった。音色が増えたからって「ゲーム音楽として」本当に自分にとって価値を見いだせるかどうかは、全く別の話なんだよね。

時代は流れていくから、当時に戻りたいという気持ちにはならないのだけど、もう少し深く濃く多角的にゲームを楽しめたらいいなぁとは思う。子供たちが家を離れ、特にひとりでゲームをすることが多くなったからこそ、

 ひとりだからこそ楽しめる遊び方を、再度探し出さなきゃ、と。

ゲームを楽しんだ思い出をもう一つ思い出したので、それを書いて〆とする。

 僕はマッピングが大好きだった。

マッピングというとまず思い浮かべるのは「3Dダンジョン物」だと思うし、もちろんそのマッピングも頻繁にやっていたが、特に思い出に残っている二つは全く違う。

ひとつは、高校生の夏休み、何が僕を駆り立てたのかわからないが、

 256×256マスのフィールドマップを全て方眼紙に書き出した、、

 「ウルティマIV」。

当時も当然ゲーム雑誌は出ていたが、タイトルとしてそこまで日本人受けするものではなく、攻略記事もそこまで多くなかった。画面内に表示されるエリアもそこまで広くなく、だからこそ世界はとんでもなく広かった。

特に僕が本作のマッピングをしようと思ったのは、「ナイトシェード」と「マンドレイク」という、ほとんど座標しか情報がないような二つのクリアに不可欠なアイテムを探すため。今でも思い出すあの手探りの果て、自分が作ったマップを頼りに足元を調べ、見つかったナイトシェード。

 「うぉぉぉぉあったぜぇぇぇぇぇ!!!!」

僕以外知り合いで遊んでる人は誰ひとり居なかったし、当時パソコンゲームをウチに遊びに来てる友人も少なからず居たが、誰ひとりフックしたりもしなかった。当然ネットもなく、見ず知らずの友人とコミュニケーションも取らない。そもそも難度的にもかなり高難度で、たぶん日本中でクリアした人は100人も居ないと思う。

クリア時の画面を写真に撮ってメーカーに送ることで「認定証」というものが貰えたのだが、僕は日本で8番目だった。まぁこの話はブログでも幾度となくしてきてるけどさ。

そして、もう一つは、(これも過去ブログでしたことがあるけど)

 初代ゼルダの伝説のフィールドマップ。

工作用の厚い方眼紙に、1画面3cm×4cm、全体はたしか64画面か128画面くらいだったと思うけど、1画面1画面、全てマジックとサインペンで彩色しつつ、隠された階段や壊れる岩などを書き込んでいった。

 とにかく、完成したマップの「神々しさ」ったらなかった。

なんだろね、あの感じ。当時は中学生だったから、いわゆる工作用紙を使うこともなかったし、小学生の図工みたいに切り貼りして色を塗っていく感じは、決して年齢相応の娯楽ではなかったと思うのだけど、

 破格の自己満足と、必要にして十分な攻略の手助けとなった。

間違いなく「ゲームをどっぷり楽しんでいた」と思う。

ちなみにダンジョンも当然全てマッピングした。てかこっちは日本中みんながやってたことだと思うけど。

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今でも、エクスヴィアスを録画したり、オフィスで毎ターン行動を書き記しながら強敵を倒したりするのは、その名残とも言える。でも何かこう、物足りなさみたいなものも感じるんだよね。

何かワクワクするような楽しみ方が出来るゲームがやりたいぜ。

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