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2020年2月17日 (月)

ゲームの近未来

ゲーム機を買ったときのことを思い出したりしてたのだけど、そのときふと思ったのは、

 ゲーム機の進化が、ゲームの魅力の中で結構大きなウェイトを占めてたかも知れない

ハードのスペックだけがゲームの面白さじゃないことは、ずっと昔からわかってた。でも、ハードのスペック、機能の進化の中にしかない「新たな魅力」もまた純然と存在してたな、と。

ファミコン慣れした目から見たセガマークIIIのテレビCMは、そりゃもうキレイに見えたし、PCエンジンが我が家に来て、初めて起動したR-TYPEのタイトル画面には、文字通り戦慄が走った。そういう体験は、今の子はしたくても出来ないと思うから、自分はゲーム好きとしてとても恵まれた環境を生きて来られたなぁと思う。

 色数が増えて、

 ドットが細かくなり、

 鳴らせる音の数が増えて、

 サンプリング(≒生音)が使えるようになり、

 ポリゴンが使えるようになり、

 リアリティのある世界が構築され、

 テクスチャが貼れるようになり、

 さらにドットが細かく、ポリゴンが増えて、

 フレームレートもカクカクじゃなくなめらかになって、、、

 ・・・そしてどうなる?

一方では、

 携帯できるようになり、

 バックライトで回りが暗くても遊べるようになり

 通信で一緒に遊べるようになり、

 立体表示が出来たり、

 VR世界が構築されたり、、、

 ・・・そっちの未来はどう?

今僕のPCでは4Kでゲームを表示することが出来る。でも、テラリアにしてもキャットクエストにしても、4Kであるメリットを感じる表示では全然無いし、GROW UPのようにポリゴンの固まりのようなゲームでも、

 「ほぼなめらか」だったのが、「よりなめらか」に変わっただけ。

つまり、違いを如実に感じられるほどの進化じゃなくなった。ファミコンがPCエンジンになったり、スーファミがプレステになった頃、PS2からPS3になった頃のような「細かさの実感」は、全く出来てない。

人間の「目」のスペックがハードの進化に追いつけなくなったのか、とも思ったけど、実際は違う。単に、

 そこまで精細な映像を作り上げるコストが無駄だとジャッジされたからだと思う。

ただの静止画であれば、4kの解像度はやっぱりとてつもなく細かい。8kならなおさらだと思うけど、普通の風景写真であっても、

 そのレベルでゲームが出来るのであれば、きっと今の僕でも十分驚嘆し、感動出来るだろうと思う。

でも、現行の最新ハードはフルHDまでしか「標準でカバー」してない。つまり、

 4kが当たり前の世界で作られてない。

だから、無理くり対応しただけの「かりそめの姿」では、やはり精細感の進化は感じづらいかな、と思う。

 PS5とかだと違うのか?

音はもうこれ以上のびしろはないし、ポリゴンやフレームレートもさらに強化するにしても、「コストとの兼ね合い」という壁がある。VRは事実上開発停止状態みたいなもんだし、3DS、立体視を求める声もあんま聞かない。3Dの映画を好んで見たいと言う人も、以前よりは減ってると思う。少なくとも僕はそう。

もちろん、ハードの進化がなくても面白いゲームは作ることが出来ると思う。ゼルダの伝説ブレスオブザワイルドや、テラリアを初めて遊んだ時に感じた衝撃は、たぶんスペック依存のものじゃなかったし、これだけ僕が長期的にハマっているFFBEのシビアでカタルシスの高いボス戦の妙味も、スペックや時代の力というより、作り手と遊び手の需要と供給によるところが大きい気がする。

でもだからと言って、新型のゲーム機が要らないかと言えば、それはやっぱり違う。初めて長男にPSPをあげたときの表情、僕がファミコンを買ってもらって、画面が点いたときの興奮、徹夜でWiiを買いに行った思い出、車の中で、娘と一緒に3DSの起動画面を見たその瞬間の衝撃、、、

 何がどうなれば、「新型」なのか。

携帯機としても据え置き機としても楽しめると言う形は、ゲーム機の究極に一歩近づいてるとは思う。大きくてキレイな画面でも遊べるし、持ち寄って友達と対戦なり協力なりも出来る。でもそれは、「未来と言うより工夫、ひらめきの領域」な気がする。別にゲームボーイであっても、スーファミにアダプターを差してテレビで遊ぶことは出来たわけで、決して「最新の技術」「進化の最先端」って感じじゃない。

たとえば、未来の映像として、

 ホログラムによる立体映像

と言うのが過去いくつかのSF映画に登場してきた。スターウォーズのモンスターチェスもそうだし、腕時計型の端末から立体的な人間がフッと浮かび上がるようなシーンは、何度も目にしてきた気がする。

確かに、「何もない空間に映像が浮かび上がる」のはインパクトがあると思うし、リアルに体験したらそれなりの衝撃は受けると思う。でも、

 重要なのはそこに新しい「面白さ、楽しさ」があるかどうか。

結局3DSの立体視機能は、そこまでじゃなかった気がする。VRも酔いを完全に払拭出来なかったし、結局一人しか味わえないのは枷になる。

 もっと簡単で、もっと健康的で、もっと新しく、コストもそれほど掛からない

そんな研究は、一介の中年が妄想するまでもなく、いろんなゲームメーカーが何百時間何千時間とし続けてるとは思うけど、でもあえて書いてみる。

 こんなゲーム機なら、遊びたいかな、って話を。

・サブモニターがスカウターみたいな形で、異世界への没入感を「高めすぎない」

・オンラインで気軽に気楽に一緒に友達と遊べる

・解像度はドット絵レベルで低くて、リアルである必要はない反面、酔ったりもしない

・豊富なジャンルで、RPGやFPSに特化しない

・モラルレベルが同じくらいのプレイヤーとリンクしやすい

・・・

昔はゲームセンターにあったゲームを家庭に持ち込むことが、新ハードの魅力の根幹にあった。でも今は「追いつきたくなるような目標」がない。それを新たに構築しなきゃならない。僕が思うに、

 キーワードは、「リアル」ではなく「気楽」。

とにかく映画みたいなリアリティを追っかけてゲーム機は進化してきた。でも今はもうその方向ではほぼほぼゴールまでたどり着いてしまってる気がする。次はいかにして簡単に、気楽に、手軽に、わかりやすくしていくか。

スマホがここまで浸透したのは、操作のわかりやすさと、LINEなどのコミュニケーションツールとしての強力すぎる楽しさ。写真や動画も後押ししたと思う。でも、これらには、必ずしも「スゴクキレイな映像」は含まれていない。LINEはテキストベースのやりとりが普通で、スタンプを送るにしても特別高解像度であることが魅力につながってるわけじゃない。

 とにかく簡単じゃなきゃダメ。そして、今のゲーム機は、、、特にネットを介して遊ぼうとすると、「スゲェ面倒」。

カセットを差してさっと遊べるような感じじゃ「全く無い」。ネットサービスで儲けようとしてるからどうしてもそこを「徹底的に簡便化する」ことは難しいのだろうけど、

 未来のゲームはそこが出来てて欲しいと思う。

・・・

 スカウターのような「ハーフVR」モニターを被って、簡単にネットユーザーとコミュニケーションが出来る。キーボードでもマイクでもいいし、ドラクエでもFFでも、フォートナイトでもスーマリでも、その世界からそのまま地続きで遊びに行ける。オンラインの協力プレイって、「自分と同じくらいの民度」の人と遊べるのが一番「楽しさに影響する」気がする。

重厚長大なコンテンツである必要はないはず。発想としては、「タイピングオブザデッド」とか、「バーチャロン」とか、「テラリア」とか、「マリオメーカー」とか、「F-ZERO」「どうぶつの森」「テトリス」「ビートマニア」「バーコードバトラー」「たまごっち」「ポケモン」、、、結局覇アイデアが全てって気もするけど、

 技術は「気楽さとお手軽さ」のために磨かれ、

 アイデアは「新しい楽しさ」のために生み出されて欲しい。

・・・

PSVRはとてつもなくワクワク出来た。でも、その先が惜しかった。気持ち悪くなるし、お手軽じゃないんだよね。共有も協力もできないし。

まぁ、僕が知らないところで、僕がやってないだけで、実はスゴク面白くて楽しいゲームが盛り上がってるのかも知れないんだけどさ。

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