ファイナルファンタジー16~その2~
誰も読んでないと思いつつ、既に書きためていたゼルダネタと、このFF16ネタを、「書いた場合は日に一つずつ」投下することにする。書いてなければ片方だけってこともあるかも知れない。
・・・
評価を★☆に上げる。
急に面白くなってきた、ってこともないのだけど、
ベネディクタがなかなか魅力的だったので。
つってももう、、、だけど。
システム的に大きく違和感があった戦闘シーンも、多少理解が進んだ。
開始時にイージーかハードかを選ばされるのだけど、
※正確にはそんな文言じゃないけど
この選択をハードにしても、装備アイテムで大きく難度を下げることが出来た。具体的には、「回避出来るタイミングで自動的に回避する」「適当に□ボタン連打で最適な攻撃手段を取る」「回復アイテムを自動で使ってくれる」など。
※自動回避は「回避タイミングでスローが掛かって教えてくれる」という物もある
もしかしたらイージーモードの場合、「それらのアイテムを装備しなくてもその効果が発動する」可能性はあるけど、ともかく、それを装備したハードモードも、
それはそれでかなり難度「は」下がったと思う。
と言うか、速攻で装備はしたけど、
※だって持ってるんだから
イマイチ効果がわからず、
※「R1を押せ」みたいなゲージはしょっちゅう表示されてたし、各スキルのところに操作説明は出てたから
毎回タイミング併せて△押してた
でもどうやらその必要は全く無かったらしく、オートアタックを装備してる場合は、ただただ□連打で良かったらしい。
なんで気付いたかと言えば、
いつの間にかポーションが無くなってたから。
使った覚えがないのに無くなってるってことは、オートポーションが発動してたってことか、ってことと、
他のもちゃんと発動してたんだな、と。
ただ、本作の構造上、自由な戦闘が出来ず、「操作を練習するのは実入りのないチュートリアルモードだけ」。
それが著しくタルいので、結果戦闘スキルが磨かれない。
てか、まともにオートを切って「戦いになるのか」全くわからない。「難しすぎる」可能性もあるし、
一体どっちが「楽しい選択」なのかもよくわからない。
ただ、ひとまずオート依存で今はやってる感じ。てか、
スキルの習得もオートで選んでくれる。
※もちろん任意で選ぶことも出来るし、ノーペナルティでリセットも出来る
それで習得したら、戦闘のテンポがかなり上がった。てか、言ってもほとんど経験値稼ぎをしてないので、
これがデフォルトと言えなくもないけど。
ちなみに「ほとんど」と書いたのは、序盤でカメみたいな大型の雑魚を倒した時点で、一度最初のシドの村に戻ったら、
敵や配置アイテムが復活した状態で、またそこまでの道中をプレイすることが出来たから。
つまり、経験値や装備用の素材を集めることが「一応」出来た。
そのルートをゴールまで到達しちゃったら、もう同じところは遊ばせて貰えなくなったけど。
要は、「ミッション中なら最初からやり直せるし、経験値も溜められる」ということらしい。
長押しが絡むものの、デモのカットも出来るし、僅かでも装備の質やアイテムの所持数を稼げるのは心強い。13の時は全然そう言うのあった記憶がない。
グラフィックは相変わらず視認性が低かったけど、開き直って「見つからないものは存在しない」と考えれば、特に気にならなくなった。町にも人は居ないと思えばいい。ただただゴール目指して、前後不覚になったらトルガルに順路を教えて貰うだけ。
ここまで脳死盲導犬ゲーになって果たして楽しいのかは大いに疑問だけど、
視認性が悪く、戦闘がわかりづらく、別段さして楽しくもないのだから、しょうがないかな、と。
ちなみにネットの評判も結構割れているけど、驚くのは、
体験版がピーク
と言う話。ビックリする。
あんなクソパートがピークって、このままどうなってしまうのか。
ただ、感想の中には、「15よりはマシ」って人とか、「最近のFFでは一番イイ」って人もいて、
人種の違いを強く感じたり。
ともかく、話もキャラもスンゲェ暗くて、さらにこのままより暗くなっていきそうな気配濃厚。やめるなら今のウチかもとも思いつつ、
シドは相当かっこいい。
あと、
モブがたくさん居る画面はスゲェと思った。
このクオリティのキャラを画面内に10人とか、PS4時代ではありえないなぁと。
「ストーリーは良い」と褒める論調がとても多く、
そんなのどうでもいい
と、強いて言えば「鬱なストレス展開じゃなきゃいい」くらいの感覚な自分には、
FFに価値観の合う感想を求めることがそもそも間違ってるのかも
とも思った。
ああでも最初からオート切って任意で操作してたらもっと楽しかったんだろうか。ズタボロに死にまくったりしたんだろうか。途中で難度の変更は出来るんだろうか。一番明るくしてこの視認性って、一番暗くして部屋が明るかったら、画面に何か見えるんだろうか。
・・・
「なぜこうしたのか」の理由付けに、「コストが安いから」という返答以外の、例えば「深く考えなかった」とか「なんとなく」と言う返答が返ってきそうなチューンが多い。
マップ画面でフリーカーソルしか使えないこと、セーブの手順、ボタン全般、、、。
その方が遊びやすいとか、気持ちいいとか、わかりやすいと言った「ユーザーフレンドリーな手触り」がとにかく少ない。ゼルダがその辺りかなり極めていた分余計にそう感じるのかも知れないけど、最近遊んでいた仁王やボーダーランズと比べてもストレスフルに感じるのは気のせいじゃないと思う。
セーブ時間は極めて短く、ロードを感じさせる場面も少ない。その快適さは素晴らしいと思うけど、以前ゼルダTOKの海外のレビューにあった、
今の時代にこのグラフィックの質は低すぎる
と言う感想には、
キレイだったら他を犠牲にしていいかのような視点
つまり、行けるところもやれることも操作性も快適さも劣るFFが、ゼルダよりキレイだからと言う点で評価されるようなバランス感覚は、断じて否定したいと思った。
キレイならキレイな方がいい。だがしかし、そのために何を犠牲にしているかが重要だ。
人に寄ってそのさじ加減は全然変わってくるけど、FFが拾い上げた正解は、海外のビッグバジェットタイトルが拾い上げたベクトルに近く、同時に、
ゲームとしての楽しさを二の次にした感性と思える。
ゼルダ(TOK)は、世界に能動的にアプローチすることを強制するゲームであり、それに応えるプレイアビリティ、ビジュアル、バランスを磨き上げたタイトルだった。
FF(16)は、物語を追うことが存在の大半を占めるタイトルであり、それを基軸にして他の要素を、可能な限りコストに見合う範囲で調整した商品、と言う印象だ。
「遊ぶ」ことは必ずしもコンピュータゲームに必須のファクターだとは僕も思ってない。エロゲーの大半にゲーム性は薄いし、昔あったデジタルコミックでも楽しんだ作品はある。
しかし、それはその世界や物語に魅力を感じるならば、という強い注釈が付く。FFはこれまでのファン層からの流れで、16のような展開になることが「許され、認められた」タイトルかも知れない。さらに言えば海外のタイトルにも似たような印象を受けることは少なくない。
だがそれが、「僕にも合う」とは限らない。
・・・
ゲームは映画を追いかけているような側面があった。確かに映画には重く苦しい展開で感動を誘う作品も多かったと思う。
※僕は昔から好きじゃないが
でも今は、マーヴェリックでも主要人物は誰ひとり死なない。ピクサーもドリームワークスも、明るい展開が基軸になってる作品が多いと思う。シリアスなランボーではなく、ジョークの言えるマーク・ウォールバーグやジェイソン・ステイサムがドル箱スターなのだ。
暗く重い作品もあり続けてもいいとは思う。でも、フラッグシップとなる日本のファンタジーRPGの雄なら、もっと爽やかで気持ちの良い、FF5や、8、12のような内容の方が、しっくり気持ちよく楽しめると思った。
あくまで私見だけどさ。
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