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2023年11月11日 (土)

ゲームやってない!!

ゲームをやってないと何か困るのかと言われたら、たぶんそんなに困ることは無い。ただ、こんなに長期間「一切やってない」のは、結構初めてかも知れないというくらいやってない。

PSプラスに再加入すれば、とりあえず何らか遊ぶゲームもあろう。特に2TB分SSDを増設したのだから、

 それをたぶん一切使ってない
※仁王2の時にも内蔵を使ってる可能性が高い

ならば、例えば前回ガンガン入れては消していたタイトルを、改めて入れても良い。てか、

 仁王2、結構ジレンマ。

内容的には相当面白いと思う。ビルドと遊び方を間違ってしまったから、しっくり行ってないだけで。でもリビルドする勇気が出ない。つまりモチベが上がらない。これをやるくらいなら、仁王1を最初からやり直したいと思うほど。でもそれだとサブスク代が掛かるし、、、。

なんならSteamのダークソウル1の続きをやってもいいと思うし、たまにはブラッドボーンに手を出しても良い。あの時より苦しむ可能性もあるけど、それなら別に続けなきゃいいだけだし。

昨日はインスタ広告から、極々シンプルなパズルゲームをインストール。

 最序盤にそのパズルを2面ほどクリアしたら、あとはなんか全く別の作業ゲーに。

スタミナが無くなるまでつい惰性でやってしまったが、軽く後悔しつつデリート。命を捨ててしまった、、、。猛省。

ドラクエ11でもいいけど、10オフラインの続きをやってもいい。てか、前回の続きでまともに遊べるのか怪しさは残るけど、とりま最近あんまお金使ってないと思うし。

昔の話になるけど、

・ネバーランドのアクションRPG

・サンドロットのEDFやレギンレイヴ

・ドラクエ、FF、ゼルダ、ポケモン、ディアブロと言うビッグタイトル

それ以外でも、シューティングをのべつまくなし買っていた時期もあるし、新しいニオイのするゲームに飢えていた頃も懐かしい。

 ゲームを「楽しい」と思って遊んでいた。間違いなく。

てか実際ゼルダのTOKも、仁王1も相当楽しんだはずだし、ブレイブエクスヴィアスだって初期の頃は純度100%でハマっていた。

 でも永遠じゃない。

前のめりになってポケモンスクランブルに震えていた頃、ドキドキしながらエストポリス伝記IIのグルベリックの下層へと降りて行った時、PSOでフロシューやゴッドバトルを手に入れた瞬間の感動、永遠に忘れ得ぬイシターの復活裏面発見の瞬間、、、。

 てかイシターとか今遊んでも楽しいんじゃないのか?

おもむろに調べたら、プレステ版が「PS1」だったので、一応はPS2で動く。他は838円でスイッチのアーケードアーカイブスに。あと837円でPS4のアーケードアーカイブスにもある。たぶんPS4で動くならPS5でも動きそう。この価格なら、

 一晩楽しめれば元は取れるとも思う。

セーブとか多少家庭用にローカライズしてて欲しいとは思うけど。

てか、ホント昔のゲームでも今何となく遊べたらいいなと思うものは少なくない。前述のレギンレイヴやエストポリス伝記II、ポケモンスクランブルもそうだし、PC88時代のゲームが時々無性に遊びたくなることもある。「未来」とか「ASH」とか。
※同じソフトメーカーだけど、どちらもウィキペに掛からないレベルのマイナーソフト。アッシュは、「エナジー」という名前でPCエンジンでリリースされた。調べたら「ザインソフト」というメーカーだった

そう言えば先日ふと頭に浮かんだメロディがあって、それが何のテーマなのかしばし熟考。そしてそれが、

 PC88版ザナドゥのテーマだとわかって、凄くスッキリした。

懐古主義は見苦しいという見方もあるかとは思うけど、昔楽しんだものを今また楽しみたいと思うことはおかしなことではない。どうがんばっても遊びようがないタイトルも少なくないけど、がんばれば何とかなるものも、
※今回のイシターのように
きっとある。

てかこういう時残念に思うのは、一緒に楽しめる友人が居ないこと。というか、学生時代やひとり暮らしをしていた頃なら、普通に遊んでくれる連中が居たし、子供が小さい頃もまたしかりだったのだけど、例えば当時の友達が今仮に居たとしても、たぶんそいつらはもうゲームを遊んだり、プラモを作ったりはしてないと思う。そしてもしゲームを今でも遊んで居たとしても、きっともう僕の生活圏には住んでない。

ネットで知り合いを広げ、インスタを中心に「友達」と呼べるような人を増やしても、いざ直接会って遊ぶのは非常にハードルが高い。例えば僕が住んでいるのが東京都心であればまだその可能性を高めることは出来たかも知れないけど、

 この環境ではなかなか難しいのが本音だ。

モンハンのようにオンラインでボイスチャットしながら遊ぶなら、まだコミュニケの濃度は上がったかも知れないけど、とどのつまりそれは「ゲーム友達ではなく、モンハン友達」であって、いろんなゲームで楽しさを共感共有出来るわけではない。

歳を取るとゲームとかしなくなる、例えばアウトドア系のキャンプや釣りが「生涯の趣味」になる人も多いと思うけど、そう言うのは、割と「ひとりでも純度高めで楽しめるから」と言う気もする。

ゲームもそもそもは、「遊びは友達と」だった時代に「ひとりでも」を可能にしたことで大ブレイクした。これはたぶん僕の子供達はピンと来ないかも知れないところだけど、コンピュータゲームが出て来る直前の遊びは、

・かくれんぼや缶蹴り

・トランプやドンジャラ

・野球版や人生ゲーム

その多くが「複数で遊ぶ前提」だったのだ。そんな中でほぼ唯一「ひとりでも遊べた」のが、「ポケットメイト」と呼ばれる、大きさで言えば3DSくらいの大きさの、プラスチックで出来た「細かな部品が無くならないミニゲーム」。
※ケース内で全てが完結する感じ

ただ、時代は流れた。ネットが普及して、クラスメートじゃなくても同じゲームの話で盛り上がれる人を見つけられるようになったし、さらにYoutubeで動画を見るだけで「遊んだ気になれる」人も増えた。

 ゲームは遊ばなくても楽しめるようになった半面、遊ぶことのハードル≒魅力が下がったのかも知れない。

もっとも子供の頃ならコミュニティがガッチリ成立してる分、普通にゲームの話で盛り上がれたりするんだろうけど。

ともかく、歳を重ねることで「ゲームを遊び続ける、楽しみ続けるのが難しくなってきた」のはホントだと思う。別にアニメ、マンガ、映画、デジラマ作りだけでプライベートの時間を埋めることは出来るし、油断するとついインスタをダラダラ見てたりする。

 でもなんだろ、シンプルに物足りなさを感じる。

昔遊んだゲームは、たぶん純度100では楽しめない。かと言って最新作も自分の嗜好とは乖離している。どこかにきっと落としどころがあるのだとは思うけど、それがパッと見つからないもどかしさも同時に感じる。

意表を突いてPSPの煉獄でも始めようかな。

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