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2024年2月14日 (水)

僕とファミコンとの出会い

ファミコンの前には「アドオン5000」という、非常にドットの大きな、カセットタイプのゲームを買って貰った。つっても専用カセットが最初から2つ付いていて、

 他には4本出てるか出てないか

ってレベルのものだったけど。ちなみにファミコン前夜は、「カセットビジョン」「テレビべーダー」あと、名前忘れたけどブロック崩しくらいがテレビを使って遊ぶゲーム機だったと思う。セガのSG1000はファミコンよりあとだったかな?スペック的には、

 ファミコンがとんでもなく突出していた。

それを今の感覚で例えるなら、

 プレステ1の時代にプレステ4が出たくらいの差があったと言っても何ら過言じゃない。

それは言い過ぎだろ、と思うかもだけど、少なくとも、アドオン5000の見た目の解像度は、

 横50ドットくらい。

レースゲームは上から障害物の車が流れてきて、左右に避けるタイプ。自機の大きさは画面5分の1くらいだったと思うので、「横幅10ドット」。「初代マリオが縦横16ドット」だったことを鑑みると、

 どれほど雑な画面だったかわかる。色はたぶん8色。あ、1キャラあたり8色じゃないよ?画面全部で8色までとか。自機?当然単色だわ。

てか、横幅がホントに50ドットだったとしたら、「マリオが4体並んでいっぱい」なレベル。そう考えると、ホントに「凄い昔」という感じ。

そして、、、

 友達の家で初めてロードランナーを見たときの衝撃が凄かった!

その頃の「コンピューターの映像」と言えば、1982年にトロンが公開され、同年には「PC6001」を題材にしたすがやみつる先生の「こんにちはマイコン」が小学館マンガ賞を取っている。

1980年、僕が10歳の頃、少年マガジンの懸賞で、アップルIIとミステリーハウスという線で描かれたアドベンチャーゲームのプレゼントが載っていて、「とんでもない未来がすぐソコまで来ている!」と興奮したのを覚えている。

カセットビジョンは1981年。これも、アドオンほどじゃないけどかなり低い「75×60」ドット。それでもカセットは結構出てて、おもちゃ屋の店頭試遊台にワクワクして並んだのも懐かしい。

 そんな状況で見たロードランナー。

ちなみに、ゼビウスがゲーセンに登場したのが1983年。ミヤホンさんの処女作ドンキーコングは1981年。

僕はドンキーコングの頃に小5。特に学校がゲームセンター、ゲームコーナーへの出入りを禁止していたこともあって、その頃のゲーセンゲームはほとんど記憶になかったのだけど、

 逆にそれがファミコンロードランナーの衝撃をブーストした。

パックマンやギャラガでほぼほぼゲーセンゲームの記憶は凍結していた。ミサイルコマンド、クイックス、アルペンスキー、ペイントローラー、、、おじさんに連れて行って貰った想い出。あとは、お祭りの夜、スーパーのゲームコーナーでルパン三世をやっていて先生にガツっと肩を掴まれた。トランキライザーガンあたりは、キャラの色が単色だった。

 それが家庭用なのに、キャラに3色!ドットも相当細かい!音楽もビープ音じゃない!!

こういうのを「心を奪われる」というのだろうと思った。てか、今思えばそれがロードランナーであったことが大きかったとも思う。スカイデストロイヤーやバイナリィランドでは、そこまでの衝撃は無かっただろう。

ロードランナーは、もともとは海外のゲームだった。しかし、ローカライズのハドソンのセンスが素晴らしかった。ファミコンの仕様の中でコンストラクション(エディット)を織り込み、キャラはかわいく、プレイフィールもアニメパターンもとてもキャッチーで、後日オリジナルを遊んで、

 これでは愛せなかっただろうな

とシミジミ思ったほど。そのくらい当時からハドソンの技術力とセンスは突出していて、

 技術のハドソン

と言う言葉がホントにあったほどなのだ。

その日からはもう寝ても覚めてもファミコンが欲しくてしょうがない。どうやって買って貰おうか。いつ買って貰おうか。もし買って貰うとしたらカセットはなにがいいだろう、、、

 そしてついにその日がやってくる。

 1984年12月24日。クリスマスプレゼントだ!

当時既にサンタが両親であることはわかっていた。出来たら2本買って貰いたいところ。何とか言いくるめて妹と1本ずつ
※でもソフトは僕が選ぶ。ちなみに後日妹はマッピーを買ってもらったりもした

選んだソフトは、

 エキサイトバイクとゼビウス。

これがゲームマニアとしての僕のセカンドバースデイだったと思う。
※それまでも親戚のおじさんや、家族旅行のホテルで遊んだりはしてた

最初に「ファミコンが無かったから」とセガのSG1000を買って貰った「不幸な人」も日本中にはたくさん居たはずだ。今思えば、僕の家の3件隣にあったおもちゃ屋さんが同じ町内で、付き合いも深かったことが、「融通」を付けて貰えるきっかけとなったかも知れない。

 エキサイトバイクとゼビウスは、まさに出会いとしては最強&最高だった!

おもちゃ屋のおじさんに接続して貰うために家に来て貰ったとき、お袋が、

 もう布団敷いてあるのに!最初から言っといてよね!

とプンスカ怒っていたのも笑顔でスルーしてた。よく覚えている。そんなことで「今日」を先送り出来るわけもない。

 贈り主の機嫌を損ねちゃダメなので、平謝りしつつニヤニヤしてたけど!

エキサイトバイクは、エディットもあるしタイムアタックもある。対戦も出来るし、グラフィック的にも当時4500円のファミコンソフトが当たり前の時代に5500円と1000円高い内容に見合うレベルだったし、

 ゼビウスは押しも押されぬシューティングの超ヒットタイトル。

縦画面が横画面になるとか、ナスカの地上絵がないとか、些末極まりない。確かに見比べればグラフィックは劣るものの、

 ザッパーでトーロイドを倒した時のキラキラした効果音たるや、、、

 ウチに未来が来た!

と思ったもんなのだ。ホントに。

・・・ファミコンが売れたのは、低価格で高性能、さらにその内容(ソフト)が素晴らしかったと言う「3つの強み」があったからだ。当時はまだ見た目の進化や進歩がわかりやすく、それゆえのインパクトも大きかった。PS4とPS5でパッと見違いがわからない、何て事もない。

 激動の入り口が、僕に凄まじい衝撃を与えたのは紛れもない事実であり、逃れようのない呪縛の始まりだったのだ。

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