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2026年2月 1日 (日)

記憶媒体の話

今日も今日とて「劇場版パトレイバー」を見ていたら、序盤で遊馬が「HOSのマスターディスク」として取り出したメディアに引っかかった。

ケースに入ってる光学ディスク。

 そう言えばそんな規格もあったなぁ。

CD-ROMだったのか、DVD-ROMだったのかも忘れた、、、DVD-Rだったかなぁ。ウチのPCでも読めたメディアだった気がする。

黎明期はとかくいろんな規格が乱立したりするものだけど、ケース入りのメディアは、結局コストが高くなることや、読み込み側に「ケースから出して読み込む」ステップが入る分、こちらも故障やコスト増の原因になったのかな、と。もちろんディスクに傷は付きにくいし、元からケース状態なら、裸のディスクよりは管理もしやすい。特に引き出しに入れてる場合、「ケースの厚み」がある分、上から何のディスクかを見つけやすい。
※中身を天面にプリントするなり書くなり

記憶媒体というのは、遙か文明の黎明期から、紆余曲折を経て今に繋がっている。石版とかヒエログリフ?これも石版か。いわゆる植物由来の紙の前には羊皮紙とかがあった気もするけど、実物を見たことはない。自分が生まれた頃にはもう「普通の紙」だった。

でも、思えば僕の子供の頃の記憶媒体は、「全て紙だった」気がする。小学校の高学年くらいで「PC6001」というパソコンの存在が登場する。あ、考えてみたら「音楽に関しては」蓄音機とかオルゴールのようなもので記録されていたから、

 そんな最初期のパソコンがカセットテープにデータを記録し始めたのは、ある意味必然みたいなことだったのかも知れない。

友達の家で「フロントライン」を遊ぶのに、カセットからデータを転送するのに何分も掛かった気がする。あいつはまだ元気なんだろうか。てかカセットテープデータって何分テープでどのくらいの容量だったんだろ。
→15分で32KBだったらしい。ちなみにスーマリは40KBほどらしいので、ある意味同程度か。てかスーマリスゲェな

カセットでのデータのやりとり時代は、そんな「薄い接点」しかなかったのだけど、高校の合格祝いでパソコンPC8801FRを買って貰い、「5インチフロッピー」がメインの記録媒体となる。つってもプログラムとかやってたわけじゃないし、

 そもそもゲーム目的のパソコンに「個人的な記録をする」という概念は無かった。

セーブデータは保存出来るけど、例えばこういう文章や写真、もちろん「パソコンに動画を保存する」なんてことは、まだまだ遙か未来の話。てか、一番最初に「個人的なもの」を保存したのは、前述の88で桂正和の絵をペイント系ツールで模写していた頃。

 つっても当時は、タブレットどころかマウスすら無い時代。

テンキーを動かして「点(ドット)」を塗っていく、何とも時間の掛かる話。我ながらめちゃイイ感じだったのだけど、

 頭を含む半身を描いた(打った)時点で疲れて投げちゃった。

あれはまだ自宅の倉庫部屋にまだ残ってるんだろうか。

ちなみに、「デジタルデータとして何かを作る」という文化は、ファミコンのロードランナーでコンストラクション、つまり「マップエディット」が最初だった。方眼紙に書いたマップを学校に持って行き、友達にクリア出来るか遊ばせる。

 全部クリアされちゃったけど楽しかったな~!

・・・

次に(僕の中の)時代が動いたのは、ひとり暮らし開始時に、これまた「アンタが大学行くために貯めてたお金、あげるわ」と、当時最強スペックだったPC9821APと、HDDやメモリ、MOを買って貰った。

 ある意味これで僕の人生は大きく変わった気がする。

初めてのパソコン通信=ニフティサーブや、3.5インチ1.44MBのフロッピーディスク、HDDは320GBだったか。MOは、まだ書き込み可能な個人向け光学メディアが出て来る前の、光学メディア記録媒体。1枚128MBで、後に倍の容量のものも出たと記憶している。ちなみにCDは640MBほどなので、それと比べるとかなり少なくは見えるけど、
フロッピー100枚弱を1枚に収められるのはスゲェ強力で、当時のパソコンゲームが、

 フロッピーディスク10枚組

とかだったことを鑑みると、これはこれで確かな魅力はあった。

余談だけど、音楽業界でも「MD」や「DAT」なんてものが一陣の風のように通り過ぎた時代があったけど、そっちは結局全然触れなかったな~。

さらに余談だけど、なぜ「フロッピー」ディスクなのか、ふと思って調べたら、「フニャフニャして柔らかい」と言う意味らしい。H(ハード=堅い)DDと対になると言えば聞こえは良いけど、HDDが出る随分前からFDDは出ていたわけで、微妙に「対になるは後付けなのでは」とは思ったり。

閑話休題

ファミコンディスクの規格は、いわゆる3.5インチとは別で、容量も小さかった気がするけど、当時マジコンでカセットからデータをコピーすることが出来る、みたいな触れ込みもあって、(僕は手を出さなかったけど。近所で売ってなかったし)一気に市場から(任天堂に)(市販ディスクは)駆逐された。

パソコンでは、HDDとは別にメモリーカードみたいな「コンパクトフラッシュ」という規格が、僕の中でぼんやりと記憶している。てか、

 みんなが一番最初に買ったUSBメモリってどのくらいのサイズだった?

そもそも、SDカードとUSBメモリって、どちらも似たような仕組みだと思ってたけど、ぶっちゃけ全然わからない。とりあえずゲーム機で言えば、カセット内のSRAMに保存していたのが、本体側に保存し始めたのが初代プレステのメモリーカード。独自規格で、「不揮発性メモリ」という単語を知った。よくわからないけど、電気的な消耗なしで、データを保存し続けられる代わりに、読み書きが遅い印象が強かった。ただ、電気的なものでないこともあって、特にデータが消えたりした経験、壊れた経験もなかった。

同じようにドリームキャストにもそうしたメモリーユニットが実装されたけど、
※ビジュアルメモリという名称で、液晶や操作用のボタンも付いてた

 とにかく抜き差しがしにくくて、それが最悪に記憶に刻まれた。

容量はどのくらいだったんだろ。全然覚えてない。そう言えばPCエンジンにも「天の声」という外部メモリーがあったし、ネオジオにもゲーセンの続きを保存出来るカードの規格があったけど、この頃はまだ汎用メモリではなく、例えばジョイスティックみたいな「周辺機器の一端」って感じだった。

そこからグッと一般寄りになったのは、WiiのSDカード、PSPのメモリースティック辺り。メモリースティックも、今思えばSONY機器でしか使えないし、妙に割高だった印象も強いから、言ってしまえば「それまでの周辺機器の延長」って感じだった。

たぶんそれほどタイミングが違わない頃にスマートフォンとか携帯電話の進化が顕著になって、メモリーを保存するマイクロSDカードみたいなものが急速に発展普及していく。現状ではあの小さなメディアに「2TB」ものデータが保存出来るらしく、将来的には128TBも保存可能になるのだとか。

 映画「ジュブナイル」で語られた未来(と言っても2026年現在からは過去となる2020年)には、「1000TBディスク」という2cm四方ほどの小さな光学メディアが登場する。
僕はこの描写が大好きで、しっかり鮮明に記憶しているのだけど、

 時代は光学メディアではなく、フラッシュメモリという不揮発性メモリのベクトルを伸ばしたのだなぁと。

ちなみに、光学メディアは、MO→CDROM→DVDROM→ブルーレイで、50GBほどが保存出来るところまで来ている。でも、現実世界では、ブルーレイと前後してネットワークを介したデータ通信が主力に代わり、これ以上大きなメディアを、安価で提供する意味は薄れたように思う。ぶっちゃけ「雑誌の付録にUSBメモリを付ける」みたいなことがあっても不思議じゃなくなったもんな。
※データのやりとりも、CDは読めないけどUSBメモリは読めるPCが多くなったから、近い将来ディスクメディアは完全に淘汰されてしまう可能性もありそう

そもそもの話として、「記憶媒体」がなぜ必要なのかって話。こうしてテキストを打って、「保存」する。その先はHDDであり、バックアップはUSBメモリ。どちらも大量のデータを保存可能で、読み書きもストレスのない速度で出来る。

HDDは、24TBくらいのものまで発売されていて、それだけあればテレビの録画も2000時間とか出来ちゃうと思う。
※もっとかも

「録画したビデオを誰かに借りる」ことは出来なくなったけど、見逃した番組の多くは、配信で見ることが出来たりする。当時「エロビデオを見るために普及した」とさえ言われるVHSビデオデッキも、今は何の苦もなく配信やエロサイトで賄える。

 パソコンでなければ出来なかったことはどんどん少なくなっていくし、CDやDVDなどのメディアにする必要性も希薄になっている

昔スティーブジョブズが「Next」というパソコンに「1GBの超大容量HDDを搭載」というニュースに心を躍らせた。確かに大容量の記憶装置は今なお更新を続け、ある意味メインストリームの一翼ではあるけど、

 人間が摂取出来る映像データには上限があるとも思う。

ぶっちゃけ、DVD画質とフルHD画質、4K画質を、「どこまで求めるニーズがあるのか」と思う。

もちろんDVD画質や、それ以前のVHS時代のリマスターされてない動画は荒い。でも、★これ重要ね!

 VHS時代の動画や映画が、今の最先端のモノより、すべからく劣っているわけじゃない。

例えば、4Kで見たい映画があるとする。そしてそれが4Kでは見られなかったら、その映画は「見たくなくなるのか」と言えば、大抵の場合はNOであろう。「4Kで見られるなら」という注釈が入るはずだ。

もちろんアップスキャンコンバータや、リマスターで、昔の画質が大きく向上して摂取できるようになる未来は「求められるし、実現している」。でも、

 だからそれは永遠に高画質化されていくかと言えば、たぶんそんなことはない。

僕は8Kの映像を見たことがないけど、フルHDが4Kになったとき、

 壁紙以外で違いを感じたことは、ぶっちゃけ無かったし、今もゲームで違いを感じることはない。

「これは4Kで出力されているのか?」という疑問には、設定メニューから解像度をチェックしなければわからないのだ。

 そのさらに先の8Kなど、考えるまでもない。

確かに静止画においては高画質である意味はあるとは思う。でもだがしかし、

 10インチにも満たない小さなスマホ画面が、「大多数の文明人にとって重要で親しみがある大きさ」だ※断言。

よくデジカメで数百万数千万ピクセルって話が出るけど、そんなの「あのカメラに付いてる小さな画面では確認のしようがないし、一体どれほどの人がB全判とかにプリントアウトするのか」と思ってしまう。

もちろんエフェクトとか効果とか、被写界深度とか顔検知とか、いろんなアプローチで「進化の可能性」は模索されていくとは思うけど、

 コンピュータゲームの解像度や、使用可能な色数などと同様に、ストレージサイズや、通信速度、テレビモニターの解像度もまた、そろそろ「進化の終着点」に差し掛かってる気がしたわ。

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