大阪仕入れにて
いつもはそこまでではないのだけど、今回たまたま何度か「軽い接触」があった。手が触れたとか、軽くぶつかるとか。
そう言う時僕は反射的に「失敬」とか「失礼しました」というのだけど、たぶん合計7回くらい「失礼」と言ったのに対し、「こちらこそ」と言われたのは、
わずか一回だけ。
それも仕入れ先の同業者。つまり、一般人からは一度も言われなかった。
もちろん状況次第では「こちらだけが悪い」こともある。今日の接触の中でもソレはあったかも知れない。でもそうじゃないものもあったと思うし、もっと言えば「言うほどのことじゃない」と思われた可能性あるし、さらに言えば「ぶつかったことに気付いてない」って事もあり得る。つまりはその程度の軽い接触だったからだ。
モラルやマナーというのは、その人のそれまでの人生を映す。「育ちが悪い」と言われるのは、つまりはそう言うことだ。
しかし、本当に育ちがいい人間がお金持ちになるわけでもなければ、僕より良い暮らしをしている人がみんな礼儀正しいわけじゃない。
何を見て何を感じ、どう行動するか。
僕がまだ20代の頃、仕入れで朝早くに問屋さんの入り口で並んでいた時のこと。
ひとりの同業者が、近くにあったほうきとちりとりを持って、その問屋の店頭を掃き掃除し始めた。
年の頃は僕より少し上、たぶん32歳くらいだと思う。
※僕はたぶん28歳くらいだったと思う
この話は、以前ブログに書いたこともあるのだけど、その当時どう書いたのかはわからない。ただ、今それを振り返って思うのは、
僕は彼が羨ましかったんだと思う。
そう言う誰にも見られてない、誰にも感謝されない社会奉仕。一緒に並んでいた商友が、「公共道徳心◎やねぇ」と言った。ともすれば「いいかっこしてんじゃねぇよ」とも受け取れなくもない物言いだけど、商友もまた人柄的に悪質な人ではなく、ただ素直に感心していたのだと思う。
僕がその時感じたのは、「僕には出来ない、、、」という敗北感。
僕は効率重視の勝敗重視な面が結構強い。だから、誰にも感謝されない、「メリットの有無」でそれを見てしまったのだと思う。でも、
違うのだ。
誰にも感謝されず、見られてもいない善行を積むのは、誰かのためという意識でやってるわけじゃないのだ。
やりたいからやってる。
つまり彼は、「大谷翔平がゴミを拾うようなもの」だったのだ。
20年か30年も前の話。下手したら大谷が生まれる前の話だ。
たぶんこれからも僕は謝ると思う。それは僕がそうしたいからするだけで、見返りを期待しない。「言われないな」とは思うだろうけど、「だからムカつく」とは思わない。なぜなら僕は彼、彼女らより、
人間として上にいると思えるから。
・・・
しかし、である。一方で僕が人としてかなり底辺に落ちたかも知れないという出来事もあった。同じ日の話である。
名鉄で名古屋駅から最寄りの駅へ帰るために、ホームで並んでいた時のこと。
2列に整列して、僕は前から3番目だったのだけど、ちょうど僕がまさに乗るというタイミングで、
横から赤い服を着た外国女性と思しき二人組が横入りしてきた。
直前まで近くに居たわけでもなく、当然前に並んでいる人の友人という風でもない。僕の後ろには10人くらいが並んでいて、
瞬間あっけにとられた、、、が、
すぐさま我に返り、
グッと手を伸ばし、彼女たちの前に、やや押し戻すように僕が先に乗り込んだ。
てか、一番最初に並んでいた人も、ドアの前にかなり広めにスペースを空けていて、「乗る気ねぇのかよ」と僕は思ったほど。
ちなみに名鉄名古屋駅に詳しい人ならわかると思うけど、ホームは両側からドアが開く。降車側、つまり反対側が開いてしばらくすると乗車側が開く。
乗車側から降りる人は「極めて稀」で、さらに言えばドアが開く前に「降りますよ」とドアの前でアピールして「いたのなら」、スペースを空けてその人が問題なく降りられるように配慮するのは「アリ」だと思う。
しかし、
横入りの外人を乗り込ませるためにスペースを空ける必要は断じて無いと思う。
「断じて」である。「なるべくなら」とか「出来たら」とかではない。
断じて許さない。
僕は半ば僕の前に並んで居た二人にぶつかるようにして乗車した。決して順番を違えて乗りたかったわけではないが、それ以上に横入りされるのが「絶対に嫌」だったからだ。
僕は無事座ることが出来、僕の直後に乗車したであろう外人女性二人組は、座席のクッションがやや悪い折りたたみタイプの入り口の際にあるイスに座った。もちろんそれより後に乗ってきた多くの人は「座れても居ない」。
僕はこの件に関して、当初大きくいら立ちをを覚えた。しかし、よくよく自分の状況や感情を整理すると、
僕は誰にも横入りはされてない。
僕の前の人が仮に僕と同じ状況で横入りを許した場合、僕の矛先は外人だけでなく、正面に無難に並んでいた人にも及ぶだろう。いや、間違いなく及ぶ。
アンタのせいで僕まで横入りを享受させられた
と思う。でも僕はそれを許さなかった。あとは僕の後ろの人間も僕と同じように拒絶してくれて、最終的に外人二人が座れないどころか「乗り込むことすら出来ない」のが僕の中の理想だったが、
たぶん僕のすぐ後ろの人が横入りを許しただろう。
僕は、直接の被害を回避することに成功したのだ。
・・・しかし、
第三者から見たら、たぶん悪役は僕だ。
外人女性は体勢を崩すように押し戻されたし、同時に僕は前の人を「押しのけているように」前の人には見えてしまった可能性がある。そんなつもりはなくとも、そう見えたのならそれはもうそう言うことなのだ。
たぶん僕の後ろに並んでいた人も、「そこまでしなくてもいいのに」と思っただろう。ただの想像だけど、そんな些細なことで、と考える人の方が多い気がする。
スゲェする。
でも僕には全く些細なことではない。何なら、
「横入りするんじゃねぇよ!」
と首根っこ掴んで突き飛ばしたいレベルだったし、「そうしたらさらに僕の悪役度は上がっただろう」ことに疑いの余地はない。グッと堪えて、
自分の被害だけを抑える選択をした。
ほんの一瞬の間に。
今僕の気持ちはとても爽快だ。だが、その場に居合わせた外人二人組を含む全員が、「なんかもやもやする」と思っていた気がする。てか、前の人を押しのけるように乗り込んだのが良くなかったけど、
モタモタしてんじゃねぇよ!!
って感じだったからな。ぶっちゃけ。いい人気取って「悪意のない悪行」を許すような人間じゃない。断じて。
・・・
降車時も、ドアの前に丸々ひとり分以上のスペースを空けて「並んでるのかわからないような感じで」数人が立っていた。ドアが開いた瞬間に動かなかったので、僕は前の女性を避けて前に出ようとしたら、
動き出した。
遅せぇよ!てか、降りる意思を明確にしてくれよ。
でもたぶん僕が悪者。「そんなに急ぐ必要ねぇだろ」と周りの全員が思っていたと思う。全員は言い過ぎでも、過半数はそう思っていたと思う。
僕にはわかるのだ。
そして、
僕は絶対にそんなことはしない。
僕が一番前に立っていて、僕が降りるのが遅かったら、僕の判断によって、僕の後ろの人間全ての時間を僕が奪っていることと同義だからだ。
他人の命を、僕が浪費していいわけがない。
この考え方の正否、善悪は聞きたくないし、聞いたところで何も変わらない。僕は僕の正義を貫かせて貰う。死ぬまでずっと。
ちなみに、もし横入りしようとしてきたのが巨漢の外人レスラーみたいな人だったら、たぶん大きな声で「駅員さん、横入りしようとしてる人がいます!」と叫んだと思う。
ホーム全体が震撼するほど大きな声で。
それによって僕が悪役になろうと、罵倒されようと、そんなことは問題じゃない。僕の正義は僕が貫かなければ、誰にも守っては貰えないのだから。
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