スレッズかインスタでちょっとその話になった。ホントはその人へのコメントで書きたかったことだけど、文字数制限に引っかかりそうだし、誰も読まなそうなのでこっちに書く。
もちろんこっちでも誰も読まないだろうが、何も問題はない。
あと、以前同じ話を書いた気もする。凄くする。でも書きたくなったんだからしょうがない。ちなみに、概ねうろ覚えで「調べずに書く」ので、間違いは大いにあると思う。
●本放送
当時必要十分にアニメ特撮大好きマンだったので、当然のように見ていた、、と思うのだけど、実は全く覚えてない。ただ、2軒隣で今も付き合いのあるnori君が、僕の家で一緒に見たと明言しているので、たぶん間違いはない。
記憶にはないものの、二人で「かなり凄そう!」と盛り上がったらしい。
セールス的には芳しくなく、43話で打ち切りとなったテレビシリーズだけど、作画の安彦良和先生や、特徴的なザクのデザインは、本放送当時から決して悪い印象じゃなかった。
また、最初期に発売されたガンダム、シャアザクのプラモデルも買って貰って、実質的な前ブームであるヤマトよりも印象が良かった気がする。個人的には、足首が動かない1/144のシャアザクより、股関節が動かない1/100ガンダムの方が、「ひどい」と思った笑。
本放送末期頃の発売だったかなぁ。
●ガンプラブーム
一番強く記憶に残ってるのは、
・1/144 ゴッグ
友達が見せてくれた箱の輝きたるや筆舌に尽くしがたく、「ど、ど、どうやって買ったの!?」との答えが、
1000円札を店長に見えるように持って、「ゴッグ無いですか?どうしても欲しいんだけど!」と熱量高めに言うと、奥から出してくれる
これが僕が生まれて始めて「コネで買うこと」を学んだ瞬間だった。ゴッグの発売は1981年5月※これは調べた。僕がまだ小5の頃だ。
実際この通りにやって買えて、以降店長との繋がりはどんどん強くなっていく。
他のエピソードでは、僕より先に手に取った人が迷っていて、「どうしようかな~」とこれ見よがしに僕に見せてきて、「買わないなら僕に!!」と懇願しつつ、結局回してくれなくて絶望。あまりにも酷く落ち込んでたら、
「○○くん(僕の名前)、あとで(笑)」
と耳打ちしてくれて、無事買う事が出来た。ちなみに1/144Gアーマー。賛否あるデザインだけど、僕的にはめちゃくちゃ好き!あれは地味に中のガンダムも別金型で、上下のパーツが分割されてたんだよな。
・1/144 ガンダム
子供の頃のガンダムと言えば、何と言ってもあの顔の塗装の難しさだ。細かくて、まだ当時は「塗装するための道具」とかも進化の入口。筆も太ければテクニックも拙い。というか、
みんな同じスタートラインだった。
でも、友達のひとり、まさに僕にゴッグの買い方を教えてくれた「ハル君」が、
完全に顔が塗られたガンダムを見せてくれた!
この時の衝撃は今も忘れない。てか、今でこそいろんな方の凄い作品を見ることが出来るけど、当時小学3年?4年?頃の平均的な小学生のスキルでは、
78の顔は不可侵領域だったと思う。
チャレンジしたいとすら思わない。「絶対不可能」なレベルだった。
しかし、それを成し得た超人が現れた。思わず僕は、
僕のも塗って!
とお願いしてしまう。今思えば小学4年生、まだまだ子供だった。割とスレていた子供だったと思うけど、この時は純粋にお願いしてしまった。目を輝かせて。
結果、ハル君は快諾。しかし、
どうやら失敗してしまったらしく、「○○君、僕のガンダム欲しい?」と訊いてきた。
「もちろん欲しい!」と言うと、彼はそれを僕にくれた。きっと凄く苦しかったと思う。でも僕はその78を本当に宝物のように思ったし、今でも忘れない最高のガンプラだ。
てか、今思えば、その瞬間こそ悔しくて苦しかっただろうけど、僕ほど彼のその才能をべた褒めした人は居なかったと思うし、彼は彼なりに考えて出した答えだったのだと思う。
失敗した僕の78は、ついぞ見ることは無かったけど。
・年下のガンキャノン
今でこそ彩度を下げた配色も定番のひとつと言われているけど、実際子供の頃にあの渋い色にするという発想はなかなか生まれなかった。
そんな中、僕らの小学校には「プラモデルクラブ」が発足する。一週間の中で1限だけ、クラブ活動として「公にガンプラを学校で作ることが出来る」のだ!色めきだって当然のように入った。
ちなみにそのクラブは、2学年一緒にやっていて、年下の子とも一緒にガンプラを作るという、本当に夢のような時間だった。
僕は既にプラカラーで塗装することを覚えていたので、クラブの中では比較的「上層部」の人間だったと思う。スキル的には今も当時からさして変わりはないのだけど、それでもプラカラーを揃えるにはお金も掛かったし、当時の我が家がそれなりに裕福だったことも追い風になっていた。
そんな中、意気揚々とガンプラを塗る僕の近くにいたイッコしたの男の子が、
ガンキャノンをワインレッドで塗った!
この時のインパクトはメチャクチャ大きかった。年代的には「リアルタイプカラー」のガンプラがリリースされたかされてないかくらいのタイミングだったと思う。そんなことより、
「本来塗れと言われている色とは違う色で塗って、それがかっこいい」などという奇跡が、何よりも強烈だった。
今でこそどう塗ったところで何も問題はないし、むしろナイス個性と言ってもいい。でも当時は、説明書にある調色のバランスで塗料を混ぜ、
※もちろんガンダムカラーを使うことも多かった。ちなみに計量スプーンで混ぜると、本当にその色になって、「スゲェ!」と思ったりもしてた
設定まんまで塗る以外の発想がなかった。
リアルタイプカラーのプラモは、「そのプラモだからその配色」になる。
衝撃的だったわ。
てか、上の方で書いていたハル君の弟、が「ドムをピンクに塗って酷かった」話を聞いていたから余計に、「ワインレッドのガンキャノン」が輝いてみてたんだよな。実際塗装のスキルそのものも上手くてムラがなかったし。
今思えば、弟のピンクドムも、本人は「シャア専用にしたくてピンクにした」のだろうと想像出来る。ただ、シャアピンクにするには「黄色を足さなければならない」という発想がなかったんだろう。
普通のピンクで塗ってしまっては、ドムも立つ瀬がないだろう。
ともかく、この「ガンキャノン事件」によって、僕のガンプラに関する塗装、いや、ガンプラに限らずプラモに対する配色の概念は大きく変貌を遂げることとなり、
・シャア専用プロメウスタイプ※ウォーカーマシン
・黒騎士専用ゴッドガンダム※黒騎士はダンバインのキャラ
・意味もなくナイトブルーに塗ったスコープドッグ
※ナイトブルーはダグラムカラーのソルティックコーチマスペシャルの色。むちゃくちゃいい色で、当時最もたくさん買ったカラー
ぶっちゃけ、普通の色で塗ったキットの方が少ないくらいだったから、その衝撃がどれほど大きかったか、想像に難くない。
・早朝販売
シャッターが開くと同時に「ゲリラのように体を回転させながら」店内に侵入し、目当てのキットをすぐさま奪い合う。そんな光景は、
当時どこのプラモショップでも見られた「当たり前の風景」だったはずだ。
タイミング的には、抱き合わせ販売が始まる前くらいの時期だったと思う。ちなみに抱き合わせに関しては、その懇意にしているおもちゃ屋もやったりはしたけど、ぶっちゃけあまりに不評だったのかすぐに無くなった。ちなみに僕の記憶に残ってるのは、
ガウ、キャラコレ
これが抱き合わせされたガンプラだったので、ある意味煮ても焼いても食えない全く別のプラモを一緒にされるより、良心的だったのかも知れない。何と抱き合わせされてたのかは、全く思い出せない。
あと、この店はずっと「定価の2割引」を貫いていたから、そう言う意味でも良心的だった。ちょっと離れたところにある「サニーランド」では1割引で、
初めて売ってるのを見たゾックを手にとって、しばらーーーく悩んだあと棚に戻した思い出。
ゾックは定価600円だから、1割引の差は60円である。
ちなみに、僕は相当な数のガンプラを買っていたけど、今の今まで、ゾックを作ったことは一度も無い。見かけたことはもちろんあるのだけど、HGシリーズになってからも、
なんか高いよな
と手が引っ込んでしまって、ついぞ作らず買わずで今日になってしまった。ある意味「縁が無かった」ってことなんだろう。
閑話休題
そんな中、そのおもちゃ屋の正面にある文房具店でもガンプラは扱っていて、その店主がたまたま、僕の叔父の麻雀仲間であることもあって、
「○○君、もし欲しいのがあったら取って置いてあげるよ」と言われたりもしていた。
何と言うコネクションか!僕は勇んで、
「エルメス!エルメスが次の木曜に入るかもだから、絶対お願いします!」
と息巻いて頼んだ。エルメスは言うまでもなくララァが乗ったモビルアーマーで、初代のガンプラでもかなり後期になってリリースされた分、クオリティも相当高かったのですが、
※プロポーションとか完璧
勇んでお店に言って店長に話をしたら、
「そんなの入らなかったよ?」
と。えええ!?!!でもあの子持ってるよ!?
「ララァ・スン専用モビルアーマー」
名前が違うーーーー!!!そりゃ責められない。でもショックだったな~。本当に。今と違ってネットで事前にそう言う話が出回る事もないから、最速情報は「模型情報」とか「コミックボンボン」「ホビージャパン」だけ。箱を変えるくらいだからかなり前からそうすることはわかってたと思うけど、
あれほどのショックは無いかも知れない、、、。
・・・
もちろんガンダムの思い出はガンプラだけじゃないけど、まぁきりがいいので今日はここまで。
最近のコメント