アニメ・コミック

2019年12月 9日 (月)

スパイダーマンスパイダーバース

存在を知ったのは、プロメアを見た直後。感想を調べたら、

 スパイダーバースの二番煎じ

 スパイダーバースを見た後では、インパクトも無い

え?そんななの?自分的には超面白かったけど。

当時はまだDVDもリリースされて居らず、見たくても映画も終わってる状態。

 果たしてスパイダーバースとは!?

時が経って、僕がその作品のことをスッキリサッパリ忘れ去った昨夜、「青ブタ」を借りに行ったらまんまと準新作で置いてあったので、当然のように借りてきた。てか、

 言っても期待はしていない。

言っちゃ何だけど、海外アニメ、それもCGではないセル系のアニメは、とにかくキャラクターデザインがバタ臭すぎて、日本人の感性にはそぐわない面があると思うのだ。あれほど話が面白くて大好きな「アイアンジャイアント」ですら、キャラに抵抗感が強くてまた見ようと言う気になれないほど。

 スパイダーバースはどうか。

ちなみに話としては、「複数のパラレルワールドが存在する世界で、それぞれの世界に居るスパイダーマンたちが一堂に会して悪と戦う」みたいな話。この世界のスパイダーマンは始まって早々に死んじゃう。ネタバレだけど、見はじめてすぐの話なので書いちゃった。失敬。

とにかく評判がすこぶる良く、いろんな賞を取っただとか、アトラクションやジェットコースターのようで全く飽きさせないだとか。

 大きなポイントのひとつとして、僕が「プロメアを先に見てる」という点がある気がする。

スパイダーバースを見た人がプロメアを見た感想と、プロメアを見た僕がスパイダーバースを見た感想は、奇しくも同種の既視感に囚われてしまう。

 新鮮じゃない。

CGの使い方に鮮度があるとか、マンガっぽい吹きだしやエフェクトを頻繁に使いまくってるとか、キャラの描写がいちいちオーバーだったりするのも共通してると言ってイイと思うけど、、、、

 インパクトってのは、大きな加点要素だったんだなぁと思った。

そして、先にも書いたように「好み」の部分。

今回の主人公は小柄な黒人の男の子で、正直色恋沙汰に関するモチベーションは「無い」。黒人=カッコ悪いと言うつもりはさらさらないけど、

 カッコ悪いと思ってしまうのは、黒人だろうと白人だろうと同じ。

つまり、僕にとって今回の主人公マイルスは、

 主人公として、どうにも魅力に欠ける子だった。

ヒロインであるグウェン・ステイシーは相当かわいくて、

 どうしてこの子と恋仲にならないのか、、、

ガッカリである。マジで「子供向きにもほどがある」って感じだ。聞けば監督だか脚本だかの人が、「レゴムービー」の関係者だったらしく、

 子供向けに過度な恋愛要素は不要とでも言いたげ

せっかくカワイイ子が出てきても、主人公と恋仲にならないのでは宝の持ち腐れ。絵に描いた餅だ。

 全員が全員、同じ感性価値観で映画を評価するわけじゃない。

全員が全員プロメアを見る前にこれを見てるわけじゃないし、プロメアが大好きな理由が、全て鮮度の高い映像表現「だけに」裏付けされてるわけでもない。

 この映画の何を楽しむのか

 そもそも「スパイダーマン」のどこが好きなのか

 いや、むしろスパイダーマンが好きなのか

振り返ってみれば、僕はそれほどスパイダーマンが好きではないことに気付く。

サム・ライミのの三部作は、とにかく調子に乗るピーターにウンザリしたし、

アメイジング2作は、結構好きだったけど、無駄にグウェンのオヤジが枷を作ってイラっとした。

ホームカミングに至っては主人公があまりに子供っぽい&「マーベルユニバース臭」がキツくて、序盤数分で再生を止めた

別段ゲームが超楽しかった思い出もないし、強いて言えば、

 東映特撮のスパイダーマンは、主題歌もエンディングも好きだけど?

その程度の愛着。てか、「なんだよブタ」って。意味がわからない。タイムボカンシリーズに出てきたブタみたいな風体で、

 今のオッサンが「おお!面白い!」と思うわけもない。

黒いヤツは「ロボット刑事K」みたいでかっこいいかなぁとちょっとだけ思ったけど、ぶっちゃけ作中での活躍はほぼゼロ。女子高生+ロボットもただのオタク狙いにしか見えず、テンションが下がることがあっても上がることがない。グウェンのデザインも「全く溶け込まない」風体で、よくもまぁパーティに忍び込む気になったモンだ。

 一言で言えば、「ひどいルックス」と「最新の映像」で綴った、アメリカンなスパイダーマンアニメ。

面白い、楽しい、凄いと言う感想を抱く人が居ても全く不思議じゃないし、否定もしない。でもだがしかし、だからと言って僕が、

 ★☆(3/10点)付けても、それに文句を言われる筋合いはない。

一番最初の部屋のシーンからテンポが悪くてイラっとして再生を止めようか、早送りしようか迷ったし、終盤は危なく寝そうだった。てかスタッフロールの途中でついに寝オチしちゃったし。

続編も予定されてるそうだけど、そっちは全く見る気がない。てかオヤジさん、ドウェン・ジョンソン指数高すぎ。主人公カッコ悪すぎ。ヒロインとの出会い最悪過ぎ。自分は一度も盛り上がらなかったわ。

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2019年12月 7日 (土)

青春ブタ野郎はゆめみる少女の夢を見ない

 スゲェ良かった!

よかったマジで借りてきて。一瞬「ハードでダークすぎる展開だったらツライから借りるのよそうかな」と思った気持ちを払拭して借りてきて良かった。既に発売から数日経ってて、さらに1本しか置いて無くて、さらにテレビ版の全巻貸し出し中だったけどこれだけ残っていてくれて、

 ホント良かった!

詳しい感想をもちろん書いていくけど、とりあえず一切ネタバレにならないレベルで言うなら、

 コレ、テレビ版の続き、てか最終回だから。

なので、テレビ版を見てない人が見ても全く楽しめないと思うし、完全に見てる前提、見てない人用のレクチャーは一切無く、同時に、

 1時間半の尺が全て最終回として仕上げられている。

1話30分、実質20分強とすれば、スタッフロールを5分として85分はおよそ4話分。テレビ版も相当濃密であったけど、あの密度で「新作4話分」を見られるだけでも相当幸せなことだったけど、

 期待を裏切らない内容に、大 満 足 !!

クリス評価は★★★★☆!。ラブストーリーとタイムパラドックスが好きで、アニメに抵抗がない人なら、テレビ版から通して全部見て欲しい。9点は行きすぎだとしても、それなりに満足してもらえる、、、かな。てか、

 正直「タイムパラドックス映画」としては複雑過ぎる感もある

ので、気楽に楽しむと言うより、本気で向き合う感じにはなるかも。

 それでも本当に面白くて、見てる最中「ああ、終わらないで欲しいなぁ」と何度も思った。てか、スゲェ充実してたから、

 これって、2時間以上尺があったっけ?

とすら思ったけど、見終わってチェックしたら1時間半にも満たない時間だった。

 スゲェ。マジで。一切飛ばしたいとも眠いとも思わなかったし、展開の高密度さにグイグイにのめり込まされた。

 さすがすぎて白旗しかない。

もう一度言うけど、

・テレビ版の続きなので、それを全部見てることが大前提

・ラブストーリー、タイムパラドックス、アニメ

この条件を満たしてないと、たぶん全く楽しめない。逆に言えば、「テレビ版が大好きで、映画版は、大好きだったテレビ版を冒涜するとか、汚すような内容だったらイヤだから及び腰になっちゃうよな」と言うような、

 僕のような人

は、絶対見たことを後悔しない内容だと保証するので、ぜひ借りに行って下さい。もちろん買っても大丈夫。素晴らしい内容です。

てか、一点だけ気に入らないところを言うとするなら、

 「作品終了後に新作案内があります」

と最初にアナウンスされたにも関わらず、終了後に、

 「サラリーマンのリッピングダメCM」が流れたこと

それまでの興が削がれすぎ。ヒドイわ。だったら最初に見せられた方がマシ。余韻が台無し。最悪。つまり、

 スタッフロールが終わった後は特に物語はなくスッと終わるので、そこで再生を止めること!

でないとせっかくの良作が減額されかねない。

◆以下徐々にネタバレ◆

 絶対テレビ版を見てない人は読まないように。まずはテレビ版を見たあと、この映画を見る前でも大丈夫なレベルのネタバレ。

・・・

話は、テレビ版でもちょいちょい出てきたキーパーソンの「牧之原翔子」メインの話。小学生か中学生くらいの翔子ちゃんと、高校生で主人公咲太の先輩になるはずだった翔子さん、その二人の彼女が今回のヒロイン、、、なのだけど、物語は「完全にテレビの続き」になっているので、

・麻衣さんとは恋人同士で、両親や妹との関係も修復済み
・妹は既に「本来の妹」に戻ってる
・双葉や古賀も、テレビの経験を踏まえた関係
・家には2匹のネコが居て、中学生の翔子ちゃんも遊びに来る間柄

これだけ書いても、見てない人には全く通じないであろう「予備知識」がてんこ盛り。でも大丈夫。この映画は元からそんな大それたCMも無かったし、上映された映画館の数もそれほど多くない。

 完全にファン向けというか、「知ってる人向け」なので、自分が「内側に居る」認識の人には、むしろ余計な雑音がなくて、一気に話に入って行ける。テレビで見慣れた背景にちょっとニヤっとしたり、

 あの続きがどうなるのか、ずっと覚えて気になっていた人に、完全に応える形で物語は始まり、そして進んで行く。

作画は、正直「ちょっとキツい?」と思えるところも無くはなかったけど、破綻してるってほどでもなく、音楽も声優も全く問題無し。テレビと監督が同じかどうかわからないけど、

 同じかわからなくても問題無いくらい、テレビ版の良さをキッチリクリアしてくれた。

最近思うことだけど、監督の名前を最初に知っちゃうと、それによって色眼鏡で見ることになるケースがある。例えばスターウォーズの最後のジェダイとか、JJエイブラムスじゃないからって駄作になるとは限らないのに、「ちょっと下に見てしまった上で映画を見始めてしまった」。続編の場合は、知らなくていい。見終わった後、「やっぱり違ってたのか」とか「違ってたとは思えないくらい良かった、むしろこっちの監督のがイイ」という感想を出せばいい。

そんなこんなで、さらに具体的なネタバレに入って行く、、、

◆具体的なネタバレ感想◆

思い出せるままに箇条書きに。

・キスシーンがないのは不満、、、だけどしょうがないのかな~。

・「死んじゃった妹」が出て来なくてよかったけど、だからこそ切なかった。「元の妹」があまりにも普通で、でも物語に深く絡ませない「配慮」がありがたかった。

・麻衣さんがメチャメチャ感情を爆発させてくれて、もうそれだけで見た甲斐があった。

・双葉も凄く良かった。てか、ヒロインでは麻衣さんに次ぐステキさ。双葉ファンも納得の内容。一方国見が薄味だったのが残念。国見ファンはブーイングの内容。

・タイムパラドックス映画としては、複雑過ぎて正直「2割くらいしか理解出来てない」気がする。それでも面白くて上手いと思ったし、何度も見たいと思わせる「手際」を感じた。

・何よりハッピーエンドだったのが素晴らしすぎる。終盤残り時間を確認せずに見ていたので、「前科:妹殺し」があるので、このままバッドエンドなのか!?そうなのかぁ!!!???と言う疑心暗鬼をキレイに払拭してくれて、

 ホントーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーに良かった!!

・(これは本当にネタバレだけど)映画のラストシーンは中学生の翔子ちゃんの笑顔なのだけど、タイトルメニューから起動した際の、メニュー表示前には、「大人の翔子さん」の笑顔から始まる。同じ人物の違う笑顔から始まって終わると言うのは、まことに憎い演出。
※ちなみに最初に再生したときは、そのシーンはなくそのまま物語に入るので、一度見て、さらにそのままメニューを表示しようとしないとこのことには気づけない

・エンディング曲がテレビ版の長尺版だったのもよかったけど、歌ってるのが「翔子ちゃんと翔子さん」なのかと思ったら、ヒロイン全員になってて「ホントかよ?」って思った。ちなみにオープニングは無い。

・キュンキュンするシーン、感動するシーン、切ないシーン、笑えるシーン(少ないけど)など、感情に訴えるシーンがてんこ盛り。素晴らしく気持ちよく翻弄してくれる。

・登場人物、特に咲太の行動や感情の移り変わりに違和感が無く、「オレの知ってる咲太ならそうするだろう」と言うことをキッチリやってくれたのが凄く良かった。「そこはそうじゃねぇだろ」みたいな行動をする主人公の映画の何と多いことか!

・麻衣さんがドナーの映画に出たってエピソードが、ささやかだけどじんわり効いてきて良かった。記憶が錯綜しつつ更新されていくのが本作のキモだと思うので、そのご都合主義に違和感や抵抗感はない。

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とにかく、テレビ版では物足りなかった麻衣さんの咲太への愛情が、これでもかとアピールされていて、かつしっかりハッピーエンドに持っていってくれたことが何より嬉しい。咲太の決断も納得だったし、脇もみんな良かった。テレビ版で「不協和音感」を感じた麻衣さんの母親や、咲太の父親など、「大人」が凄く控えめになっていたのも良かった。

 テレビ版が好きだった人で、この劇場版を見ないって選択肢はない。

そして、

 テレビ版を見たことがない人でも、劇場版まで一気に全部見る価値がある。

そんな映画だったな!いや、ホントによかったよかった!黒歴史はテレビ版の妹だけだわ。てか何とかならなかったんだろうな~。そこだけは思い出すだけで悲しくなるよ。

・・・

返す前にもっかい見た。てかブルーレイ買おうかマジ迷う。一切飛ばさずに最初から最後まで2回目を見るなんて、そうそうあることじゃない。残りの人生は短いのだから、そんな「鮮度の落ちたコンテンツ」に使うのは、ともすれば「もったいないこと」なのかも知れないけど、

 たぶん今の僕に、「2回目の青ブタより有効な使い道」はそんなにはない。

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2019年12月 6日 (金)

きみと、波にのれたら

うーむ。いろいろ予想外。

青ブタを借りにツタヤに行ったら、ケースもなく棚にポップだけ置いてあったので、「これないの?」と訊くと、「明日からです。商品はもうあるんですけどね」。

だったら貸してよ、と軽くダダをこねたが、当然ダメ。問題無い。大人の対応だ。

僕の記憶では、「天気の子」の公開時に当て馬のようにぶつけられた作品があったような、、コレだったような、、、違ったかな?むしろこっちのが話題だったような、、、違ったかな?

 みたいな?

俄然見たくなったけど、明日からのレンタルでは僕が仕事を終えて借りる時間にはもう無いかも知れない。そもそも、どんな映画なのかも全く知らないところからの「借りたい」だったのだけど、、、

 何のことはない、その日僕は休日だった。

ただ、青ブタを2回通り見て、十分な満足感で満ち足りていた僕は、

 面倒だし借りに行かなくてもいいかな?

とも思った。でも、ここでそのまま家から出ないのは、

 負けじゃないか?

歳を取ると、こういう戦いに「負けやすくなる」。今回も負けちゃっていいのか?どうなんだクリス!?

 行こう!借りに行こう!

こういうのは、及び腰になったら負け、及び腰は、楽な道かも知れないけど、楽しい道じゃない。僕は「楽より楽しい」をチョイスする生き方を、出来る限りしていきたいのだ。

 結果、この映画が、自分のイメージする内容と大きく乖離していたとしても。

なんつーか、、、一言で言うと、

 若い子向きのアニメだった。

それも、アニオタではなく、ナウなヤングカップルがバッチグーな印象を抱きそうな、僕らの世代で言えば「私をスキーに連れてって」とか「彼女が水着に着替えたら」みたいな、「ホイチョイプロダクション」なテイスト。

 だって、主題歌がジェネレーションズで、声優もその人。さらにヒロインは川栄李奈。

全然川栄だってわからなかったけど、

 素人臭さは感じた。でも終盤は馴染んできて、悪くなかった。

僕はラブコメ、ラブストーリーが嫌いではない。ただ、

 ラブストーリーなら何でも大好きというわけじゃないのだなぁと言うことを、見て改めて実感した。

「植物図鑑」ですら普通に最後まで見終える「剛の者」である自覚があったが、

 これは相当恥ずかしい映画だった。

とにかくことある事にジェネレーションズの「Brand New Story」を歌いまくる主人公。

 世代じゃないと言えばそれまでだけど、あまりにも馴染みがなさ過ぎる曲を、さも「懐かしの名曲」のように歌われても、、、。

 まさにジェネレーションギャップ!

みんなも考えてみて、自分がメインで歌を聞いていた頃から、随分経って、最近あまり若い子の曲とか聴かなくなった、わからなくなったなぁと思った頃の曲を、「懐かしの曲」と言われる感じ。

 未来なのか過去なのか、どっちなんだよ!?

さらに、作画も思いっきり今風というか、シャレオツというか、ストーリーに関しては、ハヤリの「ラブ×SF」で、「ラブ×タイムパラドックス」ではない感じ。薄味と言えば薄味なSF度で、ともすれば、

 ただの精神病患者なヒロイン

に違和感を禁じ得ず、さらに言えば、終盤の「頭の悪い妹」の行動に、

 悪いけど、カチンと来た。

辻褄合わせ、ご都合主義のために、本来なら絶対やらない行動をキャラクターにさせる感じ?

 それまでも大して高い温度じゃなかったけど、、、具体的に言えばその年の最初のプールの温度くらいの低さだったけど、

 一気に氷点下寒中水泳レベルに冷めたわ。

それまでも大概恥ずかしい展開で、相当キツキツだったけど。

あらすじとしては、

大学生くらいで、ひとり暮らしを始めた昔からサーフィンをしてたヒロインが、火事で消防隊員に助けられ、恋に落ちてハッピー満喫、しかし、、、

みたいな。もう序盤の流れから、「よくないことが起こるオーラ」満タンで、案の定って感じ。そこからのアクロバティックな展開もある意味「ハヤリだもんね」って感じで、さほど感銘もなく、ましてや全編通して歌われるさっき書いた歌が、

 恥ずかしいんですけど、、、

良かったのは、妹が最後手のひらクルリなセリフを口にしたことくらい?

 こんなのが天気の子の対抗馬なわけねぇな、と。ありゃあオレの勘違いだったわ、と。そもそもそんな映画無かったかも知れないな、と。

 ペンギン・ハイウェイのが10倍好きだわ、と。

自分的には「きみと、波にのれたら」の評価は、

 ☆(1/10点)くらい。

てか、そもそも「僕が見ちゃダメな映画」だった。青少年に北斗の拳、幼児にクレヨンしんちゃんを見せたがらない親が居るように、中学生がポルノ映画を観ちゃダメなように、

 49歳のオッサンが見ちゃダメな映画だったわ。

せめて女子じゃなきゃダメ。どうも僕は女子じゃなかったって、見て改めて痛感したわ。

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2019年11月23日 (土)

コブラ

寺沢武一のヤツ。ポケモン発売前、エクスヴィアスもやることがなくなり、あまりにヒマだったのでネットフリックスで動画を漁っていた。

ネットフリックスは、適当な肩書きを付けて、、、例えば「高木さんをマイリストに加えた人向け」みたいなカテゴライズでオススメを提案してくるのだけど、それが横に一巡して、カテゴリーを別のにずっと切り替えていって最後まで行っても、全ての動画を紹介してくれるわけじゃない。ワード検索で個別に検索すれば普通にシレッと見つかるとか、ある作品の「類似作品」とかを選んで表示させたりとか。

 たぶん、本数的にはDTVやamazonビデオよりあると思う。

もっとも、ハリウッド大作みたいなカテゴリーでは、随時リストに入ってるタイトルが移り変わって行くので、ついこないだまであったはず、、みたいなのがサクッと消えてたりはするけどね。てか「いつまで」って表示してくれよ、とも思うけど。

そんな折り、何をキーワードに探したか、もはや覚えてない中から、件の作品が出てきた。「スペースコブラ」はテレビ版のタイトル。「コブラ」は劇場版。一番顕著な違いは、テレビ版は野沢那智がコブラで、劇場版は松崎しげる。
※ちなみにPCエンジンCDROM版は、寺沢武一の希望(本来のイメージ)もあって山田康夫がやっている

タートル号のデザインがダサいとかもあるけど、声優の違いがやっぱり大きい。そして共通点は、監督が出崎統であること。そこはまぁ「そうだよな」って感じ。で、共通してるかどうかわからない点として、

 脚本を寺沢武一(単独ではないけど)自らが書いている。

それは知らなかった。「へ~」ってなもんである。寺沢先生が脚本を書いていると言うことは、それはもう「コブラである」と言って良い。てかまぁコブラなのだけど、

 そのストーリーがマンガと全く違っていても、それはコブラなのだな、と。

もちろん本作を見るのはこれが初めてじゃない。昔昔には当然見ている。その時に主題歌の「デイドリーム」がなかなか渋くていいなぁと思ったとか、やっぱ野沢那智のがいいよなぁと思ったことなんかもあるけど、

ぶっちゃけコブラの声優は、「昔の野沢那智」が一番であって、後期に焼き直しで作られた野沢那智版は、正直演技過剰みたいな感じで好きじゃない。つまり、

 誰がやっても「それなりの壁」はなかなか超えられないな、と。

山田康夫のコブラも悪くはなかったけど、これもまぁ同じようなモンだな、と。

ちなみにレディの声優は同じだったのだけど、むしろちょっと新鮮だったのが、レディがヤキモチを焼くこと。レディとコブラの関係は、とても子供には理解出来ない強い信頼と「何とも言えない愛」が感じられたけど、

 ぶっちゃけ大人になってもあんまよくわからなかった。

ただ、この劇場版のレディは、割とストレートにコブラに愛情を抱いてる感じで、

 寺沢先生もそう言ったイメージでレディを位置づけてたんだな~

何てことを思ったりもしたよ。

話的には、ジェーン、キャサリン、ドミニクと、クリスタルボーイが出て来るエピソードを、大幅に変えて、2時間の尺に収めた物。アレンジとかではなく、全くオリジナルのストーリー。3姉妹がコブラを愛し、コブラに愛されると、彼らの故郷の星を自由に動かすことが出来るようになる。ギルドは、その星で「第七銀河」の太陽を破壊させ、宇宙にその力を知らしめようと企むのだが、、、

 みたいな。

3姉妹の背中にはイレズミはなく、コブラのサイコガンは「腕を抜くのではなく、メタモルフォーゼするタイプ」。

 え?それじゃどうやってボーイを倒すの!?

あ、パイソン77マグナム久々の登場か!

 弾も吸収してしまう特別仕様。さすが劇場版。ボーイも強い。

どうやって倒すかは、、、たぶん借りてまで見る人、ネットフリックスで探して見る人も居ないと思うのでネタバラシしてしまうけど、

 コブラと戦った際に使ったボーイのあばら骨を武器にしつつ、それを突き刺したところへサイコガンをぶっ放して倒してた。

 ・・・そんなだっけなぁ、、一ミリも覚えてなかったわ。

まぁ最強のボーイはそう簡単には倒せないってことか。てか、見ていて思ったのは、

 出崎統らしさって、「新しさとは違う」んだな、ってこと。

いろんな演出やカット割り、カメラワークが多用されたのは、出崎監督が初めてだったと思う。有名な止め絵もしかり、コマ送りや、多重スクロールなんかも、たぶん監督が初めてアニメに取り入れたんだと思う。それを見て、多くのアニメーターが学び、習得し、アレンジして、今のアニメのいろんな演出の礎が築かれたと思うのだけど、

 今見ると、古くさいとか、新鮮という言葉ではない、「出崎統オンリーのニオイ」が強く感じられた。

ともすれば「やり過ぎてる」と言ってもいいような。
※オープニングとかも、妙に007っぽいみたいな感じだし

「エースをねらえ!」の方がこの作品より前だったと思うけど、あの時の方がしっくりと楽しめた気がしたな。

あと、

 ドミニクの声優、風吹ジュンが悪すぎる。

この当時何歳だったのかわからないけど、まるでアイドル声優のよう。ぎこちないし、一言で言って「下手」。全然愛せない。ソレと比べてキャサリンの藤田淑子さんの素晴らしさと言ったら、、、まぁ最後まで生き残ったのは彼女だったから、ある意味納得の配役だったのかも知れないけど。

全体通して古さを感じさせつつも十分楽しめた。クリス評価は★★★って感じ。ちょっとオマケ気味だけど、たまには昔のアニメを見るのもいいと思ったよ。

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2019年10月26日 (土)

山本二三展

売り出し前の休みなので、普通に家でゴロゴロして過ごそうかとも思っていたけど、やっぱり行こうと思ったときに行かないと終わっちゃうと思って行くことにした。

 宮崎駿に見出された背景美術の人。

道中初めて(たまたま)グーグルマップの右下にある「開始」というボタンを押したら、まるでカーナビのようなモードに切り替わり、

 400m先 右折 です

みたいなことをスマホがしゃべりだした。

 こんな小さな中に人間が!?

いやはや世界は広い。驚きと興奮に満ちているわ。

そんな小さな友達と談笑しながら、
※「え?そこ右なの!?左かと思った」とか。「おいおいそんな右左連続で言われても戸惑うばかりだよ」とか。

 片道30分ちょいの道のり。

バイパスが出来てムチャクチャこの辺りのルートは時間短縮された。バイパスが出来る前なら、

 たぶん3時間は掛かっていたはず。

・・・微妙にそれっぽい数字だと逆に戸惑うよな。「え?それはボケなの?」みたいな。

 実際は、1時間40分くらいだと思う。

無事に駐車場に着いたはいいが、そこから入り口が見あたらない。おもむろに駐車場から出て、道なりに登っていくのかと思ったが、どうもそんな建物はない。目の前にある瓦屋根のそこそこ大きな建物には、

 青と赤で男女の絵が描いてある。

つまりはトイレである。

さらに左に目をやると、「それっぽい建物」が見える。

 が、周囲をグルリと垣根に囲まれている。「隣の家に垣根が出来たってねぇ」「ふーん」、、、そんな感じだ。

面倒になったので電話で尋ねることにしたら、

 無事「木の陰でほとんど保護色になっている入り口」を教えて貰えた。

さすがジブリ。現実世界まで背景に溶け込んでいる<よくわからない。

ちなみに、行ったのは「田原博物館」という所で、愛知県の中では結構海寄りの田舎町である。昔は子供達と何度かドライブに来た記憶もあるが、

 ここには来てないと思う。

入館料は700円。来る前にチェックしていたので驚きはしない。正直「大して見る物がなかったら切ないかもな~」と思ったりもしたが、逆にありすぎても困る。つまりは、

 考えても始まらない。

ちなみに、ここに来る際、友人Tでも誘おうかとも思ったが、郵便局は普通平日は仕事をしていそうなので止めた。え?一緒に行ってくれる女子は居ないのかって?

 ハッキリ言おう。「居ないし、居ない上に、居ない」。

てか、もし仮に居たとしても、「背景画の展覧会」にご一緒してくれるとは思えないし、もしご一緒してくれたとしても、

 見るペースが絶対僕とは違うので、結局一人で来るしかないと思った。

その昔鳥山明の原画展が名古屋であり、かみさんや子供達と見に行ったことがあったのだけど、

 僕が全体の「5%」ほどを見終わった段階で、「下で待ってるから」と言われた時は、ホントにショックだった。

何時間待つつもりなんだろ、、あ、早く見ろってことか。

そう、僕は結構一枚一枚しっかり見たい人なのである。いろんなことを考えたりしながらじっくり見たい人なのである。別に何が書いてあるかわからないようなピカソ先生の絵とかでも、じっくり見てると何となくわかった気がしてきたりする、そう言う感じが嫌いではないのだ。

 ってなわけで、2部屋しかない展示室を2時間くらい掛けて見た。

つっても最初の30分は、たまたま上映開始のタイミングだったインタビュー映像を見てた。

 普通は見ないんでしょうけど、

たまたま一番前で見ることが出来たのと、これを見てからの方が絵が楽しめるかなって思ったから。実際そうだったし。

 だからもし「行くかも」と言う人が居たら、その時間を調べておくとイイかも知れない。40型くらいのテレビに、3人×6=18席くらいの長椅子があるだけのスペースなので、期待されても困るけど。あと、

 そんな大した内容でもなかったし。

つまりは、子供の頃住んでた所とか、学生時代のこととか、ちょっとした描画シーンとか※←これがキモと言えばキモかな。
33歳で宮崎駿に見出され、未来少年コナンの背景を描いたのが最初とか、そんな話。てか、僕的にはカリオストロの背景もこの人だと思って期待して見に来たのだけど、、、もしかしたらこの人じゃないのかも。この人だったとしても、「カリオストロはジブリではない」ので、素材の管理が別会社なのかもな~って思った。

 その割には「死の翼アルバトロス」の背景画もあったけど。

メインのネタは、

・オリジナル作品や、劇場版としてジブリとは無関係な作品が全体の6割くらい

・火垂るの墓が1割

・もののけ姫が1割

・ラピュタが1割

・時をかける少女が1割

そんな感じだった。

いくつか驚いたこと、感心したことはあるのだけど、とにかく見ていて一番強く思ったのは、

 今こうして感銘を受けたり、感心したりしたことも、ほんの数時間で忘れてしまうんだろうな

結局写真に撮ってはダメだったし、画集やら写真集ではこの「手触り」は全く感じられない。実際直前に見たビデオ映像で「キレイなモンだな~」と思った実際の絵が、

 まさかセルの上に書かれていたものだったなんて、想像の真上って感じだったし。

※実際は一番下のレイヤーは普通の水彩画。その上に数枚のセルに描いた背景が重なってる感じ。ただ、いわゆるセル画と違うのは、

 セルの表面に絵が描いてあったこと。

普通(と言っても今のアニメはほぼデジタル彩色なのでちょっと前のアニメを指すけど)セル画と言えば、透明なフィルムの裏側から、つまり見たときに一番手前に来る部分から描いていくので、

 塗られた側は、ほぼほぼ背景色の塊みたいになっているのだ。

ともかく、こうして覚えていることを文字に残しておけば、のちのちこの時のことを思い出せる「かも知れない」。

 これを書いたことすら忘れてしまうのだろうけど。

適当に思い出せることを箇条書きにしていく。

●定規も使う

当たり前のことだったのかも知れないけど、漠然と「絵描き」は定規を使って絵を描かないイメージがあったので、結構驚いた。筆とボールペンを一緒に持って、たぶん下に一円玉が貼り付けてある(紙から浮かすため)定規のレールにボールペンを滑らせるようにして描く。

 ただ、それが想像を絶するくらい細かいところも多い。

こればっかしは実物を見ないとピンと来ないかも知れないけど、

 背景画というのは、描いた物を別に撮ってそれを縮小したり映像処理的に重ねたりして使う物ではないのだな、と。

セル画の大きさは、たぶんアニメの規模によっても違うのだろうけど、

 ぶっちゃけ少年ジャンプより小さい。

背景画には余白があるので、余白を含めてジャンプくらいの大きさ。

 その大きさに、あれだけの情報量、精緻な絵が描かれているのだ。

特に驚くのは、「遠景にあるビルの窓」や、「橋桁のように手前から遠くに向かって密度がどんどん高くなっていく人工物」。

 森や雲は、結構違和感なく誤魔化すことも出来そうな気がするけど、建物の類は「思ってる以上に誤魔化してない」。まじめに描いている。

 それに相当グッと来た。

で、あんな細かいものを定規を使って描いてるんだなって思った。

まぁマンガ家とかからしたら「そりゃそうだろ」ってレベルなのかも知れないけど。

●雲がそれほど大したことない

「二三雲」という呼び名があるくらい特徴的な雲だったらしいけど、いざ原画で見ると、「普通の雲」であり、それ以上の感銘はない。ただ、

 夕焼けに黄色く染まる雲と、その上にまだ青い空が広がっている白い雲のコントラストのあった絵は、結構グッと来た。

でもやっぱり素人目には雲より細かい建物に感心してしまったな。

●もののけ姫はほぼ森ばかり

同じような背景が目白押しであり、

 こんなの使い回せないもんなの?

ってくらい違いがない。いや、もちろん距離感だとか明るさだとか、微妙な違いはあるのだけど、言われてわからないレベルの違いしかないものも多い。

 宮崎駿監督が、「手を動かすタイプ」だったから、たぶん二三さんも言われるままに、どんどん描きまくってたんだろうな~って思った。

●時をかける少女は、教室関連が多い

これはなかなかに見応えがあった。と言うか、全ての作品の中でもっとも良かったのが、
・山本二三展
https://www.taharakankou.gr.jp/event/000114.html

このポスターに使われていた絵。これは本当に素晴らしくて、

 絵から1cmくらいの距離で見ても、情報量の多さにウットリする。

 特に「汚れ」。

これは皮肉と受け止められてしまうかも知れないけど、真ん中の建物が密集してるところが、実は結構黒く汚れてしまっていて、最初は「この筆跡は人間のレベルを越えてるだろ」と言うくらい細かい線が入ってた。

 それくらい違和感がなく、遠目に見るとしっくりと来た。

「汚れすら味方に付けるのかよ」と思ったもんである。てか、この1枚だけで10分以上見てた。

・・・

山本さんの絵は、ともすれば新海監督の絵より「精緻さで劣る」と思いがちである。てか僕がそうだった。でもたぶん、

 あっちはデジタルでこっちはアナログ。

デジタルだからこそ得意な分野はあるし、アナログだからこそ出せる味があるのも理解出来るけど、

 街並みのような直線が多い絵は、間違いなく「あっち」の得意分野なはず。だからこそ、そこで勝負せざるを得ない絵は、「分が悪い」と思ってたのだけど、、、

 やっぱり違うのだ。

道に落ちる建物の影がぼんやりぼやけているのは、間違いなく水彩画の味だし、前述の汚れもまた、コンピュータの画面の中の絵には付くことがない。手描きを手放しで褒めるほど愚かではないつもりだけど、

 デジタルで描かれた絵を、モニターで見るだけなのと、

 実際に紙に筆で描かれた絵を、ギリギリガラスに鼻先が付いてしまうくらい寄って見るのとは、

 やっぱり得られる情報が違うと思った。

そしてそれが作品全体の奥行きにも繋がっていくんだろうな~って。

●火垂るの墓は、やっぱり怖い

暗い話なので結局見てない。でも絵からそのオーラがにじみ出てる。ちなみに山本さんは別に背景しか描かないと言うわけではなく、結構人物が描かれた絵も多い。登場人物であったり、オリジナルであったり。

 まぁ背景と比べると、そこまで感動的な描写はないのだけど(人物画)。

ただ、そんな火垂るの墓の中で一枚だけグッと来たのが、

 火事の絵。

先ほどのページに小さく紹介されている「チラシ裏面」にも載っている、文字通り火事の絵なのだけど、

 こうして縮小された写真で見るのと、実際に画用紙に筆で描かれたものを見るのとでは、全く意味が違う。

何というかこれは全ての絵に言えることだと思うのだけど、

 原画というのは、デコボコしてるし、なめらかだったり、紙の「手触り」が感じられる。

それがモニター越しで見るとまんまと無くなっているんだよね。さっき描いたセルの話もそうだけど、

 セルの部分が背景から1ミリくらい浮いてるなんて、実際に見ないと絶対わからない。

ただ、デジタルだからこそ素直に凄さや細かさを感じられることもある。寄って見るとやっぱりひとつひとつは筆のタッチがわかるし、いくら写実的だからって写真なわけじゃない。「写真の様に見えるけど、歴とした一枚の絵」ってところが、何だかんだ言って山本二三の背景美術の真骨頂だと思うし、魅力の大部分なんだろうな、と思った。

●デカイタペストリーも、、、

縦4mくらいあるタペストリーも、実際の絵は縦40cmほどであり、なんだか愉快な気持ちになった。

美術監督、背景画家ってのは、決して「絵を売って生計を立てている画家」じゃない。あくまで描かれるのは、クライアントに依頼され、求められた「イメージ通りのもの」であり、好き勝手描いているものもあるにはあるが、映画に使われる背景は、

 商業絵画。つまり(売られはしないが)「商品」だ。

こうした展覧会で見ることは出来ても、展示品に「売約済み」という札が付くことはない。売れば値段は付くだろうし、欲しい人もいくらでも居るだろうけど、版画のように原盤から何枚も作れるわけでもないし、

 手に入れることは極めて難しい類の芸術品。

タペストリーは巨大で、細かなところも拡大されてはいる。でも、実際の絵に近づいて見るのと、拡大されたタペストリーとでは、得られる情報量は全く違う。スキャナはどこまで行ってもスキャナで、人の目とは違うし、プリンターの精度の問題もある。

 せっかくならタペストリーみたいな布じゃなくて、巨大な印画紙を使ったパネルにしてくれてればよかったのに。

そんなことを思った。だって、

 ガラスケースの中の作品は、「メガネを掛けても外しても、細かいところまで見えない」んだもの。

-------------

一通り見終えて館を出ると、外はもううっすらと夕闇が世界を染めかけてた。雲は灰色の空に溶けて、季節外れの真夏日だったとは思えない風が背中を押す。

 やっぱ誰かと一緒に見て、感想とか言いまくりたかったかもな~。

ちょっとだけ思ったわ。

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2019年9月24日 (火)

からかい上手の高木さん11話

良過ぎ。もしかしたら僕は、この話を見るために今日まで生きてきたのかも知れないな、、、クリスは目を細め、澄んだ空に浮かぶうろこ雲を見つめた、、、

 そのくらい良かったわ。

高木さん2nd11話、クリス評価★★★★だわ。

1stの11話も、思えばクリティカルの話であり、あれはあれで★★★★の話であった。てか、12話も★★★☆くらいよかったわけで、

 これらのキーになる話は、ぶっちゃけ10回くらい見ている。

クリス、ヒマなんて無いんじゃなかったのかと言われそうだが、

 高木さんの11話8回目を見るのに忙しかっただけ。

もっと前に触れるべきだったのかも知れないけど、あまりにもネタとして短くなりすぎてしまいそうだったので、控えてしまっていた。

 短さなど恐るるに足らず。これは絶対触れておくべき案件だったなのに、、、。

一言で言えば、「高木さんの西片好き度」がほとばしりまくってる。てか、マンガを買って読みたい衝動に強く駆られるのだけど、

 それによってアニメが既視感を伴い、失速してしまうのは絶対に嫌。

今のアニメ版の質の高さ(と言うか僕へのフック度)は、今期のみならず、3年間でもトップクラス。これに比肩するのは、「青ブタ」の1~3話くらいで、ホント、奇跡的に素晴らしい。

ネットでの感想もニヤニヤが止まらないレベル。いくつか抜粋すると、、、

・高木さんさぁ、、、、もうからかう余裕ゼロやんけ、、、

・最終回か?????

・もはや最終回

・いい最終回だった、、、

・普段達観してて大人びてるのにこーゆーときは感情隠しきれてないのがかわいすぎるんだよなぁ

・オタクを殺すアニメ

・いや~~~高木さん大正義過ぎる...

・神回、ごちそうさまでした。たいへん美味でございました

・明日休みで良かったな。電車止まるレベルだわ

・相変わらずデートしてんな

・・・

ホントそんな感じ。もう「からかえないレベル」に気持ちがほとばしっちゃって、西片のことが好きでしょうがないんだな~って。

西片「高木さん、、、あの、、、僕と、、、結婚して、、くれる?」

高木「(食い気味に)うん!」

あるわ。もう秒読みだわ。細かなところを見直すと、高木さんの西片好きさがいくつも見つかる。

・西片を見つけた瞬間に駆け寄るところ

・「こんなところに用もないのに珍しくない?」。西片の行動を全て把握している!?

・「わたしのこと好きなの?」からのニヤニヤぶっこみ。

・フランクにお土産を訊く。お土産をあげる親密度って相当高いはず。

・「帰ってきたらまた会おうね」。常に次回のアポを忘れない。

・相手が喜ぶお土産をちゃんと探してチョイスする。すぐ見つかったわけはないのだよ。冷静に考えて。
→西片は西片で、ずっと高木さんのことを考えてお土産を探してる。その理由はあんま問題じゃない。「自分のことを考えてる」ってことが高木さんにとっても凄く嬉しいんだよな。

・自分にもお土産があると言われて、あまりの嬉しさからか、イスを吹っ飛ばす勢いで立ち上がってしまう。もうこの恋心に歯止めは利かない!

・「明日から旅行」「旅行から帰ってきてすぐ会いに来る」二人の旅行のタイミングが何日ズレたかはわからないが、最長でも1週間会ってなかっただけだろうに、「久しぶりだね」。もう1日会えないだけで恋しくて仕方ないのか高木さんよ、、、。

・別れが惜しくてつい神社デート。「ホントに嬉しい」をしっかりと伝えるアピール。つまり「ホントに好きだから!」と言ってることに気付け西片!

・「あ~ん」とか、、、恋人同士かよっ!もじもじのひざ、目をウルウルさせつつ「誘ってアピール」。会えた嬉しさを隠さない!テレない!躊躇わない!

・ふたりっきりで泳ぎに行く誘いとか。どんだけ飢えてるんだよ!もしOK出ても冗談とか言わないでしょアナタ!つい喜んじゃうでしょ!

・宿題をわざとやらずに一緒にやる計画。さらにそのあと神社デートの約束まで取り付ける目ざとさ。1秒でも長く一緒に居る為に出来る事を考える。てか、

 四六時中西片のことを考え続けてる。ストーカーはむしろ高木さんの方!!

・なかなか誘ってくれないので落胆するけど、直後に別の手を考えるか、でもこっちから誘うのもなぁ、、とジレて、でもしょんぼり、、、からの西片Uターン&大逆転大告白!

 もう嬉しすぎて、その気持ちを手元にあったジュースにぶつけるしかなかった!

ホントは抱きついてしまいたいほど。高木さん、よく堪えた。今はまだその時じゃないぞ!

てか、なかなか誘ってくれなくて「そか」って言う切ない感じもいい。セミも良い仕事してる。

「高木さんは告らせたい」。きっと高木さんの中では、

夏祭りへのお誘い=「これはもう告白だよぉ~にゃは~ん」

くらいは考えていたはずだ。間違いない。これだけ高木さんのことを好きな俺がそう思うのだから間違いなく間違いない。

・・・

最後みんなと釣りしてる西片君も、絶対高木さんのこと考えてた。「誘っちゃった・・・。喜んでたな~、、、高木さん、僕のこと好きなのかな?僕は高木さんのこと好き?え、ちょっと待って!僕が高木さんのことを好き!?、、、なの、、、かな、、、」。とか。

次回は夏祭りだと思うけど、個人的には2人の関係を一歩進めて欲しい!いつまでもからかうからかわれるだけの関係じゃなくして欲しい!ぜひ!!

てかタイミング的には、これをアップする頃には12話も見終わってるんだよな。追記するかもだな~。

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2019年8月24日 (土)

ソードアートオンラインアリシゼーション

既に本放送は終了してる。過去作はたぶん一通り見ているので、期待して見始めた放送当時。

 しかしストレスの大きさがマジパ無い。

せっかくキリトとアスナが出ているにも関わらず、二人の絡みはほぼほぼ無し。さらにキリトは記憶が中途半端に無くなっていたり、

 記憶があっても、アスナのことをほぼ思い出さない体たらく。

オマエ達の愛はそんな薄っぺらいもんだったのか!?と襟ぐり掴んで問いただしたくなる。

 ケンカになったら負けるけど。

結局は商業作品であり、続編を作るにしても過去を引きづり過ぎても困る。新しいシーズンには新しいキャラが居て、新しい物語を紡がねばならない。

 だったら主人公も変えちゃえよ、ガンゲイルオンラインみたいに。

とも思うが、まぁこれも商業作品故のしがらみというか、商売上の理由。

 キリトの方が数字が取れたんですね。

で、結局テレビは3話?4話?くらい見て放置してしまった。最初のウチは録画もしていたけど、
※ネットフリックスにもあったけど、そっちで続きがどうしても見たい!ってなったとき、テレビの方が先に見ることが出来たから
途中で、「無いな」と思い全て消去。

このまま永遠に続きを見ることはないかとも思っていたのだけど、ふと気付いた。

 別に飛ばしたってイイのだ。

つまんないところを飛ばして、面白くなってから見たっていい。僕の得意技であり、

 普通の人はまずやらないこと。

でもやる。面白いや楽しいの為には、躊躇っていては損なのだ。

と言うことで、唐突に6話から見始めた。

 何となく雰囲気が違う。

どうやら、いつの間にか騎士養成所みたいなところに入っていて、さらに

 スゲェわかりづらい固有名詞連発の置いてけぼり状態。

てか、こんなクソ長い固有名詞とか、、、

 ページや行を稼いでるだけだろ。

としか思えないのだけど、まぁいい。人気のあるシリーズは何をしてもユルされるのが現在の日本だ。

ともかく、話をまとめると、

・キリトと友人は、どこぞに囚われている幼馴染みを助ける

・囚われてる塔には、この世界で一番偉い悪いヤツが居るので、そいつをこらしめる

・アスナは、海の真ん中で半身不随になってるキリトを見守る

概ねこの三つ。相変わらず現実世界との行き来は出来ず、当然キリトとアスナ、キリアスのイチャラブも見られない。と言うか、

 ラブラブな展開は一切無し!

そこが非常に物足りない。というか、

 それ目的でSOAを見ていた人間としては、もはや無価値と言って差し支えない。

のだが、一応シリーズをマメに見てきたので、あと今回は2クール24話で終わるので、がんばって見ていれば最後には溜飲を下げてくれるでしょう、と。これまでも割とキレイにシーズンを終えてくれていたし。
※中途半端に続けるような終わり方じゃなかったのも、僕がSOAを評価した理由のひとつ。

休みの前の晩から、一気に視聴。途中やや眠くなったものの、飛ばしたくなる場面は「それほどは」無く、どうにかこうにか、クライマックスまでたどり着いた。

ラスト1話。進捗バーをちょいちょい確認する。

 このペースで果たして大団円を迎えられるのか!?

12分、約半分を過ぎた辺りで、一行はまだ全く現実世界に戻る気配がない。このまま進んでホントにアスナと再開してハグしてチューするのか!?

 刻々と時計の針が刻まれ、そして最後、、、

 「全く終わってねぇ!!!」

・・・ラブが無く、
・・・キリも付かず、、、
・・・作画も相当悪く、、、
・・・カタルシスらしいカタルシスもほとんど無い。

うーむ。見なきゃ良かった。

調べてみると10月から3rdシーズンが始まるらしい。つまりこの続きがほどなくして再開されるらしい。

 見るのか?

気にならないと言うほど気にならないわけじゃないのだけど、これはぶっちゃけ話が気になるというより、

 24話近く見て、最後一番美味しいであろうイチャラブMAXファイアー再開エモーションなパートを見ないのは、どうにもこうにももったいなすぎる。

つまり、「決着まで見ないと損」。楽しいや面白いを求める僕のスタンスに反するのだ。

ただ、現時点でのアリシゼーションの評価で言えば、

 ★☆くらい。

「言うほど悪くないじゃん」って感じかも知れないけど、まぁクライマックスの戦闘そのものは悪くなかったし、ヒロインもそこそこ魅力的。
※アスナの1000分の1くらいだけど
後半は嫌なヤツも出て来なかったし、冷静に考えれば0点ってこともないかな、と。

 ぶっちゃけ原作のあらすじとかを読んでしまいたくはなったけどね。

てか、

 1stシーズンを見直したくなったわ。

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2019年8月16日 (金)

ドラえもんの最終回

前回のドラえもんネタにやや絡みつつ、ウィキペで見つけて「へ~」と思った話をご紹介する。もちろん一切ニーズが無くてもご紹介する。

みなさんはドラえもんの最終回をご存じだろうか。僕基準で言えば、

 ドラえもんが未来へ帰ることになり、心配させまいとのび太がジャイアンにケンカで勝つ。
※正確にはジャイアンが諦めないのび太に根負けする
ラストシーンでは、ドラえもんの居なくなった部屋でのび太がじんわり涙しつつ心配しないで、、、みたいな。

僕はスタンドバイミードラえもんを見てないので、そこでどんな扱いがされたかわからないけど、僕の記憶にある「ドラえもんの最終回」とは、こんな話だったと思う。もちろんこのあとのエピソードで「ウソ800」を飲んでドラえもんはのび太の元へ帰ってくる事になるのだが、それにもいろんな事情が絡んでいた様子。

まず前述のエピソードが掲載される前に、ドラえもんは2度最終回を迎えている。

・1971年 小学四年生 3月号
・1972年 小学四年生 3月号

当時小学館の「小学○年生」に連載していたドラえもんは、4月から始まり、3月で一応の決着を付けるのが慣例となっていた。当時まだ「小学五年生・六年生」は刊行されておらず、単行本も発売されていなかった為、ドラえもんもまたその慣例に則って小学四年生の3月号で、最終回を迎えることになったと言う。

エピソードに関しては、ちょっぴり長いのでウィキペディアを見て貰う方が確実。ザックリ言えば、

未来からの「過去への時間旅行客や犯罪者」を取り締まる為に、法改正され、ドラえもんも戻らなければならなくなった、と言うもの。

とても印象的だったウィキペディアのラストシーンを引用する↓

・ドラえもんはセワシとともに未来の世界へ戻り、タイムマシンの出入り口も机の引き出しから消えた。勉強机に向かうのび太は、その引き出しを開けるたびにドラえもんのことを思い出し、そこに彼の影を見て静かに呟くのだった。

・「つくえの引き出しは、ただの引き出しにもどりました。でも……、ぼくは開けるたびにドラえもんを思い出すのです。」と。

・・・なんだか、スティーブン・キングのスタンドバイミーを思い出すような、しんみりとした、それでいて味のある終わり方。僕の知ってる終わりじゃないけど、これもまた有りだなって思える。

そして'72年の方は、あまりにドラえもんに頼りっきりののび太に自立を促す意味も込めて未来へ帰ることを決意し、セワシに協力してもらって「ドラえもんが故障したので未来で直さなければならなくなった」と別れを告げる。のび太はひとりで自転車に乗る練習を始め、ドラえもんは未来からそれを涙ぐみながら見つめるのだった、、、。

 つまりこれは、「日テレ版ドラえもん」の最終回。

細かな部分に差異はあるものの、日テレ版もF不二雄先生の意向を汲んだ最終回が描かれたということだった。

そして、、、

アニメ版終了と共に、ドラえもんの連載そのものが終了することになる。前述の最終回は、あくまでその年の4年生が進級し、また翌年4月から新たなドラえもんが始まるだけのことだったが、アニメ終了に伴って、ドラえもんの連載自体が終了し、「みきおとミキオ」にバトンタッチすべく、最終回が描かれることになった。

 それが、僕らの記憶にある「冒頭の最終回」。
 '74 小学三年生3月号

しかし、実際にはドラえもんは終わらなかった。当初の予定では終わる予定だったが、F不二雄先生が継続を切望し、同年の「四年生4月号」に「帰ってきたドラえもん」も掲載予定として最終回の号にも予告が載った。

 最終回として描かれたが、実際には終わらなかった最終回と言うところ。

ちなみに、老後ののび太が過去の自分にエールを送る「45年後・・・」というエピソードもあるらしいけど、初出は「9月号」で、最終回として描かれたわけではない様子。ただ、後年刊行された「ドラえもんプラス」の最終話扱いであったり、アニメ版第二期に放送されたりもしたらしいけど、全然記憶にないな。

・・・話は終わらない。

ドラえもんにはこれら公式エピソードとは全く別の、都市伝説的な最終回がある。

一つは僕らが高校生の頃一部で盛り上がった「のび太植物人間説」。つまりは夢落ちであり、ドラえもんなど実在してなかったという、ダークな話。ぶっちゃけ僕的には全く信じておらず、どこぞの誰かが適当に流布した「ウソ」だと思って歯牙にも掛けなかった。

がしかし、もう一つ、僕が昨日まで知らなかったエピソードは、なかなかに面白い。

こちらは、一介のファンが「自作であること」を明言した上で書いた、ある種同人的な話なのだが、ファンを自認する人の書いたものだけあって、

 凄く本編をリスペクトしていて、かつ実際にありそうな話。

コレも詳しくはウィキペを見て貰いたいけど、ザックリ言えば、、、

バッテリー切れが原因で動かなくなってしまったドラえもん。ドラミに相談すると、バッテリー交換をすると記憶がリセットされてしまう。本来ならバックアップデータは「耳」の部分に記憶されていたはずだったが、ドラえもんにはそれがなく、細かな仕様は極秘事項とされていた。悩み抜いた挙げ句のび太は、

 自ら猛勉強してロボット工学の専門家になる。

そしてついに、結婚したしずかちゃんと共に、記憶メモリーを維持したまま修理完了したドラえもんのスイッチを入れると、、、

「のび太くん、宿題は終わったのかい?」とドラえもんが。

仕様が極秘だったのは、のび太自身がドラえもんの開発者だったからだった。

・・・あれ?なんかどっかで聞いたことがあるような、、、

軽く記憶を掘り下げて見ると、

 これって、山崎貴監督の「ジュブナイル」の話じゃね?

ドラえもんではないものの、未来から来た友達ロボットが、機能停止。それを復活させるためにロボット工学を学び、そしてそれをついに実現する、、、。

 コレってパクリじゃないの?

パクリ(盗み)じゃないのである。

なぜなら、山崎監督は、「この話を公式に作者本人に了解を取って」作ったのだ。もちろん藤子プロにも了承を得ていて、つまりは、「オフィシャルなフォロワー」。ドラえもんのリスペクト作品のさらにリスペクトという意味で言えば、孫フォロワーとしてジュブナイルが作られていたのだ。

 そしてそんな山崎監督が、さらに膨らませて撮ったのが、「スタンドバイミードラえもん(スタドラ)」。

スタドラには、冒頭の「さようならドラえもん」「帰ってきたドラえもん」のエピソードも絡められているらしく、
※というかむしろ僕はそれの映画化だと思ってた

いかにドラえもんが彼らに愛されていたか、「ドラえもんが好きな僕の心にジュブナイルが訴求してきたか」が、一気に氷解する思いだったよ。▲▲。

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2019年8月14日 (水)

ペンギンハイウェイ考察~その2~

前回の考察で、自分なりにスッキリはした。だがしかし、肝心なところはスルーしてしまったとも言える。蛇足を承知で、ファンタジーに土足で踏み入ってみる。もちろんネタバレを含むので、まだ見てない人は読んじゃダメ。

●アオヤマ君はどうお姉さんを見つけるか

劇中最後には、前歯が生えそろっている彼が映る。永久歯が生えそろうには、2、3年掛かると言う話を、今ネットで調べた。実際は個人差があるだろうけど、お姉さんとの別離から、早くとも1年以上は経ってる「彼」が映っていたことになる。

その間も彼はお姉さんのことを考えていたわけだけど、具体的に何をどう研究していたのかは一切語られていない。対峙する謎があまりにも強大で、今の時点での彼には手に終えないと考えた結果、結局何もしてこなかった可能性も無くはないが、少なくともペンギンハイウェイでの彼のどん欲なまでの知識欲を鑑みるに、ずっと手をこまねいていたとは思いにくい。さらに言えば、

 彼のお姉さんへの思いは、そんな簡単に雲散霧消するとは到底思えない。

ならば、劇中の彼に倣って、僕がもし彼だったら、どうやってこの謎にぶつかっていっただろうと考えてみる。まず何をするか、何を考えるべきか、どこに紐解く鍵が隠れているのか。

ちなみにこの研究に関しては、たぶんハマモトさんやウチダ君は巻き込まなかったと想像する。やはり前回の事件はとても危険であったし、特にハマモトさんに関しては、父親に情報が流れてしまわないとも限らない。本人がいくら警戒し、注意しようとも、一緒に暮らしている小学生では、なかなか全てを秘密には出来まい。

そう言う意味では、ウチダ君はむしろ同じような距離感で一緒に研究を進めたかも知れない。ただ、物語後半、アオヤマ君が真剣に考えているところに、ウチダ君が挨拶をし、生返事を返しているシーンがある。ウチダ君はアオヤマ君にとって大切な友達ではあるが、お姉さんの研究に関しては、そこまで協力者を募りたいとは思っていないと思う。これは彼の個人的な気持ちを多分に含む研究であるし、思春期に踏み込む年齢として、まがりなりにも異性の研究を第三者に共有する恥ずかしさみたいなものも、きっと芽生えていったと思うので。

と言うことで、彼はひとりでこの謎にぶつかっていくことになると思うが、まず現時点でわかっていることを書きだしてみる。

・お姉さんは原っぱ(草原)の真ん中で消えた。消え方は僕ら視聴者には見えていないが彼には見えていた。

・お姉さんが消えた場所とたぶん全く同じ場所に「ペンギン号」が落ちていた。またその場所は、喫茶店から黒白のネコを見た場所と合致する。さらに言えば、そのネコはもしかしたら本当にペンギンだったかも知れない。

・原っぱから森を見ることは出来るが、当然その向こうにあるであろう海があった草原は見えない。位置関係的に、緯度や経度が同じだったのか、また、その位置から本当の海はどの程度離れていて、どの方角にあるのかなどは調べられる。

・お姉さんの個人情報に関しては、現時点で子供である彼がどうこう出来る可能性は低い。だがしかし、残された一枚の写真から得られる情報を駆使することで、最終的に「海辺の街」がどこであったのか、お姉さんの実家がどの家であったのかを特定することは不可能ではないと思う。特にアオヤマ君の洞察力は高く、

 お姉さんと一緒に乗った電車の行き先は、彼が当然記憶しているはずだ。

もっとも、お姉さんの性格を鑑みるに、「行き先は着いてのお楽しみってことで」などと、煙に巻いた可能性も相当高いとは思うけど。それでも切符を買うところなどで、横から覗いていただろうことは想像に難くない。さらに言えば、

 「こら少年!行き先がわかっちゃったら楽しくないでしょ?」

 「見てません」

 「見てた」

 「僕は見てません」

と言うくだりが、「いかにもありそう」であり、つまり実際はアオヤマ君は「電車の行き先を知っていた」と。

さらに言えば、

前回の僕の推論が仮に正しかった場合、お姉さんはいきなりお姉さんとしてこの世に存在したわけではなく、普通に幼少期海辺の街で過ごし、お父さんとお母さんが居て、アオヤマ君と出会うまでにも「人生を歩んできた」と考えられる。と言うことは、

 これは、「失踪事件」と言うことになる。

マンションには当然契約している会社もあり、保証人も両親に関するデータもあるはずで、そちらからのアプローチも、中学高校と成長していくアオヤマ君ならば、「間違いなく」チェックしたはずだ。そんなのは初歩の初歩とすら言える。

相当勇気は必要になるだろうが、「お姉さんのご両親」にも直接会いに行くだろう。彼の研究熱心な気持ちは、僕が彼女の父親であるなら、決して嫌な気持ちにはならない。あくまで「僕がそうなら」なので、物語の中で一切出てこなかった「本当の彼女の父親」がそう考えるかどうかはわからないが。

だがしかし、その頃の記憶は特筆して今回の事件と直結していたのだろうか。結論を急ぐ必要はないが、「海辺の街」「ペンギン」「本当の海」と「丸い海」、、、。この世界が現実世界の「理(ことわり)」と同じであるなら、物理的現実的な正解は、絶対に出てこない。

 問題はどう飛躍するのが、着地点として妥当であり、物語の整合性が取れるか、と言うこと。

僕はやはり「ネコ」そして「黒と白」「ペンギン」この三つのキーワードを掘り下げて行くと思う。あのネコは普通のネコだったのか、他に黒と白のネコを探し、あのネコとの違いはあるか、そもそもあのネコがどういう暮らしをしているのか、飼い猫なのか、普通のペンギンを何とかここに連れてくることは出来ないか、海があった場所は今どうなっているのか、そこにあのネコを連れて行くとどうなるのか、、、

前回の推論通りなら、お姉さんと並んで様になる年齢=25歳~28歳くらいだろう。彼の熱心さなら大学に入り、さらに大学院に進んで研究する可能性も非常に高い。父親を含め彼の生活水準は決して低く無いので、そこに金銭的な不安はない。

と言うことは、もし仮にネコが夢邪鬼であり、重要なファクターであることが事実であったとしても、「事件の時点で10歳だった彼が、25歳になるまで」つまり、15年間ネコは生きながらえる必要がある。長生きのネコなら十分視野に入る長さではあるが、

 ずっと歳を取らずに生き続ける、それも何も食べずに

と考えると、これまたしっくり来る。ネコはネコなので、気まぐれでつかみ所がないし、さらに言えば、

 (丸い)海が生まれたことで、ネコの方も「神懸かった覚醒」をした可能性がある。

つまり、海が消えてしまったら、ほぼほぼ普通のネコに戻ってしまう。でも普通のネコではない。となれば、、、

 人工的に海を作ることが出来れば、それがそのままネコの「再覚醒」に繋がり、お姉さんとのワームホールを開く鍵になるのではないか。

そこで、小学生の頃の海の研究が再度脚光を浴びる。言ってもハマモト教授達よりも海に関するデータは豊富であっただろうし、教授たちが科学的な検証をそれほど行う前に事件は起こってしまったっぽい。

「卵が先かニワトリが先か」。

海を作ることが出来るのか、ネコが覚醒するのが先か。海辺の街に飛ばされたアオヤマ君とお姉さんが見た世界の果ては、リアルな南極のような果てだったのか。「ペンギンと世界の果て」の関係、本物の海辺の街と、あの日見た海辺の街の違い、水が鯨や鳥になっていた理由。

とても賢いアオヤマ君が15年掛けてたどり着く答えに、高卒49歳の僕がたどり着けるわけもなかった。

でも、彼なら(物語の中とは言え)本当にタイムマシンを作ってしまうかも知れないと思うし、「時空をゆがめる存在」≒「丸い海」≒「タイムマシンの原理」の論法及び、15年という長さは、発見して実現するスパンとしては、なかなかにリアリティがある。「リアルではないが、本物っぽさがある」。

ただ、

それらを研究することで、子供の頃の記憶があまりにも非現実的で、幻だったんじゃないかと何度も何度も振り返ることになりそうな気はする。それでも彼のお姉さんを思う気持ちが優っていることを僕は期待せずには居られない。

 彼の信念が貫かれ、声変わりしたアオヤマ君がお姉さんと再会出来ますように。

「少年、随分がんばったね」

「お姉さん、、、」

「もう少年じゃないか」

「、、、はい。僕はオトナになりました」

・・・

「泣くな少年」

「僕は泣いてません。少年でも、、、ありません」

 END

▲▲。

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2019年8月12日 (月)

1973年のドラえもん

僕が面白いと感じたから書くだけで、読んだ人が、「そんなの常識でしょ」と思ったとしても、それは知ったこっちゃない。ごめんなさいだ。

たまたまウィキペで見かけたものなのだけど、自分の知らなかったことがいっぱいあって、楽しかったので、それをまんま?ご紹介する。

 もちろん、僕のブログなので、多少の脚色、、、つまりウソも入るかも知れない

まぁ本気で気になる人は、さっさと閉じてウィキペを見てこいって話だ。

「1973年のドラえもん」とは、現在テレ朝系で放映されているアニメとは別に、日テレで放映されていた「旧ドラえもん」。存在すら知らなかった人も居ると思うけど、思わず人に言いたくなる話がいっぱいなので、適当にウィキペから箇条書きにする。

コピペじゃないので、多少間違ったりウソ書いたりしてるかも知れないけど、その辺は気にするな。

・アニメ放送時は単行本が一冊も出てない状態で、話のストックも知れてたので、アニメは後半オリジナルのストーリーになっていった
※まだコロコロもなく、小学館の「小学一年生」とかに載ってただけ

・半年契約の2クールだった

・虫プロのメンバーが作っていた

・1話のドラえもんは富田耕生。声をイメージ出来る役は少ないが、マジンガーZのDr.ヘル、名探偵ホームズのワトソン、鉄腕アトムのヒゲオヤジなど、「ガチのおっさん」声だった。

・1クール目の人気は低迷したが、2クール目に富田を野沢雅子に交代。2クール目ではほぼ馴染みのないアヒル型ロボット「ガチャ子」がレギュラーに。

・数字も上向いて1年継続の予定もあったが、結局予定通り2クールで終了。理由は、制作会社の社長が拳銃密輸で逮捕され、アニメ会社の経営にも無関心だった為らしい。

・チーフディレクター上梨満雄は、一度も原作F不二雄と会ったことがない

・最終話は、ドラえもんが未来へ帰り、自転車が漕げなかったのび太が泣きながら練習するのを、未来から見守ると言う終わり。図らずも原作に似てると言えなくもない。

・外注先への支払いの為、売れるものを全て売り払い、社屋も引き払う憂き目にあったため、セル画や資料など、一部の個人所有を除いて全て焼却した。フィルムは、1995年当時16話分が発見されたが、著作権の関係で放映は出来ない状態

・日テレ版とテレ朝版ではスタッフが全く違うが、テレ朝版第一話が、日テレ版からの続編を意識した形が取られ、何らかの受け渡しがあったかも知れない

・当時の漫画界は、アニメ終了に合わせて連載も終わるのが常識であったが、F不二雄の思い入れや、2クール目の人気もあって、'74から刊行された単行本が大ヒットとなり、「みきおとミキオ」の2本立て連載をすることとなった。結果、「みきおと、、」は1年で打ちきられることになった。

・'79版のドラえもんが、つまり僕らの世代にもっとも馴染みのあるドラえもんだが、旧版が富山で再放送されたとき、小学館とテレ朝、F不二雄の意向で、放送は9回で打ちきられることになった。結果、それ以降放送されることはなかった。

・アニメのクオリティ自体は悪くなく、F不二雄自身と個々のスタッフとの関係は悪くなかった

・元々のプロットは「笑いと哀愁あふれる人情ドタバタ喜劇」。挿入歌のタイトルが「あいしゅうのドラえもん」というのも違和感凄い。

・最終回放送時、制作会社の日本テレビ動画は既に解散していた

・声優が大きく違う。ジャイアンは肝付兼太('79スネオ)、のび太のママが小原乃梨子('79のび太)はなかなか衝撃的。

・のび太の声をやってる太田淑子さんは、'79ではジャイ子とセワシの声をやっているが、タイムボカンシリーズ第一作タイムボカンと、ヤッターマンでは主役を演じ、悪玉ヒロインであるところのマージョ・ドロンジョ役の小原乃梨子('79のび太)と、奇しくも共演している。

ちなみに僕の中で記憶にあった彼女の声は、ジムボタンのジム(主題歌でも聞ける)、リボンの騎士のサファイアくらいしかない。

・野沢雅子は、テレ朝時代のどらえもんのうた、ドラえもん音頭のカバー音源で、ドラえもんの声を担当している。当時はカセットテープなどで「原作とは違う人が歌を歌って市販してる音源」が結構普通に売られてたんだよ。

・ドラえもん自身がトラブルメーカーで、道具は出すが失敗するパターンが多く、'79版以降とは全く違うキャラクター。

・原作5話のみに登場した前述のガチャ子は、しずかちゃんの家に居候し、ドラえもんが未来へ帰ったあとも居残る。さらにしずかちゃんの家には「ボタ子」というお手伝いさんが居る。

・のび太とジャイアンの普段着が赤

・セワシがメガネを掛けている

・「ひみつ道具」ではなく「秘密兵器」

・タケコプターがヘリトンボと言われてた

・ジャイアンのお父さんが小柄。てか'79版でも見覚え無いけど

・小池さんは出ない

・しずかちゃんの声優恵比寿まさ子さんの声は、ほぼ聞き覚えがある役がなかったけど、よくよく見たら「幻魔大戦の幼少期の東丈」が唯一今でも聞ける声かなって思った。

・スネオの声優故:八代駿さんは、くまのプーさんの代表的な声優。トムとジェリーのトムの声もやってたみたいだけど、彼の声が「僕らのトム」なのかどうかはわからない。

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ぜひ一度みんなが動いてしゃべってる動画を見てみたいと思うけど、これほどネットが普及した現在でもアップされてるって話は聞かない。もっとも、僕の調べ方が甘いのかも知れないけど。みんなは知ってたかな?このドラえもん。▲▲。

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